第38話

 澄み渡る刀身の先端にあるペン先を一瞥して、鞘へ納めるモーションに移る。

 刀身を傷つけないように慎重に納刀すると、ちゃぽんと液体に触れるような感触が伝わってきた。


「ん?」


 スキル『契約』が発動し、スミワとの間に縁が生まれると僕の左人差し指に刀のつばと同じ形の指輪がめられた。

 そして頭の中に情報が開示される。 


 核刀かくとう澄和すみわ

 救うことに主眼を置いて創られ、"安楽死"を象徴としている。

 対象者の過去と未来を書き換えることが可能な刀。苦痛から解放するために死期を早めて死に至らしめる。


「これがスミワの本当の能力」


 デュアルから聞いた話と解離している。

 彼は心を斬ると言っていたが、実際にはらしい。


 慎重に抜刀すると切っ先部分には黒いインクが付着していた。


「これって、ガラスペン?」


 ガラスのような脆さを持つ刀身にあるペン先。そこに付着したインク。

 そして、過去と未来を書き換えるという能力。

 間違いなく、ペンだった。


「貴様に『澄和すみわ』が使えるのか? 無闇に振って砕けるのがオチだろう!」


 再び鞘に納め直して、腰を低く構える。

 居合術の指導は受けていないが、裏のデュアルの戦い方は見ている。

 そこに表のデュアル直伝の水平斬りが合わされば、きっとできるはずだ。


「『恐れずにもっと勢いをつけろ。その程度で『澄和すみわ』は壊れん』ってあんたが言ったんだぞ」


 左の親指でつばを弾き、澄んだ刀身が顔を覗かせる。

 肺一杯に吸い込んだ空気を一息に吐き出し、右足で地面を蹴る。


 引っかかることなく抜刀した核刀かくとう澄和すみわ』で水平斬りをして、最後まで刀身を見せることなく納刀する。


核刀かくとう澄和すみわ』、格式奥義かくしきおうぎ――重塗生抹じゅうとおうまつ


 デュアルを斬った感触はない。

 しかし、彼の人生の大部分を書き換える作業を終えたスミワの声が頭の中に響き、奥義が成功したのだと悟る。


 擬刀化ぎとうかを解いたスミワが着地し、膝をつくデュアルの背中を優しくさすった。


「お疲れ様でしたなのです。デュアルでも使用できなかったじぶんの格式奥義は正しく作用しました。これでデュアルは二重人格ではなったのです」


 しばらく動かなかったデュアルが咳き込み、仰向けに倒れる。

 乾いた笑い声を上げながら彼は親指を立てた。


「やったな、少年。我が扱えきれなかった核刀かくとう澄和すみわ』を完璧に使いこなしていた。スミワを連れて行ってやってくれ。この子はもっと大勢を救える子だ。この孤児院はスミワには小さすぎる」


 デュアルに肩を貸して孤児院に向かって歩き出そうとしたとき、胸の奥で嫌なざわめきを感じた。


「……なんだ、この感じ。ヒワタとセンナとクシマか?」


 この場には居ない三人が助けを求めている。

 デュアルを担ぎながら孤児院に戻ると中には惨状が広がっていた。


 至る所に飛び散る血痕と横たわる子供たちや黒ずくめの男たち。

 デュアルを置いて、走って食堂へ向かうと刀身のない一本の刀が床に突き刺さっていた。


「センナ! 何があったの!?」


「……サヤ殿。申し訳ございませぬ!」


 擬刀化ぎとうかを解いたセンナが土下座したが、そんなことよりも状況を説明して欲しい。

 ゆっくりと頭を上げるセンナに説明を求めると、彼女は震える声で告げた。


「急に黒い奴らが入ってきて、子供たちを殺し始めたのでござる。それで、ヒワタとクシマと一緒に戦ったけど、子供たちが……」


 床の軋む音を立てながら現れたヒワタは人の姿のままで戦ったのか、純白の着物も薄水色の髪も真っ赤に染まっていた。


「申し訳ありません、サヤ様。本来の能力を発揮できない私たちでは、どうしようもなく」


「サヤちん。あいつらクシマを握ってくれなかったんだ」


 ヒワタの後ろから現れたクシマにも笑顔はなかった。


 倒れている子供の一人を抱きかかえる。

 すでに息はなく、恐怖の顔のままで絶命していた。


「なんで、こんなことになったんだ」


 真っ暗な廊下からいくつもの足音が聞こえる。

 僕たちが何者かに包囲されているのは明白だった。


「皇帝直轄暗殺部隊筆頭デュアルの謀反により、この村を殲滅するよう皇帝陛下から命令が下された」


 影の中から男の声が聞こえるが、姿は見えない。


「……僕のせい、なのか」


 またしてもゼィニクの言葉が頭の中で反芻はんすうした。


 僕が行動を起こすと、結果として誰かが傷つく。

 その被害の規模は徐々に大きくなっていた。


「デュアルを殺し、核刀かくとう澄和すみわ』を皇帝陛下へ献上させてもらう。鞘の勇者は見逃してよいと命令を受けているが、邪魔をするなら貴様も殺す」


 周囲から多数の殺気を感じる。

 まだ生きているかもしれない子供たちと村の人たちを助けながら、奴らを倒すことは可能だろうか。

 皇帝陛下の暗殺部隊を退けたとしても、別の部隊をこの村に派遣されるなら危機を脱したとは言えない。

 じゃあ、僕が旅をやめてここの守護を務めるのか?


 自問自答を繰り返す間も十刀姫じゅっとうきたちは暗殺部隊と交戦していた。


「すまない。我の弱い一面が今回の騒動を招いた。全ては我の責任だ。少年は何も気にするな。天国であの子たちに謝るさ」


 デュアルの発言は聞こえたが、意味を理解するまでには時間がかかりすぎた。

 その間に僕は答えを出してしまった。


「全員殺す。そうだ、最初から無かったことにすればいいんだ」


「あなた?」


「あなた様?」


 僕を見上げるヴィオラとスミワを一切見ずに核刀かくとう澄和すみわ』の鞘をベルトから抜き、スキル『契約』を発動した。

 暗がりの廊下で光を放ちながら擬刀化ぎとうかしたヴィオラ、ライハ、スミワ。

 僕は核刀かくとう澄和すみわ』の柄に手をかけて腰を低く構えた。


 響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』の能力で敵と生存している子供たち、村人たちの位置を把握し、閃刀せんとう雷覇らいは』で全身の筋力を最大まで底上げする。

 そして、放たれた矢のように核刀かくとう澄和すみわ』で全員を斬りつけた。


 孤児院の中のみならず、村全体を走り回り、生きている人間全員の心を斬った。


 暗殺部隊の連中は全員、今日死ぬ未来に書き換えた。

 生きている者たちは今日の記憶を抹消し、これまで通りの生活を続けられる未来に書き換えた。

 最後にデュアルは死ぬまでこの村を守る未来にした。


「あなた様……」


 スミワを始めとする十刀姫じゅっとうきたちが腫れ物でも扱うかのように僕の名前を呼ぶ。


「行こう。シムカを助け出して君たちを巡る争いを終わらせる」


「待て、少年。アリサという名の少女が帝都に幽閉されて、拷問を受けている。その子も十刀姫じゅっとうきなのであれば助けてやってくれ。我では無理だった」


 一足先に歩き出す僕の背中にデュアルの声が届いたが、無視して歩き続ける。


 以前、シムカが言っていた通りでアリサは無茶をしたらしい。

 僕たちの目的地は帝都だ。

 そこにシムカとアリサが居て、皇帝陛下とナガリとゼィニクも一緒なら全てを終わらせることができる。


 この村のように十刀姫じゅっとうきと関わった人物がいるだけで、間接的に命を狙われるならそんな世界は間違っている。

 早く【解呪かいじゅ砥石といし】を手に入れて、ヴィオラたちの呪いを解くべきだ。


 僕はスミワの願い通りに罪を被り、その上自分の意思で暗殺部隊の命を奪い、罪を重ねた。

 僕が殺した人数は計り知れない。彼らの家族からも憎まれることだろう。

 だったら、徹底的にやってやる。


 僕は目的を再確認して帝都へと向かった。


 核刀かくとう澄和すみわ』、収集完了。

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