第40話

 ボロボロのアリサは素早く擬刀化ぎとうかし、僕の左腰に装備された水玉の模様を施された鞘に納まった。

 しかし、それは一瞬だけでアリサが擬刀化ぎとうかを解いて着地すると小気味よいヒールの音が鳴った。


 全身の傷も衣服の破れも元通りになり、僕の知っているアリサが目の前にいる。

 赤紫色のドレスを翻すアリサはゼィニクを無視してお辞儀し、僕はその鮮麗された動きに魅了された。


「やっとお会いできましたね、サヤ様。あの醜い豚をぶっ殺したいのですが、お手伝い願えますか?」


 見た目は初めて会った時を同じだが、僕の抱くイメージとは大きく異なる発言が飛び出したことに驚いた。


「突然、変なことを言うから驚いているじゃない。そんなにひどいことをされたの?」


「はい。とっても」


 ヴィオラからの質問に満面の笑みで答えるアリサ。その笑顔は邪悪さに満ちていて、おぞましく思ってしまう。


「何度も何度も何度も何度も体を刺され、斬られました。こんなにはずかしめられたのは人生で初めてです」


 十刀姫じゅっとうき擬刀化ぎとうかの呪いを受けているから不老不死の存在だ。

 しかし、痛みを感じないわけではない。彼女たちだって血を流すし、心身が疲弊することだってある。


「僕もゼィニクには借りがあるから手伝うよ」


 アリサは背中に手を回し、ドレスを締めつけているひもを解いた。

 胸元を手で隠しドレスから肩を出すと彼女の背中にはヴィオラたちと同じ刺青が彫られていた。


「みんな一緒に呪いを解こう。もう一人で無茶をしなくていいんだよ」


 頷いたアリサが恥ずかしそうに上目遣いで見てくる。

 背中の刺青以上に見られたくないものがあるのか、と勘ぐっていると彼女はもごもごと小さく話し始めた。


「わたくしの刀身を見ても笑わないでくださいね。他の子たちよりもみにくいものですから」


「そんなことしないよ。どんな姿のアリサも受け入れるつもりだよ」


 頬を赤らめるアリサは一変して鋭い目つきとなる。


「最後の警告です。わたくしを使うということは人をあやめる覚悟ができたということです。わたくしはヴィオラやライハのように器用ではありません。本当にわたくしを抜きますか?」


 初めて盗賊と戦ったときはヴィオラが気を遣って調整してくれた。その後にお説教をくらったことも思い出す。

 ライハと一緒にナガリを殺し、戦い方について彼女と喧嘩をした。

 クシマとアイシャに殺されかけたのは今では笑い話だ。

 直近ではスミワと一緒に大勢の人の未来を書き換えて死期を早めた。あのときから僕の覚悟は決まっている。


「僕は多くの人を手に掛けた。無差別に殺すつもりはないけど、必要ならやるよ」


「では、ふつつか者ですが末永く、よろしくお願いいたします」


 アリサが擬刀化ぎとうかした姿は鋼を刀身の形に引き伸ばしただけで、彼女が言った通り、到底刀と呼べる代物ではなかった。

 何より刀身は四つの楕円状にくり抜かれていて、ぶつけただけで割れてしまいそうだ。


 刀を左腰にある水玉の模様を施された鞘に納めると、何か液体に浸けたような感覚が伝わってきた。

 さっきまで鞘は空っぽだったが今では謎の液体が満たしている。ただの水ではなく、少し粘り気のある液体のようだ。

 切っ先だけがチャポンとインクに触れる感覚の核刀かくとう澄和すみわ』に対して、ドボンと鍔のギリギリまで浸かる感覚だった。


 強制的にスキル『契約』が発動し、アリサとの間に縁が生まれると僕の左小指につばと同じ形の指輪がめられた。

 そして、僕の疑問を晴らすかのように情報が開示される。


 劇刀げきとう蟻彩ありさ

 残虐性に主眼を置いて創られ、"毒死"を象徴としている。

 鞘で生成された毒液を刀にまとわせ、球体を空中に浮遊させることが可能な刀。毒の球は触れた瞬間に弾け、体内に吸収させて死に至らしめる。


「シャボン玉だ」


 ストローを吹いてシャボン玉を飛ばすのではなく、枠にシャボン膜を貼り、その枠を動かすことでシャボン玉を飛ばすタイプだ。

 その枠の役目を果たしているのがこの刀だった。


みにくくなんてないよ」


 小さく呟き、柄を撫でる。

 鞘から刀を抜いた瞬間、アリサの憎しみに身体を侵食されるような感覚に襲われた。

 頭の中は「殺せ、殺せ、殺せ」というアリサのささやきに支配され、思考がまとまらなくなる。


「そんな鉄クズで何ができる!?」


「あんたを殺せる」


 刀身となっている楕円状の枠には虹色に輝くシャボン玉液が大量に付着していた。


劇刀げきとう蟻彩ありさ』、格式奥義かくしきおうぎ――降流毒蛇こうりゅうどくだ


 刀を優しく横薙ぎすると八個の大きなシャボン玉が飛ぶ。

 しかし、シャボン玉はゼィニクの方ではなく風下へと流されていった。


「そんなものでわしに勝てるわけがなかろう!」


 何度やっても結果は同じで苛立ちが募る。

 そんなとき、ヴィオラの声がアリサの囁きをかき消した。

 

「落ち着いて。強力な刀だからこそ弱点も存在する。あなたは誰よりもそれを知っているでしょ。『蟻彩ありさ』と自分の心を制御して」


 ヴィオラのおかげで劇刀げきとう蟻彩ありさ』の支配から逃れ、冷静に分析を始める。

 この刀はどこでも戦えるわけじゃない。風上から攻撃しないとダメだ。


 劇刀げきとう蟻彩ありさ』を再び鞘に戻して走り出す。

 動くたびに十個の鞘が足にぶつかるのにも、もう慣れた。

 ゼィニクは絢刀けんとう詩向しむか』を構えたまま僕から離れていくがもう遅い。

 毒液の充填は終わったぞ。


「格式奥義――降流毒蛇こうりゅうどくだ


 今度は自分の意思でさっきよりも速く刀を振りきる。

 刀身から飛び立った多数の小さなシャボン玉がゼィニクの方へ進んだ。

 絢刀けんとう詩向しむか』の能力を発動される前に次弾装填を急ぐ。


「な、なんだ!? なぜ、わしの方へ来る! やめろ、来るなぁぁあぁぁ!」


 全てのシャボン玉がゼィニクに向かって行く。

 正確には絢刀けんとう詩向しむか』に吸い込まれているようだった。


「ひぎっ。んぐぉ。ぐはっ」


 刀身と接触して弾けたシャボン玉がゼィニクの肌に付着した瞬間、喉をかきむしりながら身悶え始めた。


 鞘の中で生成されたシャボン玉液は皮膚から吸収される経皮毒けいひどく

 対抗する手段は風上に逃げるか、完全防護服を着るしかないだろう。

 まさに初見殺しの刀である。


 ゼィニクの最期は意外にもあっけなく、膝から崩れ落ちて動かなくなった。

 ずっと僕の心に寄り添ってくれたヴィオラの手を握り締め、最期まで決して目を背けなかった。


 劇刀げきとう蟻彩ありさ』、収集完了。

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