第27話

 左腰に響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』と閃刀せんとう雷覇らいは』を納刀して、巫女さんを斬った人物を追いかける。

 距離があったとはいえ、シムカでも反応が遅れたのなら相当の手練れだ。

 僕も全てを目で追えたわけではないが、確かに刀が風を切り裂く音が聞こえた。


 巫女さんの体から血は噴き出ていなかったが、必ず斬られたはずだ。


 閃刀せんとう雷覇らいは』の能力で脚力を向上させて全力で走る。

 後でヒワタに火照った筋肉を冷却してもらおう。


 響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』で聴覚を過敏にすることで敵がどこにいるのか把握できた。

 初速が速いだけで、足は速くない。


 急ブレーキをかけて地面を削りながら回り込むと全身黒ずくめの人物も足を止めた。


「……速いな、小僧」


「なぜ、人を斬った!? あなたは何者だ!」


危険刀きけんとうを所有し、多くの人を殺めた者を生かしておく理由はなかろう」


 以前の僕と同じように目深にフードを被り、顔を隠しているのは男性だった。

 その声は少ししわがれていて、青年や壮年ではない。


 男は体を低くし、居合いの構えをとる。


「ごめん、ライハ!」


 男が地面を踏み込む音よりも一瞬だけ早くライハに謝罪して閃刀せんとう雷覇らいは』を抜刀する。

 ガキンっと刀同士がぶつかり合い、その衝撃で手が痺れた。


 鍔迫り合いにも負けないつもりで両足で地面を踏みしめていると、男は後ろに飛び退き、再び構えた。


「やるな、小僧。さすがは五人の姫を持つ者だ」


 五人。五本ではなく、人として数を数えた。

 この男もまた十刀姫じゅっとうきと共に歩む人間なのだ。

 

 僕たちと同じような戦術を立てているかもしれない、と警戒してベルトから閃刀せんとう雷覇らいは』の鞘を抜く。


「我の居合いと小僧の手捌き、どちらが速いか試してみるか?」


「……いくぞ、ライハ」


 僕も同じように腰を低く構え、刀の峰と鞘を合わせる。

 そして、一気に擦り上げた。


閃刀せんとう雷覇らいは』、格式奥義――電煌雷轟でんこうらいごう


「……ふっ」


 馬鹿にしたような小さな笑い声だけを残し、男は体を反転させて逃げていく。

 刀と峰から発した閃光を男が見ることはなく、ゴロゴロと鳴りながら威嚇している黒雲だけが虚しく離散していく。


「ありがとう、ライハ。痛くなかった?」


「痛かった。けど、鞘に入ったら治ったからいい」


「ごめんね」


 擬刀化ぎとうかを解いたライハに謝罪していると、ヴィオラが服の袖を掴んで僕を見上げていた。


「どうして、わたしを抜かなかったの?」


「だってヴィオラは――」


 そこまで言って喉から出てきそうになっている言葉を食い止める。


「だって、なに?」


 傷つけたくなかったから。

 響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』には刃がないから。

 演奏までに時間がかかるから。


 言い訳はいくらでの浮かび上がってくる。しかし、ヴィオラを前にすると何も言えなかった。


「わたしが人を斬れないから?」


「違うよ。自分でも言ったじゃないか、ライハの速度には勝てないって」


「でも、あなたはわたしに力を貸してって言ったわ」


「それは、そうだけど。あんなに速い居合いに勝るのは閃刀せんとう雷覇らいは』だと思ったんだ」


「ライハを頼るのね」


 周囲に険悪な雰囲気が漂う。

 ライハは我関せずというように擬刀化ぎとうかし、鞘の中に入ってしまった。


「ヴィオラは呪いを解きたいんだろ? そのために最善を尽くしているつもりだよ。敵が強くなれば、それに応じた戦い方をする。負ければ終わるんだ。僕はこれまでの旅でそれを学んだ」


「負けてもいいのよ。死ななければね」


「まだ死ねないよ。だから、必要があればライハを頼る。まだアリサとも合流していないし、呪いも解いていないからね」


 ヴィオラは黙って歩き出した。


 僕としてはヴィオラとライハの扱いに差をつけているつもりはない。

 ヴィオラは劣等感を持っているようだけど、響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』の方が攻撃も癒しもできて優秀だと思っている。

 それと同時に戦闘で使用して傷つけたくないというのも本心だった。


 僕以外が触れてこなかった響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』だからこそ、大切に扱ってあげたい。

 呪いが解いて人間と同じ生活に戻ったときに、人間嫌いなヴィオラが一般社会に馴染めるようにしたい。

 でも、その気持ちは伝えられない。ヴィオラはきっと怒ると思うから、僕の心の奥にしまっておこうと決めた。



◇ ◇ ◇



 アイシャの元へ戻ると辺りは騒然としていた。


「どうしたの?」


 シムカが無言で指さす方には何事もなかったように立って談笑している巫女さんの姿があった。

 しかし、先程までとは雰囲気が大きく異なる。


「そういえば、私はどうしてこんな場所にいるの? 他の巫女たちはどこ? そうだ、愛神様の御神木のお掃除をしなくちゃ。それに次のステージの準備もしないと」


 まるで新人のように甲斐甲斐しく仕事をこなそうとする姿に以前の厳かさはない。

 アイシャも驚いている様子だったが、次第に冷静になったのか集まっていたカップルたちに指示を出して解散させていく。


「さっきの男は『危険刀きけんとうを持ち、多くの人を殺めた者を生かしておく理由はない』って言ってたけど」


「さっきのスミワだよー。あの巫女さんは心を斬られたんだー。だからこれまでの記憶もないだろうねー」


 確かに巫女さんに目立った傷はなかった。

 体を傷つけずに心だけを斬ることができる刀が存在しているなら、それは間違いなく危険刀きけんとうであり、十刀姫じゅっとうきだ。


「クシマが羨ましいって言っていたスミワ?」


「そうだよー。簡単に人を救えるからいいよねー」


 人を救う刀。やり方が合っているのか分からないけど、間違いなく強力だ。

 あの男が帝国側の人間で僕たちの前に立ちはだかるのなら、また戦わないといけないのか。

 そのときは勝てるだろうか。


「あの男を倒せますか?」


「分からないけど、やれるところまではやるつもりだよ。十刀姫じゅっとうきがいるなら話もできるだろうし」


「では、私も連れて行ってください」


 擬刀化ぎとうかしたアイシャを手に取り、右腰に装備されている桜の花びらの模様を施されている鞘を抜く。

 もう六本目とはいえ傷つけないように慎重に鞘に納めると、いつものように頭の中に情報が開示された。


 結刀けっとう愛紗あいしゃ

 永遠に主眼を置いて創られ、"心中死"を象徴としている。

 切った者の血液を混ざり合わせることで強制的に契りを交わらせることが可能な刀。一方が別れたいと思った瞬間に互いの血液が沸騰・爆発し、死に至らしめる。


 すでに説明を受けているが、文章化すると危険さが浮き彫りになる。

 恋は盲目というけれど一時の迷いで使用することは思い留まった方がよいのは間違いない。


 何度やってもスキル『契約』は発動できず、アイシャとの間に縁は生まれなかった。


「末永く宜しくお願い致します」


 その後、アイシャたっての希望で僕と彼女の血液も混ざり合わされることになってしまった。


 これで六人目の仲間を迎え入れることができたが、同時に強敵とも出会ってしまった。

 それに今回は死ななかっただけで、僕たちが強制的に愛を誓い合っていることに変わりはない。

 もしも、今後誰かが僕と別れたいと思ったら血液が沸騰して死んでしまうわけだ。


 そんな恐怖を抱きながら旅を続けることになるとは思ってもみなかった。


 結刀けっとう愛紗あいしゃ』、収集完了。

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