第十章 爛刀『珀亜』

第41話

 息絶えたゼィニクが落とした絢刀けんとう詩向しむか』を拾おうとしたとき、とてつもない威圧感に襲われ、足が竦んだ。


「皇帝陛下!?」


 写真でしか見たことのない皇帝陛下は思った以上に身長が高くてガタイも良い。

 筋肉質な手で拾い上げられた絢刀けんとう詩向しむか』がおもちゃのように見えた。


「ゼィニクでは扱いきれなかったか」


 まるで指揮者のように簡単に刀を振るう。


「貴様が鞘の勇者だな。ゼィニクに代わり、危険刀きけんとうの回収ご苦労だった。九本の刀を渡してもらおうか」


「ゼィニクは世界最強の傭兵集団を作る為に危険刀きけんとうを集めていたんじゃ……」


「違うな。奴は余の命令で動いていただけだ。奴は自分の家族を守るために貴様たち勇者を利用していただけにすぎない」


 その話が本当なら僕だけではなく、ナガリとセンスも騙されていたことになる。

 じゃあ、どうして皇帝陛下は刀は集めているんだ。


「サヤ様」


 冷ややかな声で我に返ると、アリサは事もなげに言った。


「これ以上の会話は不要です。あれは【解呪かいじゅ砥石といし】をどこかに隠し、わたくしの体を切り刻んだ張本人です。さぁ、殺しましょう」


 一見すると無垢な笑顔のアリサだが、彼女の瞳には光がなかった。

 皇帝陛下がアリサにしたことは許されるべきではないと思う。でも、現場を見ていない僕がアリサの言葉を信じてしまっていいのか。


 そんな葛藤を抱いていると、皇帝陛下は不気味に笑いながら絢刀けんとう詩向しむか』を一振りした。

 一切やる気の感じられないただの素振りだ。それなのに大地が揺れ、空気が震え始める。

 そして、僕の体が浮き上がった。


「っ!?」


 背負っている爛刀らんとう珀亜はくあ』が引き寄せられている。

 麻縄を掴むが、牽引する力が強すぎて縄は切れてしまった。

 シムカが自分を犠牲にして守った爛刀らんとう珀亜はくあ』はいとも簡単に強奪され、皇帝陛下が持つ絢刀けんとう詩向しむか』に張りついた。


「これが封印されていたという刀か」


 爛刀らんとう珀亜はくあ』は絢刀けんとう詩向しむか』と瓜二つでみねの凹凸は逆になっている。

 双子の姉妹が背中合わせになるように造形されている刀だった。


 引力、斥力、圧力。ありとあらゆる力を操ることが可能な絢刀けんとう詩向しむか』を皇帝陛下は完璧にコントロールしている。

 峰の凹凸以外では全く見分けのつかない二本の刀を見ていると、僕の両腰で鞘たちが震え始めた。


 全部の鞘を同時に押えつけることができない。

 人の姿でも引き寄せられているヴィオラたちは姿勢を低くして必死にその場に留まっている。対して僕は彼女たちから引き離されようとしていた。

 十刀姫じゅっとうきには引力が作用し、僕には斥力が作用しているようだった。


「シムカの能力って本当に厄介! このまま飛んでいってクシマ的病気にしてやろうかー」


「じぶんたちも奪われてしまうのです」


 必死に手を伸ばしても彼女たちの手を掴めない。


「うわっ!?」


 片手が離れたことで踏ん張り切れず、僕は後方へと飛ばされる。


「っ! しっかりしろ」


 瞬間移動したライハに抱きかかえられ建物への衝突は免れたが、更に強い引力によって握り返したライハの手が離れた。

 同時に他の刀姫とうきも引き寄せられて、皇帝陛下の足元に転がる。


 無力にも手を伸ばすことしかできない僕は背中から圧力をかけられ、地面に押しつけられた。


「ようやく十本の刀が揃った。ここまで長かった」


 僕を拘束していた力が消失し、自由に動けるようになったが足腰に力が入らない。

 

「無様だな、小娘ども」


「お前を殺す! 全身の毛穴から毒を吸わせて惨たらしく殺してやる!」


 赤紫色のドレスも綺麗な髪も土埃で汚れたアリサが狂気を孕む目で皇帝陛下を睨みつけながら叫ぶ。


「ずっとその目が気に入らなかった。お前たちは500年も前を生きた人間の遺物だ。そんなものがあるからいけないのだ」


 顔を引き攣らせた皇帝陛下がヴィオラたちに刻まれた刺青を見せつけてくる。


「これは500年も前の皇帝がつけた印だ。こいつらがいる限り、余は先祖が唾をつけた刀に怯えながら生きていかなくてはならない。そんな物は不要であり、そんなものが認められている世界も不要であり、そんなものを扱える素質のある者も不要なのだ」


「500年前の皇帝がつけた?」


 ヴィオラは後宮の下女時代に気づかぬうちに呪われて刀になってしまったと言っていた。

 擬刀化ぎとうかの呪いは突然起こったのではなく、当時の皇帝陛下が意図的に呪ったというのか。


「余はやいばの勇者の称号を継承する一族の末裔だ。だが、500年経った今でも勇者のスキルを扱える者が現れない。この手で小娘どもを消せないのなら破壊するまでよ」


「でも、ヴィオラたちはあなたに危害を加えていません!」


「貴様に分かるか!? 刀に足があり、自律しているのだぞ。いつ余を襲うか分からない代物だ。現にこの娘は宝物庫に忍び込み、余の首を狙っていた!」


「違う! アリサは【解呪かいじゅ砥石といし】を探していただけであなたを暗殺する気なんてなかった!」


「えぇい! 黙れ! 全部まとめて破壊してくれる!」


 皇帝陛下の顔は恐怖に支配されていた。

 この人は今日まで十刀姫じゅっとうきからの復讐に怯えて生きてきたに違いない。


 葬刀そうとう紅縞くしま』や核刀かくとう澄和すみわ』と違い、人を救う手立てを持っていない劇刀げきとう蟻彩ありさ』は最強の兵器となりうる刀だ。

 一番危険な彼女が自分の家に忍び込んでいたとなれば身の毛がよだつもの分かる気がする。

 そんな彼女は感情を剥き出しにして地面を爪でひっかいていた。

 

「なんだよ。つまらねぇ理由だな」


 どこからともなく現れたナガリが皇帝陛下の手にある絢刀けんとう詩向しむか』と爛刀らんとう珀亜はくあ』に触れる。


「スキル発動」


 ドス黒い光の中で二本の刀が浮き上がり、背中合わせとなって距離を縮めていく。

 やがてみねにある凹凸が密着して組み合わさった二本の刀は、最初から一本だったと思えるほどに洗練されたつるぎとなって姿を現わした。

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