第九章 劇刀『蟻彩』

第39話

 帝都への門としての役割を持つ町へと辿り着いた僕は鞘をリュックにしまい、丸腰で門番の隣を通り過ぎた。


「荷物をここに」


 言われた通りに荷物を広げると二人組の検査官があからさまに不審な目を向けてきた。


「鞘だけか。三本も何に使う?」


「父の形見なので肌身離さずに持っています」


 お父様、勝手に殺してしまってごめんなさい。

 心の中で謝罪しながら検査官の返答を待つ。

 これでダメだったら、全力で帝都までダッシュしよう。


「鞘の勇者は十本の鞘を所持しているんだろ? そのガキは関係ねぇよ。はい、次ー」


 頭の先から足先まで舐め回すような目で見ていた男ではなく、飄々とした男が気怠げに言って通された。

 一人で町の中を歩く僕は商業者専用の門を通り過ぎた荷馬車を横目で見ながら歩き続ける。


 ヴィオラたちは擬刀化ぎとうかしてもらって、武器商人の荷馬車に潜り込んでもらった。

 鞘に納められない爛刀らんとう珀亜はくあ』もヴィオラたちと一緒に放り込んだが難なく荷物検査をパスしたようだ。

 受け取った爛刀らんとう珀亜はくあ』を麻縄で縛り、肩がけにしているが背中で爆発しないことを祈るばかりだ。

 一人、また一人と擬刀化ぎとうかを解いた十刀姫じゅっとうきたちと合流し、町の反対側を目指す。


 帝都に入るためには二種類の方法がある。

 一つは帝都の正面玄関から入る方法。主に王族や貴族、彼らの客人だけが入れる門だ。

 もう一つは裏門から入る方法。こちらは貴族への食料や服などの生活必需品を受け渡す門でこの町の先にある。


 今回、僕たちは裏門から帝都へ侵入するためにこの町へ来た。まずはここを突破して商人を偽装して帝都に乗り込む考えだ。


「あなた」


「分かってる。このまま進もう」


 ヴィオラの肩を抱き寄せ、視線を逸らさずに歩き続ける。

 前後左右、上空からも監視の目があることは最初から気づいていた。

 僕たちは泳がされている。


 一直線に進むと広場へと続く大通りに出た。

 人でごった返しているが、ただの町人や商人だけではない。

 明らかに武装している集団がいた。


「サヤ殿、この先の広場で催し物があるようでござるよ」


「おじさんたちは舞刀会ぶとうかいって言ってたよー。意味はわかんなーい」


 センナとクシマが独自の方法で得た情報を耳打ちしてくれたが、なにが始まるのか想像もつかない。

 堂々と通りを歩いて広場へ足を踏み入れた僕たちは絶句した後に叫んだ。


「「「アリサっ!?」」」


 赤紫色のドレスは黒く汚れ、美しい髪には潤いがない。

 体中に傷のあるアリサは十字架に張りつけられ、広場の中心に晒されていた。

 すぐにでも助けに行きたいが服の袖を掴んだスミワが指さす方を見る。

 そこには『最後まで立っていた者にこの娘を譲る』と書かれた看板が立てかけられていた。


「狂っているわ。アリサを賞品にするなんて」


「許しがたい罪です。企画者には愛が足りませんね」


 憤る彼女たちと同様に僕もはらわたが煮えくりかえる思いだ。こんなことをして許されるはずがない。


 どこからともなく鐘の音が聞こえ、男たちが雄叫びを上げる。

 これが舞刀会ぶとうかい開始の合図だった。

 我先にとアリサの元へ走り出し、近くにいる敵を排除しようと攻撃を試みる。まさに地獄絵図だった。


「この人たちは何のために争っているんだ」


 僕の無気力な独り言は彼らの声によってかき消された。

 アリサが十刀姫じゅっとうきの一人だと知っているはずがないのに、彼女を求めて殺し合いを始めている。

 この舞刀会ぶとうかいの意味も分からないし、彼らが命をかける意味も僕には分からなかった。

 ただ「アリサを誰にも渡したくない」という気持ちと、「無駄死にする人を出したくない」という気持ちが心の中でせめぎ合っていた。


 僕の気持ちに呼応するようにヴィオラが擬刀化ぎとうかし、鞘に納まった。

 ベルトから鞘を抜いて肩の上には鞘を、鞘の上には刀を置いて構える。


響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』、格式奥義かくしきおうぎ――剥牙絶弦はくがぜつげん


 他者の意思を支配する音源を奏でて舞刀会ぶとうかいに参加している男たちを全て町の外へと向かわせる。

 何の抵抗もなく戦いを止めて、ぞろぞろと歩き出した彼らが居なくなると広場は静まり返った。


「待っていたぞ。無能のくせに危険刀きけんとうを八本も手に入れやがって。わしの面目は丸つぶれだ。ここで貴様を殺して、全ての危険刀きけんとうを回収させてもらう」


 アリサの元へ歩み寄ろうとした僕の前に立ちはだかったのは丸々と太った男で、その手には一本の刀が握られていた。


「ゼィニク、アリサを餌にしたのか。シムカも返してもらう」


「やれるものなら、やってみろ!」


 ゼィニクは上段に構えた絢刀けんとう詩向しむか』を振り下ろす。

 まだまだ距離があるにもかかわらず、僕の体は後方へと吹っ飛んだ。


「くっ!」


 突風に飛ばされるような感覚ではない。

 僕の体が絢刀けんとう詩向しむか』と反発する力――斥力せきりょくが作用していた。


「ハハハハハッ。素晴らしい、素晴らしいだろ!」


 新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、はしゃぐゼィニクに危険刀きけんとうを持たせ続けるわけにはいかない。

 なんとかして絢刀けんとう詩向しむか』を奪い返したいが、近づく術がなかった。


 体を吹き飛ばされながらも十刀姫じゅっとうきたちとアイコンタクトしアリサの救出と応戦を同時に行えるように編成する。

 ヴィオラ、ライハ、スミワが僕の元に残り、擬刀化ぎとうかして鞘の中に納まった。

 閃刀せんとう雷覇らいは』で攻撃を試みている間にヒワタ、クシマ、アイシャ、センナがアリサの元へ向かってくれた。


 ゼィニクが所有している絢刀けんとう詩向しむか』の能力は全方向に作用するが、ヒワタとセンナが援護し、クシマとアイシャがアリサの足元に辿り着いた。

 僕も響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』と閃刀せんとう雷覇らいは』を使用してゼィニクの注意をひきつけ続けた。


「アリサ! しっかりして下さい!」


「ほらほら、寝てないで反撃の準備をしようよー」


 十字架から解放されたアリサはアイシャに抱きかかえられ、クシマにペチペチと頬を叩かれていた。


「……アイシャに、クシマ?」


「おはよー、アリサ。鞘のおにいちゃんが来てるよ」


 まだ意識がはっきりとしないのか、アリサが薄く開いた目で絢刀けんとう詩向しむか』の能力に遊ばれている僕を見ていた。


「アリサ! 君から預かったヴィオラも一緒だ。早く擬刀化ぎとうかして君の鞘に入って回復を!」


 ヒワタの氷とセンナの糸状に展開された刀身がゼィニクの動きを止めてくれたおかげで僕とアリサは手が触れあえる距離まで近づくことができた。


「サヤ様。わたくしの刀身を見ても笑わないでくださいね」


 掠れた声でそう言ったアリサは自嘲気味に笑った。

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