第51話

「……そうだよ。さっき、確信したよ。僕とハンネは、血が繋がっている。僕は家族を護りたくて、こんな姿になった。こんな姿にまでなって、何百年も仕事を頑張ってきたのに……。実験台として、苦しみにも耐えてきたのに……っ。裏切りの大罪人の一族として……ハンネ、君にも迷惑をかけてごめんね」

「そんな……あなたが?」

「……ああ。許してとは言えないけど、ごめんなさい」

「許せる訳がない! あなたのせいでお母さんも、ウチも……みんな大変な思いをした! シムラクルム管理の場所しか就職先はないし、魔神族の街では罪人の一族として、顔を出して歩くことも……っ。貴方のせいで、ウチらは産まれてから――ずっと自由がなかった!」

「本当に、ごめんね……」

「――でも、怒れない……。だって、あなたは……。私がここで強制的に若返りさせられてる時に――ううん。特殊な能力を埋められるかこの豚に試されそうな時、自分が替わりになって、ウチを助けてくれた」

「ハンネ……。それは、偶然なんだよ。あの時、僕は君と血縁にあるって気付いて無かった。ただ、こんなに健気で可愛い女の子が酷い目に遭うのは間違ってるって思った。――それだけなんだ」


 ニコッと笑うキメラさんの笑顔は、眩しい。

 そして――儚かった。


「ええい、何をしておるか、早く人間を超越した力で暴れよ!――最大出力だッ!」

「グアアアアア……っ!!」


 紫色の稲妻のようなものが培養液内を伝導し、キメラさんに集まっていく。


「俺は何ともないのに……」

「当然だ、これはあらゆるモンスターの特性を混合したそやつにのみ効く! 氷雪のフロストドレイクの息吹、オーガー族のような筋力、地獄の番犬『ガルム』に迫る敏捷性! こやつは神すら殺せる可能性を持つ、我が最強の生物兵器だ!」

「そんな……こんな可愛い顔したショタが」

「ははっ……。僕も頑張って抵抗してるんだけど、もうダメかも……っ。暁、最後の理性でガラスを割ったら――せめて君は逃げて……。できれば、ハンネ達も連れてさ……っ」

「キメラさん……っ」

「最後に、君と話せて――スッキリした。……たのしかったよっ」


 精一杯の作り笑顔を浮かべたキメラさんの涙が――身体に埋め込まれた眩い鉱石に負けぬ輝きを残して、培養液の中へと零れていく。

 終わりも見えない中で負けじと耐えて生き続け――護るべき家族の為と働き続けた者の涙。


 それは世界樹――ユグドラシルの雫のように神々しく、心に染み渡る物で――。


『――世界の財宝、可愛いロリとショタを泣かせる人は――許さないッ!』


「「「!?」」」


 何かと重なるマリエの震えた声が――響いた。

 マリエがいた筈の場所から、濃霧が発生していた。

 漆黒と言える程に濃く、吸い込まれるように深い大きな靄が晴れていくと――そこには。


「ドラゴン……っ!?」


 一見すると蛇にも見えるが――どちらかといえば細長く、東洋龍の特徴に近い外見。

 何10mという巨体に真っ赤な怒りを携えた瞳が――生きる事を諦めさせる。

 燃えるような赤と紫の鱗に覆われた外皮は――所々にロリやショタが描かれており、ちょっと可愛い。

 しかし、そんな装飾が見えない者からすれば――まさに死の象徴とも言える圧倒的な存在。

 研究所内はたちまち、阿鼻叫喚の渦に包まれた。


「ここ、この姿、もしかしてニーズヘッグ!?」

「ななな、なんだそいつは!?」


 腰を抜かしているカーラは、震えて助けを請うように――。

 そして俺も、強化ガラス越しにカーラに助けを求めるように引っ付く。

 俺達は互いに、飼育ケースに入れられたカエルのようにへばりついた。


「ボク達が暮らす遙か下――ニヴルヘイムっていう、氷の国にある湖で世界樹を囓ってる邪龍だよ! 確か2つ名は『怒りを抱いてうずくまる者』とかだった気がする。ラグナロクで世界中が死んでも死者の魂を運ぶとされる――不死の怪物だよッ!」

「なんじゃそりゃあ!?――まさか、幻想魔法で再現したのか!?」

「どど、どうかな!? 幻想魔法で近づけられる見た目と力には限界があるはずなんだけど……」

「いい、怒りで限界突破して外見が変わるとか……っ。龍の玉を探す漫画かよ!?」

「「――ひぃッ!?」」


 邪龍・ニーズヘッグの姿になったマリエがガラスの中に閉じ込められた俺とキメラさんに近づいてきて――強化ガラスをぶち破った。

 何10mという邪龍の動きに巻き込まれ、研究員さん達まで吹き飛んだ。

 邪龍・ニーズヘッグの頭は、ガラスを突き破るどころか、俺とキメラさんの浸る培養液のプール奥深くまで浸かっており、先程までの稲妻のような光も止まった。

 そして鎌首を持ちあげ――俺とキメラさんへ視線を向けてきた。

 刺すような、熱い視線に――俺とキメラさんも恐怖で震える。

 俺は恐怖のあまり思わずキメラさんと抱き合っていると――『尊い……っ』と小さなマリエの声が聞こえてきた。


「――あ、ちゃんとマリエだわ、こいつ……」


 ショタとロリを愛する守護者で、腐女子でもある――。

 うん、ちゃんとマリエだ。マリエを構成する成分の全てだ。


「――くだらん、所詮は幻想魔法のまやかしだっ! はぁあああッ!」


 シムラクルムは己の魔力を変換したのか、無から創り出した銃火器のような物でマリエへ攻撃を加えるが――。


「何故だ!? 幻想魔法などという見かけを変え少し能力を近づけるような魔法が、何故私の兵器をはねのける!?」


 シムラクルムは無傷で迫り来るマリエを見て叫びながら、激戦を繰り広げていた。

 さすがは魔神軍幹部。


「恐ろしく早い動き。俺なら死んでるね……」


 ……全然動きが見えないんすわ。

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