第36話
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている僕とは異なり、ヴィオラたちが臨戦態勢をとった。
「おぉい! また子供を拾ってきたのか?」
フードを脱いだ男が大声を張り上げる。
黒いコートも一緒に豪快に脱ぐと胸まで伸びる白い髭が露わになった。
「違うのです。お客様なのですよ」
「そうか、そうか! それなら構わん。お客人、何もない所だが寛いでゆかれよ」
ホホホホッ、と愉快そうに笑う男性からは以前のような威圧感は感じられなかった。まるで孫たちに囲まれているおじいちゃんといった印象だ。
「これがデュアルなのです」
「なんか、この前とイメージが違うような……」
困り果ててスミワを見ると、彼女は無言で首を横に振った。
さっきの話は今はするな、ということだろうか。
「おぉ!? 少年、そんなに鞘をぶらさげてどうするつもりだ?」
「え、えっと」
何と答えれば良いのだろう。
今は良心的な見た目と印象だが、僕は首をはね飛ばされかけている。
そんな簡単に信用できるはずがなかった。
「デュアル」
「おぉ、そうだった。今から治療をするから場所を移すぞ」
スミワの一言で男性は緩んだ表情を引き締め、颯爽と歩き始める。
案内された場所は孤児院の中にある古い診察室のような場所で診察台には十五歳前後の男が寝かされていた。
デュアルは
「なにを……?」
「『
薄く風を切り裂く音だけが耳に届き、診察台の男には傷一つなかった。
本当に斬ったのか、全く見えなかった。
彼が鞘を持っていたならば完璧な居合い術だっただろう。
「これが我の仕事だ。ここにいる子たちは親に捨てられたり、親を殺されたりした者ばかりで精神的に疲弊している子も少なくない。スミワは彼らを救ってくれる」
診察室を出て、前を行くデュアルに続き歩いている間も謎は深まるばかりだった。
スミワの説明で巫女さんの件は納得したが、先日のシムカの件は理解できない。
それに僕のことを覚えていないのか、と疑ってしまうほどデュアルの態度は初対面じみていた。
一歩前を歩くスミワが振り向き、僕の左腰を凝視していることに気づく。
「デュアル、稽古をつけてあげて欲しいのです」
「ん?」
足を止めたデュアルに手を取られる。
とっさに振りほどこうとしたが、あまりの真剣な表情に息をのんでしまった。
「刀を振ったことがないな」
「分かるんですか!?」
「なにぃ!? それはいかん。来い、少年! 刀の扱い方を教えてやる」
「えぇ!? ちょっと!?」
壊滅的に会話が噛み合わない。
強引に手を引かれ、連れて来られたのは道場だった。
後をついてきたスミワがデュアルの隣へと移動する直前、僕に耳打ちする。
「デュアルからじぶんの扱い方を習うのです」
何一つ理解していない僕はただ言われるままに対峙する。
ヴィオラたちは僕の後ろに陣取っているが、同じようにポカンとしていた。
手ぶらではやる気がなさ過ぎるので、
「刀を振ってみよ」
言われた通りにしようとした僕の手が止まる。
どっちを抜けばいいんだ。
速さなら間違いなく、
しかし、刀を振るとなると自信を持って振れるのは
いや、でも楽器を粗末に扱うのは……。
「早くせんか!」
「ひゃい!」
叱責された僕が抜刀したのは
言われた通りに用意された
絶対に斬れない。
案の定、刀は
「
斜めに斬りつける
その表情は真剣そのもので、本当に敵同士なのか疑ってしまうほどだ。
ん? そもそも、僕たちは本当に敵なのか?
僕が勘違いしている可能性はないだろうか。
「『
「はい」
こういう風に教わるのは初めてだ。
ヴィオラの演奏練習はもっと感覚的な指導で、シムカの基礎練習に言葉はない。
だからこそ、暖かみを感じてしまった。
「『
「え?」
思いがけない提案に素っ頓狂な声が出てしまった。
自分が所有している
「さっきからスミワが少年の鞘を見ている。きっと、この子の鞘も持っているのだろう?」
まだ納刀していない鞘はあと三本。どれも左腰に装備されている。
その中で『
デュアルの目を見ながら慎重に刀を受け取る。
刀を振り抜く速度が速すぎて刀身の全貌を見るのは今回が初めてだ。
「これって」
一点の曇りもない澄み渡るような刀身はガラスの様な脆さを感じさせた。
驚くことにその切っ先はまだインクを吸っていない純白のペン先のような造形をしている。
「振ってみよ」
「でも――」
僕はまだスミワと契約していない。
それなのに刀を振って、手からすっぽ抜けてしまったらどうしよう。
下手に触れるだけでも壊れてしまいそうな脆い見た目の刀を振る勇気が出ない。
しかし、デュアルは僕の肩をそっと叩いてくれた。
「はい」
教えてもらった通りに水平斬りを披露する。
なんとか刀は握ったままだったが、振るだけで薄い刀身が揺れている様な気がして不安でならない。
「恐れずにもっと勢いをつけろ。その程度で『
その言葉にハッとする。
そうか。僕は刀を信じきれていなかったんだ。
だから、綺麗事を並べてヴィオラに反論をしてしまったのだと気づく。
それからも個別指導は続き、僕が『
既に日は落ちて、ヒワタたちは退屈しのぎに子供たちと遊んだり、夕食の準備を整えたりしていたらしい。
「お疲れ様でしたなのです」
「久々にいい汗をかいたな!」
豪快に上着を脱ぐと、鍛え抜かれた筋肉質な体が現れた。
これが僕の倍以上の人生を歩んでいる人の体なのか、と驚嘆する。
「さて、夕飯にするぞ! 来い、少年」
またしてもデュアルに肩を掴まれ、強制的に食堂へと連れて行かれる。
食卓には数えるのが嫌になるほどの子供たちと、彼らを満腹にできるだけの食事が並んでいた。
「僕はいいよ。余ったら子供たちの朝ごはんにしてあげて」
僕は寄付をしようとしていた身だ。
それなのに僕たちの分の食事まで用意されている。これでは本末転倒だ。
「私の愛が隠し味です。勇者様も召し上がるべきです」
アイシャに勧められても、頑なに拒む僕を睨むヴィオラ。
先に席についていた彼女が立ち上がり、僕の頬を打った。
「いい加減にしなさい。あなたはその男に二度も負けて、教えを請うているのよ。弱者は強者の言うことを聞くって教えたわよね。黙って食べなさい」
「ヴィオラは死ななければ、負けてもいいって言った。最後に勝てばいいんだろ」
食事時には相応しくない険悪な雰囲気に子供たちも萎縮しているようだった。
申し訳ないが、僕だって引けない。
この場をヒワタたちに任せて立ち去ろうと踵を返したとき、デュアルが居ないことに気づく。
いつから居なかった?
確かに、僕と一緒に食堂に入ったはずだ。
「そんなに我と戦いたいなら、いくらでも相手をしてやるぞ」
その先には全身黒ずくめの男が立っていた。
子供たちに向けていた慈愛の目も、僕に指導してくれていた優しくもあり厳しい声も、トレードマークであるあごひげも今は見えない。
全てを覆いつくす漆黒のフードとロングコートをまとっていた。
「
今までのは一体なんだったんだ。
ただの戯れだったのか。
これまでの全てを無にする無慈悲な声が僕の頭の中でグルグルと回り、やがて弾けた。
「お前を倒す!
「来い、小僧!」
僕は丸腰のままデュアルに掴みかかり、お互いの服を掴んだまま食堂を飛び出した。
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