第八章 核刀『澄和』
第35話
シムカをさらったナガリがどこに行ってしまったのか、あの黒ずくめの集団は何者なのか。
疑問ばかりが浮かび上がり、焦りも相まって苛立ちだけが募っていく。
僕たちの間に会話はなく、腰で揺れる鞘だけがガチャガチャと鳴っていた。
「ホウリュージー領に向かおう」
「あの男を信じるのですか?」
僕はあの男ではなく、男と一緒に居るであろう
「道中でシムカを見つけられたら助け出す。見つからなくても帝都で皇帝陛下に反逆宣言でもすればゼィニクはきっと来る。そしたらナガリも一緒に釣れるよ。まずはスミワの所へ行って話を聞いてみよう」
ヒワタの方を見ずに淡々を意見を述べる。
特に反論がないなら、少し強引でも僕のやり方で進めるのが正解か。
「さっきの集団について何か知ってる?」
ほとんどが首を横に振ったが、ライハだけは怒りを露わにして声を張り上げた。
「あのゲス野郎め! あたしが殺したはずなのになんで生きてるんだ!」
「僕も最初は焦ったんだけど、冷静に考えるとセンスのスキルかもしれないんだ」
「トウショウ殿の刀をセンナたちの偽物に創り替えた人でごさるか?」
センナの発言を肯定する。
もしも、刀の勇者のスキルが刀を作成するもので、死んだ人も刀として蘇らせることができるならナガリが生きている理由も説明がつくと考えた。
「シムカが居なくなったことはもちろんショックだ。でも、それ以上に
「あいつなんかにシムカが言うことを聞くはずがないじゃん」
「ライハも見ていただろ。シムカはセンスと直接触れていたからスキル『
この中で『
体を縛りつけるスキルに同系統のスキルを上乗せされたときのことを想像したのか、顔を青ざめさせていた。
「今すぐにでもシムカを助けに行きたい。でも、あの男が言っていたことも気になるんだ。もう一度会って話したい」
その後も黙々と足を動かし続けた僕たちは比較的大きな村に辿り着いた。
見た限り暮らしは貧しそうだが、子供たちの元気な声が絶えない村だった。
「ここが、ホウリュージー領?」
人当たりのよい村長に、「帝都に行くために旅をしている」と説明すると、ぜひ村で休んでいってくれと勧められた。
宿泊できる施設はないが、最悪の場合は野宿で構わない。
ヴィオラは嫌がるだろうけど、鞘の中に入っていてもらおう。
「帝都の近くにも村はあるんだね」
「一度だけアリサと来たことがあるわ。たしか孤児院があったはずよ。アリサが支援金を渡していたわ」
ヴィオラの言う通りで村の奥には老朽化した建物があり、子供たちが畑の世話をしている最中だった。
「あんたたち誰?」
「こら! お客さんに失礼でしょ」
威嚇する目つきの悪い男の子をたしなめる女の子が丁寧に頭を下げた。
一番年長だという彼女だが、本当の年齢は分からないらしい。見た目と精神面が一番お姉さんということで他の子供たちの面倒を見ているようだ。
「僕たちは旅の途中だから、すぐに出て行くから安心して。きみたちに危害は加えないよ」
今の僕にできることはアリサと同じようにお金を渡すことくらいだ。
しかし、この女の子に渡すのはいくらなんでも生々しい。
「誰か大人の人はいないのかな?」
「お父様はお仕事でいつお帰りになるか分かりません。あ、でも、スミワ様なら」
女の子の言葉に僕もヴィオラたちも強く反応した。
クシマから初めてその名前を聞き、
ということは、この村が目的地で間違いない。
「……スミワさんの所に案内してくれるかな?」
女の子の目線に合わせて、不自然な笑顔にならないように努めてお願いする。
こくりと頷いた彼女は孤児院の中に入って行き、一人の少女を連れて戻ってきた。
「お待ちしていましたのですよ、鞘の勇者様。それにヴィオラ、ヒワタ、ライハ、クシマ、アイシャ、センナ。随分と大所帯なのです。あ、ハクアもいたのです」
前髪を切り揃えた少女の瞳からは精気を感じられない。
お人形みたいな顔立ちで儚げな表情のスミワは一人ずつ指さしながら名前を呼び、最後に僕が背負っている刀の名を呼んだ。
スミワに案内されて、孤児院の中へ入る。
子供たちが騒ぐ室内で勧められた席につくと、お茶とお茶菓子を出してくれた。
僕は手をつけなかったが、ライハとクシマは遠慮なくパクパクと口に放り込んでいく。
「あの子は無事だったはずなのです」
僕の正面の席に座り、唐突に切り出したスミワだったが、彼女が何を言っているのかはすぐに分かった。
「確かに元気に仕事をしていたよ。でも、記憶も人格も全て変わっていた」
「はいなのです。そうするのがベストだと判断した結果なのです。じぶんとしては、じぶんとデュアルに感謝して欲しいくらいなのです」
「デュアル? それに感謝ってどういうこと?」
デュアルとは間違いなくあの全身黒ずくめの男のことだろう。
しかし、感謝しろと言われる覚えはない。
「間接的にではありますが、あの子がこれまでに殺した人間の数は数えきれないのです。本来であれば、クッシーロ送りとなり極刑なのです」
ヒワタの表情が僅かに歪み、膝の上で握りしめている拳に力が入るのを見てしまった僕は彼女の冷たい手を包み込んだ。
「しかし、彼女はうちの孤児院出身なので、デュアルが先に手を打ったというわけなのです。これで帝国から目をつけられることはないでしょう。元凶のアイシャは鞘の勇者様がお持ちなので、全ての罪はあなた様が肩代わりすることになるのです」
「……な、なるほど」
クッシーロ監獄の
その数は両手では足りない。足の指を使っても足りないはずだ。
「間違いなく帝国の歴史に残る殺人犯なのです。そんなあなたを野放しにしていることに感謝して欲しいくらいなのです」
ここまで説明されれば、素直に頭を下げるしかない。
全ては僕の偽善が生んだ結果なのだ。
隣ではヴィオラが「あーあ、だから言ったでしょ」とでも言いたげな顔をしていた。
「じゃあ、もしも捕まったら僕はクッシーロ監獄送りってこと?」
「いいえ。前代未聞の出来事なので帝都で公開処刑なのです」
なんておぞましいんだ。
こんな呑気にお茶を飲んでいる場合ではない。
そのデュアルという人が帰って来る前に早くお暇しよう。
ヴィオラたちの呪いを解いたら、海外逃亡も考えないといけないかもしれない。
それか、素直に自首するかだ。
密かに考えているとおもむろに立ち上がったスミワが僕の後ろに移動してくる。
椅子を引き、体を反転させると彼女の頭頂部が目の前にあった。
「じぶんたちの鞘を持っているせいで全ての罪を被らせてしまい、申し訳ないのです。ありがとうございますなのです」
唐突な謝罪と感謝に面食らって、「いえ、お気になさらず」と返したのが間違いだったことに気づいたのはもう少し後になってからだった。
「ついでにもう一つの罪を被って欲しいのです」
「ん?」
「じぶんを使って、デュアルを斬って欲しいのです」
「んん?」
大混乱する僕の頭を再起動させる隙を与えないように部屋の扉が開き、全身黒ずくめの男が入ってきた。
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