第42話

 ナガリは剣を持ち上げて高らかに笑う。


「これが俺のスキルだ。幻の十一本目! 獄刀ごくとう双刃ふたば』!」


 『作成』されたつるぎは本当に二本が合わさった物なのか信じられないほどの禍々しいオーラを放っている。

 閃刀せんとう雷覇らいは』と同じでみねのない両刃の剣だがまったく異質のものだ。


 絢刀けんとう詩向しむか』の力がなくなり、体の自由がきくようになったライハの機転で八人の少女が僕の隣に戻ってきた。


「みんな、大丈夫!?」


「これくらい平気よ」


「何ですか、あれ。……本当にシムカちゃんとハクアちゃんとは思えません」


「きっと痛がっているでござる。早く二人を助けに行くでござるよ」


 無気力にうなだれる皇帝陛下を無視して歩き出したナガリが獄刀ごくとう双刃ふたば』と呼ばれた剣を舌なめずりする。


「肩慣らしにはちょうどいい。かかってこいよ、鞘野郎」


 かつて閃刀せんとう雷覇らいは』の所有者だった頃とは比べものにならない邪悪さだ。

 擬刀化ぎとうかしたヴィオラたちを鞘に納めてナガリと対峙するが、膝が震えて動けなかった。

 そんな弱気な僕を叱咤激励するヴィオラの声が脳内に響き、一歩を踏み出して抜刀する。


閃刀せんとう雷覇らいは』、格式奥義――電煌雷轟でんこうらいごう


 火打ち石の役目を持つ鞘を刀で擦り上げ、火花を散らす。

 瞬きを終える頃には光を視認したナガリの頭上に稲妻が落ちているはずだった。


「甘いぜ」


 稲妻は獄刀ごくとう双刃ふたば』の斥力によって弾かれ、雷鳴があとを追うように虚しく響いた。


劇刀げきとう蟻彩ありさ』、格式奥義――降流毒蛇こうりゅうどくだ


 風が吹いたタイミングを見計らって刀を薙ぐと劇毒を持つシャボン玉が無数に飛び立ち、風に乗ってナガリへと向かった。

 しかし、それらも斥力に阻まれナガリの皮膚には届かない。


「スミワ!」


 閃刀せんとう雷覇らいは』の能力を利用し、目で追えないほどの速度でナガリの懐へ入る。

 デュアル直伝の居合い術で核刀かくとう澄和すみわ』を一閃したが、あと一歩のところで見えない壁のようなものに弾かれた。


 再び距離を取り、響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』を抜いたとき、ナガリが獄刀ごくとう双刃ふたば』を天に掲げた。


獄刀ごくとう双刃ふたば』、最終奥義――煉獄穀潰れんごくごくつぶし


 僕を含め、ありとあらゆる物質が引き寄せられ、獄刀ごくとう双刃ふたば』を中心にして竜巻の一部として宙を舞う。

 その中には無重力の中で手足をばたつかせている皇帝陛下の姿もあった。


 腰の鞘と刀たちもバラバラになって巻き上がる。

 急速に竜巻が縮小し、獄刀ごくとう双刃ふたば』を発火点として大爆発が起こった。


 爆音と爆炎と爆煙が混ざり合い、どうなったのか分からない。

 自分がどこにいるのか、どこを負傷したのか、そもそも生きているのか。何も分からない状態で地面に横たわっていた。


「なんて威力だ」


 全身はきしむように痛い。耳鳴りが激しくて自分の声すらも聞こえない。

 黒煙が晴れると僕から離れた場所で皇帝陛下が気絶していて、周囲には八人の女の子がボロボロの状態で倒れていた。


「みんなっ!?」


 彼女たちの服は所々が破れ、髪は焦げている。息はしているのに目を開ける気配がなかった。


「僕を守ってくれたのか!?」


 抱き起こしても僅かに瞼を動かすだけで返事はない


 ナガリは横たわる皇帝陛下の前に立ち、興味なさげに一突きする。

 抵抗もなく剣が皇帝陛下の体に入り、内部で小規模な爆発が起こった。


「これで俺が一番だ」


 この弱肉強食の世界を支配していた皇帝陛下が死んだ。

 かつて危険刀きけんとうを所有していた人たちが居なくなり、僕は一本も刀を持たずに腰を抜かしてへたり込んでいる。

 現時点で一番強いのは幻の十一本目を手に入れたナガリだ。


 僕を絶望のどん底に突き落とすように獄刀ごくとう双刃ふたば』に引き寄せられたヴィオラたちが無防備に転がる。


「これで終わりだ。刀を持たないてめぇに勝ち目はねぇぞ」


 ようやく聞こえるようになった耳にナガリの無慈悲な言葉が届く。

 戦意喪失ということがどんな状態なのか初めて知った。

 一人で戦えっていうのか。十刀姫じゅっとうきがいなければ僕はただの男だ。

 今だって彼女たちに守られたから辛うじて生きているだけで、立ち上がれないほど全身が痛い。


 再び獄刀ごくとう双刃ふたば』を天に掲げるナガリを止める手立てがない。


「よくも俺を殺しやがって。お前はただの無能だ。ゼィニクのおっさんは間違ってなかった。俺こそが優秀で最強の勇者なんだよ!」


「無能、か。僕と彼女たちを繋ぎ止めていた鞘もどこかに吹っ飛んで――」


 言葉を最後まで言い終えずに彼女の能力を思い出す。

 もしも、彼女の能力が今も僕に作用しているとしたらどうだ。

 勝ち目があるかもしれない。

 でも、作用していなかったら……。これは賭けだ。


 歯を食いしばって体を起こし、叫ぶ。


「僕と君たちは永遠に繋がっているんだよな。そうだろ! 来い、十刀姫じゅっとうき!」


 僕の願いに応えるように、納刀された状態の鞘が両腰に十本出現した。

 少しの時間を与え、彼女たちの回復を待つ。

 さっきまで体が動かなかったのに力が戻ってくるように感じた。


 アイシャの能力で強制的に愛を誓わされた僕たちが離れるときは死を意味する。

 結刀けっとう愛紗あいしゃ』の能力は心の距離感の問題だと思っていたが、物理的な距離感も含まれるようだ。


 獄刀ごくとう双刃ふたば』によって物理的に距離を引き離された僕とヴィオラたちは死に直面していたらしい。

 だから僕は体が動かなかったし、ヴィオラは声を発することもできなかった。

 アイシャはやっぱり恐ろしい子だ。


響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』、格式奥義――剥牙絶弦はくがぜつげん


 左手に持つ鞘を左肩に乗せ、顎を乗せて高く持ち上げるように構える。左手の指で四つある音符の装飾を押えて、視線を右手に移した。

 右手に持つ刀のみねを鞘にあてがい、優しく丁寧に動かす。


「ありがとう、ヴィオラ。一緒に練習した技でナガリを倒せそうだよ」


 音色を止めるつもりはない。

 ナガリの心にヒビが入るまで奏で続けるつもりで指と腕を動かし続けた。


「なんだこの音は!? やめろぉぉぉおぉぉぉ!」


 聞いていて嫌な音ではないはずだ。

 癒やしの音源を不快に感じるのなら心が悪意に満ちてけがれすぎている証拠だ。


「やめろって言ってるだろ!」


 耳を押えて、体を丸めていたナガリが再び獄刀ごくとう双刃ふたば』を振りかぶった。

 それでも僕は指の皮がめくれようが、爪が剥がれようが構わずに手を動かし続けた。


「ぐをぉぉぉぉぉ!?」


 響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』を鞘に納めて走り出し、閃刀せんとう雷覇らいは』の鞘を抜いてナガリの懐に入る。

 獄刀ごくとう双刃ふたば』の奥義である煉獄穀潰れんごくごくつぶしを発動させたようだが、僕は地に足をつけたままだ。


「ここは台風の目なんだよ。一番危険に思える所有者の近くだけは一番安全なんだ!」


 閃刀せんとう雷覇らいは』の鞘と刀身を擦り合わせながら叫ぶ。


閃刀せんとう雷覇らいは』、格式奥義――電煌雷轟でんこうらいごう!」


 黒雲が空を覆い、勢いづく前の竜巻に向かって稲妻が落ちた。


 ドゴォォォォォン!!


 膝をついたナガリに向かって何発も落雷を叩き込む。

 そして最後に核刀かくとう澄和すみわ』を握り締めた。


核刀かくとう澄和すみわ』、格式奥義――重塗生抹じゅうとおうまつ


 驚くほどに清らかな刀のペン先はナガリの未来を書き換えた。

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