第37話

 大人気なく取っ組み合いながら孤児院の外に出た僕とデュアルは同時に離れる。

 すでに夕日も落ち、かがり火だけが頼りだった。


「どうして絢刀けんとう詩向しむか』を奪う手伝いをしていたくせに、僕に稽古をつけた!?」


「稽古、だと? そんなことをしていたのか」


「答えろ!」


 両手を掴まれても、頭突きで対抗しながら叫ぶ。


「知るか! 我が絢刀けんとう詩向しむか』の奪還で得た報酬でガキ共は飢えずに済んでいるのだぞ。その我と敵対するのか。いい度胸だな、小僧!」


 ローキックを食らい、地面に片膝をつくように崩れる。

 眼前にはデュアルの膝が迫っていた。


「デュアル、やめるのです」


「スミワ、この男に説明しなかったのか? 鞘の勇者が持っている刀一本で何ヶ月分の食料は買える。こいつは七本も持っているのだ。貴様が拾ってくるガキ共を食わせるにはこいつを仕留めるしかないと言ったはずだ」


 膝蹴りを受けたことで鼻血が飛び散る。

 デュアルが刀を持っていないことは幸いだが、僕もヴィオラとライハのサポートなしではまともに戦えない。

 実際にボコボコにされて、立ち上がることもできない。

 スミワにの肩を借りてようやく自分が横たわっていることに気づいたほどだ。


「なんなんだ。全然、別人じゃないか」


「デュアルは二重人格なのです。表の顔は孤児院を運営する腕の立つおじいちゃんなのですが、裏の顔は残虐非道な暗殺者なのです」


 それなら納得がいく。

 しかし、表だろうが裏だろうが、保護している子供たちを気遣う気持ちに変わりはないことが驚きだ。

 デュアルが人殺しや危険刀きけんとうを集めることで金を稼いでいる理由が子供たちなのであれば僕はどうすればいい。


「デュアルはシムカと関わりがあるのですか?」


「君があの巫女さんを斬った後、ここに来る前にまた交戦してシムカがさらわれた。デュアルがその手伝いをしたんだ」


「……そう、なのですか」


 普段は無表情なスミワが信じられないといった表情を作る。

 どちらのデュアルが決めたことなのか分からないが、シムカのことをスミワに秘密にしていたことは明らかだった。


「あなた!」


「……ヴィオラ」


 大見得を切って出てきた手前、彼女とは顔を合わせたくないが、響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』であればデュアルの心を癒やせるのではないか。

 表の人格だけを残して、裏の人格を消し去ることができれば理想だ。


 しかし、僕の手はヴィオラに届かなかった。


 デュアルの拳が頬にめり込み、視界が揺れる。

 膝をついた僕の髪を掴み上げたデュアルの顔が目の前にある。顔つきは全然違うが、彼の瞳の奥には微かな暖かみがあった。


「…………」


 誰も手出ししようとしない。

 一人で勝てるかどうか、僕を試しているのか。

 それともさっきの一件で見放されたのか。


 デュアルが危険刀きけんとうを持っていないなら、閃刀せんとう雷覇らいは』で焼き尽くす方が早いかもしれない。

 でも、それをすると人として終わる気がする。

 だったら――。


「クソみたいなプライドなんて捨ててやる」


 僕の膝が偶然にも急所に直撃した隙にデュアルの手から逃れて、ヴィオラの元へ横っ飛びする。


「絶対に勝つ。だから力を貸して欲しい」


 ヴィオラは無言のまま擬刀化ぎとうかし、僕はベルトから鞘を抜いた。

 いつも通りに肩の上に鞘を、刀を鞘の上に置いて構える。


響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』、格式奥義かくしきおうぎ――剥牙絶弦はくがぜつげん


 破壊の音楽と癒しの音楽が混ざり合った高音がデュアルに襲い掛かる。

 しかし、彼は耳を塞ぐこともなく、僕をぶん殴った。


 響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』だけは壊すわけにはいかない。視界の端に映ったアイシャに向かって刀を投げつける。

 擬刀化ぎとうかを解いたヴィオラはアイシャに抱きかかえられ、無事のようだ。


 対して無防備に地面を削りながら転がる僕をスミワが受け止めてくれた。


「……くそっ」


「デュアルがなぜじぶんを使わないのか分かりますか?」


 真っ直ぐなスミワの瞳を見つめ返して考える。

 一つの答えは思い浮かんだが、あまりにも現実離れしていて口に出せなかった。


「言ったはずなのです。デュアルを斬って欲しい、と。表のデュアルもそれを望んでいるのです」


「二重人格の片方の心だけを斬ることなんてできるるの? 綺麗に刀を振れないのに?」


 スミワが無言で首を縦に振る。


「デュアルは刀の腕前は一流ですが、じぶんを適切には扱えていないのです。じぶんを正しく使用できるのは鞘を持つ者だけなのです」


 僕の左腰で鞘が揺れた気がした。


「……僕にできるのか?」


「それは、あなた様次第なのです。しかし、デュアルの体を斬ってしまってもあなた様が負けることはありません。ヴィオラとの約束は守れるのです」


 迷っている僕に向かってデュアルが走って来る。

 スミワを押し退け、デュアルの蹴りを受け止めると彼は額を僕の額に押し付けながら叫んだ。


「覚悟もないのに戦場に出てくるな! 貴様に十刀姫じゅっとうきは救えない! 我のような老ぼれ一人も退けられない小僧ではな!」


 再び頭突きをされて額から流れた血が頬を伝った。


「約束したんだ」


「では、我を斬ってみろ! よく考えろよ、小僧。我が死ねば孤児院のガキどもはどうなる? 誰が金を稼ぎ、飯を食わせる? 誰が服を与える? お前が代わるのか?」


 デュアルの言葉が重くのしかかり、胸の奥で息をひそめていたゼィニクの声が頭の中に反芻はんすうした。

『この町の被害は【ブレイブセメタリー】の名前を出したお前のせいだ! お前はただの偽善者だ!』


 僕の偽善が誰かを殺す。

 そう自覚すると手が震えて、とても刀を握れる精神状態ではなかった。


「我を殺してガキどもを飢え死にさせるか。手を汚してでも金を稼ぐか。危険刀きけんとうを売り飛ばして金を稼ぐか。感情のままに我を殺し、ガキどもも殺すか。我から逃げ出し、全てを捨てて孤独に死を待つか。ここで死ぬか。さぁ、選んでみせろ!」


 腕の震えはやがて足に伝わり、額や背中からは嫌な汗がとめどなく流れ落ちる。

 呼吸は荒くなり、目眩めまいまでしてきた。


「答えなんてないわ」


 凛とする声にハッとして振り向くと、ヴィオラが仁王立ちしていた。


「あなたは最初から偽善者だったのだから、最後まで貫きなさい。これまでの行いが偽善ではなかったと生き様で語ってみなさい」


 デュアルを殺す方法なんて思いつかない。

 殺した後のことはもっと想像できない。

 だったら、最後の可能性に賭けて、デュアルが提示した選択肢を否定してやる。


 否定することに主眼を置いて創られたシムカがいれば、もっと早くに答えに辿り着けたかもしれないけど、この場に居ないのだから仕方ない。

 彼女を助け出した後に事の顛末を伝えることにしよう。


「斬るよ、デュアルの裏人格を。力を貸して、スミワ」


 きらめく星々の模様が施されている鞘をスミワに突き出すと彼女は擬刀化ぎとうかして、僕の右手に収まってくれた。

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