第37話

「……なんで、俺は寝ずに見張りなんだよぉ。俺もテントに入れてくれよぉ……」


 俺は焚き火をしながら1人寂しく愚痴っていた。


『――じゃあ暁、ニーナに『俺も入れて』って言ってくれば? 案外、今のあの子なら喜ぶかもよ』


 1つのテントの中から、カーラの声が聞こえてきた。


「……いや、俺は大分慣れたけど……。それでも同じテント内はまださすがに臭いが――」


 ドンっと大地を叩く音が――カーラの声が聞こえたのとは違う、もう1つのテントから響いた。

 思わず『ひッ』と情けない声を出してしまったのは許して欲しい。


「畜生……。よく考えればテントは3つ持ってくるべきだった」


 男が近づくと自動的に『結界』を張ってしまうマリエ。

 シュールストレミングの臭いにより、自動的にテントは1人用となるニーナ。

 この2人がいる以上、男の俺があぶれて外で寝る事になるのは、当然の成り行きだった。


「せめて、馬車の中で寝てもいいじゃん……」

『盗賊が出て荷物も馬車も全部持って行かれても、ウチ知らないよ?』

『そ、それは困ります……御願いします、暁さん。わ、私……。夜は未だに怖くて。――ああ、男の人の筋肉、もじゃもじゃの集団が……っ!』

『落ち着いてマリエ、それは幻覚だよ! 大丈夫、ウチがついてるから!』

『だから、私が見張りをやってもいいと言ったのに……っ!』

「いや、ニーナは休んでいてくれよ。ニーナだけは、頼むよ。……なんかもう、今のニーナに見張りまでさせたら申し訳なくて、俺は寝られる気がしないんだよ」

『うぅ……。私だって、好きでこんな……・っ。こんな……・っ』


 ほら、こういう人の目が無いと涙ぐんじゃう弱々しい所とかさ。


「こんな子にさ、暗くて静かな怖い夜、1人で見張りなんてさせられますかって事だよな……」


 気にせず眠ったであろうカーラのいびきが響いて、無性に腹が立つ。

 そうして旅を始めて8日目、間もなく目的地の廃坑近くの村が見えてくるという夜のことだった。

 さすがに深夜遅いし、この時間に村へと入るのは住民の警戒や迷惑になると思い、野外で最後のキャンプをしていると――。


「――暁、さん」

「マリエ?……大丈夫なのか。夜は男が余計に怖くなるんだろ?」

「は、はい……。でも、ここ数日の旅で、暁さんは私に嫌らしい目付きを向けてきませんでした。……暁さんはもしかすると手出しをしてこないかもしれない目算が少なからずあるのでは無いかと予想し推定を立てましたから、平気です」

「随分、不信感が内包された『平気』だな」


 ヤバい、思った以上にマリエから信じられていない。

 信頼回復できるような事もなかったし、仕方ないとは思うけど……。


「もう連日……暁さんは昼の仮眠以外で眠っていませんよね。……大丈夫なんですか?」


 焚き火の揺れる光とパチパチと弾ける音は、意外と心が安まる。

 自律神経が整うとでも言えば良いのか。

 だからか解らないが、マリエはいつになく落ち着いた自然な声音で俺に話しかけてくれた。

 他の人達は気にせず既に眠っているだろうに。

 ずっと俺の体調を気に掛けてくれていたのだろう。

 ――やはり、マリエは心優しく良い子なのだ。


「大丈夫じゃない。眠いし身体は痛いし、時間外手当も夜間手当も出ないし連勤制限もないとかブラックすぎるなと思ってる」

「う……。よく解らない言葉もありますけど、暁さんがお辛い気持ちなのは伝わりました」


 マリエが申し訳なさそうに身を縮めている。

 そういえば、マリエはここ数日ロリ姿に擬態していない。

 勿論魔力を消費するからというのも有るだろうが――ありのままの姿。

 所謂、女性的な魅力を放つ彼女と話せるのは久しぶりで、少し嬉しい。

 恐らく、先程自分でも言ったように『俺が嫌らしい視線を向けてこないか試す』という意味もあるんだろうが――。

 少なくとも今は、擬態ロリや屈強な男で話すのは失礼と思って耐えてくれているのだろう。

 そう思えば、俺もマリエへ紳士的に、キチンと本音で話そうと思える。


「――でも、辛いことばかりじゃあないさ」

「あか、つきさん……?」

「暗くて寂しい夜を乗り越えて、朝や昼に皆が楽しそうで幸せそうな姿を見るとさ――『昨日の夜にした仕事が報われた』って気持ちになるんだよ。……自分が働く事で誰かが幸せになるって、悪いもんじゃないなって」

「そう、なんですね……」

「――まして、それがマリエ達みたいに可愛い子達の笑顔ならもっと最高だ」

「――えっ!?」


 俺の言葉に身の危険を感じたのか――瞬間移動するようにマリエが後方に下がっている。

 ――疾い。

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