第34話

 海刀かいとう櫛灘くしなだ』が消滅したことで町を浸水させていた水は跡形も無く干上がった。

 残されたのは流されてきた泥や物などの残骸で撤去には相当の時間がかかると容易に想像できた。


 センスの亡骸は帝都の兵士たちよりも前に僕たちが回収して火葬を終えた。

 これで二度と刀の勇者のスキルを悪用する輩は現れないし、センスの名誉も守れたはずだ。


「……とんでもないことになってしまった」


「巻き込んでしまってすみませんでした。店を駄目にして、刀まで壊してしまって」


 自分の店の前で立ち尽くすトウショウさんにかける言葉が見つからない。

 僕の隣ではセンナもうつむいて何度も謝っていた。

 全ての事情を話した上で再度謝罪すると彼は首を横に振った。


「いや、いいんだ。ここまで派手にやられると吹っ切れましたよ」


 その言葉が嘘ではないということは彼の顔を見れば一目瞭然だった。

 初めて会った時のような焦った雰囲気も、悩みをこぼした時の弱々しさもない。


「センナが特別な女の子だということは分かりました。それにきみとあの子たちが必死にお互いを守ろうとしているのもひしひしと伝わってきました。ボクも逃げるのを止めようと思う」


「何かから逃げていたのですか?」


「うん。センナの秘密を教えてくれたから、きみにだけは言うけど、ボクは王族で皇帝陛下の弟なんだ」


 驚愕の事実にあごが外れそうになる。

 先程よりも更に真剣な眼差しで告げられると疑いようがなかった。


「ボクは兄と違って人を殴れないから王位継承権を放棄して逃げ出したんだ。我が身ひとつで王宮を飛び出したからお金がなくて。色々と模索した結果、嫌いな刀を研ぐことに向いてると気づいたんです」


「……トウショウさん。【解呪かいじゅ砥石といし】という物に心当たりはありませんか?」


 ここまで旅を続けてきて一番の手がかりだ。

 藁にも縋る想いで尋ねてみたが、トウショウさんはまたしても首を横に振る。


「兄なら何か知っているかもしれない。ボクは十刀姫じゅっとうきのことすら知らされていなかったから。力になれなくてすみません」


 僕もかぶりを振って、お礼を伝えた。


「センナを連れていってあげて欲しい。彼女は偶然出会っただけのボクの護衛を買って出てくれたけど、お金を借りる相手を間違えたボクが悪いですから。一宿一飯の恩は返してもらったよ」


 空腹で倒れかけていたセンナはトウショウさんに拾われて、食事を食べさせてもらったらしい。その結果、借金してしまったのが事の発端だった。


 もう借金取りに狙われることもなくなったので、センナはお役御免ということになる。

 トウショウさんが帝都に戻るのであれば、今後は兵士や騎士が守ってくれるに違いないだろう。


「センナはそれでいいの?」


「はい、でござる。守るべき者が居ないなら呪いはただの呪いでござるよ。アリサがまだ諦めていないなら、センナも協力するでござる」


 彼女の小さい手が僕の服の袖を掴んだ。


「ありがとう。じゃあ、一緒に【解呪かいじゅ砥石といし】を探そう」


 元気よく返事をしてくれた彼女の頭を撫でつつ、擬刀化ぎとうかをお願いして右腰に装備された流れるような線の模様が施された鞘を取り出す。

 スキル『契約』は何度やっても発動できず、センナとの間に縁は生まれなかったが、最後まで納刀はできた。


「これで元鞘ってな」


 直後、いつものように頭の中には刀の情報が開示された。


 糸刀しとう繊那せんな

 鋭さに主眼を置いて創られ、"斬死ざんし"を象徴としている。

 目視できないほどに細くした刀身を全方向に展開し、近づいた者全てを死に至らしめる。


「すごいな。僕には扱えないや」


「んにゃ!?」


「ごめん、見えちゃうんだ」


 胸を両手で隠すような仕草にドキッとした。

 こんなに可愛い反応を示したのはセンナが初めてだ。

 そして、ヴィオラにすねを蹴られて悶絶するのも初めての経験だった。


 鞘に納まったことで腹部の切り傷も体力も全回復したヴィオラは元気に僕を睨みつけてくる。


 ヒワタ、シムカ、クシマ、アイシャと同じで僕の意思では刀を抜けないが、センナの意思では刀と人の姿になれるらしい。


 見えない罠を仕掛けることが可能な反面、所有者は動かないことを前提としているので使い方が難しいようだった。

 それに、鍛冶屋でのグロテスクな光景を何度も見る勇気はないから、格式奥義は使えない方が心の平穏のためには良いだろう。


「ボクは王都の中から【解呪かいじゅ砥石といし】の手がかりを探ってみますよ」


「ありがとうございます。お気をつけて」


「サヤくんこそ。危険刀きけんとうを七本も所有していて、殺人罪で指名手配中の上、今回は帝都から派遣された騎士たちを退けていますからね。この先も苦難がつきまとうと思います。無茶はしない方がいい」


「はい! では、またどこかで」


 町の復興作業には関わらない方がいいと助言され、早々に町を立ち去ることになった。


「ハクアも戻ったし良かったね、シムカ」


「うむ。相変わらず、よく寝ておるわ」


 ハクアは擬刀化ぎとうかした状態でシムカに背負われている。

 シムカにとってはそれが普通なのか、特に文句を言う様子はなかった。


「人の姿に戻らないの?」


「わしと違ってハクアはこの500年で一度も人の姿に戻っておらん。もしも、ハクアが擬刀化ぎとうかを解いたのなら、500年ぶりに生身の姿を見た男になれるぞ」


 すごく重いことを言われている気がする。

 どうせなら、このまま鞘に納めてしまおうか。


 シムカの背中に向かって伸ばした手はパチンと音を立てて、はたき落とされた。


「いたっ!?」


「時がくるまで絶対にハクアを鞘に納めるな。興味本位で納めてみろ、この世が吹っ飛ぶぞ」


 それが脅しではないことは明らかだった。

 シムカの澄み切った瞳の奥には、微かなおびえが含まれている。


「……分かった。ごめん」


 赤く腫れた腕をさすりながらつぶやく。

 シムカはどこか安堵したように遠くを見つめていた。


「あなた、敵が来たわ」


 そっと寄り添い、耳打ちするヴィオラの言った通り、どこからともなく現れた黒ずくめの集団が僕たちを取り囲む。

 それぞれが戦闘態勢を取る中、フードを被り、剥き出しの刀を持った人物が僕の前に立ちはだかり、しわがれた声で告げる。


「鞘の勇者だな。十本の刀を持つ者として相応しいか、見定めさせてもらう」


「お前はっ!? あのときは逃げられたけど、今回は逃がさない。仇を取らせてもらうぞ!」


「……何を言っておるのやら。我と貴様は初対面だぞ、誰と勘違いしておるのだ」


 間違いなく巫女さんを斬った男だ。動きも音の癖も何もかもが一致している。

 しかし、持っている刀が違った。あれは剣だ。


 それに、なぜ嘘をつくのかも分からない。


 周囲の黒い集団はそれぞれが抜刀するのに対して、目の前の男だけは腰を低く構えた。


 あの居合いが来る。


 二度も同じ手は食わないつもりだったが、前回よりも速く鋭い太刀筋に翻弄される。

 一歩も動けず、目の前を剣が通過した。


「なっ!?」


 前髪が散り、喉と腹部に鈍い痛みが走る。

 腹部の衝撃が凄まじく、地面を削りながら背後にある大木に体をぶつけた。


「かはっ」


「ほれ、しっかりせんか」


 シムカが首根っこを引っ張ってくれなかったら、僕の首は間違いなく飛んでいた。

 僕の腹を蹴り飛ばした男は自分が持っている剣を何度か見回し、納得のいかない表情を浮かべた。


 生身では太刀打ちできない。

 ヴィオラたちは黒ずくめの集団に足止めされてるが、二人の力を借りないとどうすることもできなかった。


「ヴィオラ、ライハ!」


 擬刀化ぎとうかした二本の刀を両手に持ち、同時に鞘に納める。

 ジリジリと地面を擦りながら、閃刀せんとう雷覇らいは』の鞘をベルトから引き抜いた。


「周囲への警戒が甘い」


「ッ!?」


 フードを被った男が剣を別の方向へ投げつける。

 避けるまでもなく、突貫しようとする僕を嘲笑うように背後で下品な笑い声が聞こえた。


「やめろ、離せ!」


 珍しくジタバタと抵抗するシムカの腕を何者かが掴んでいる。

 そして二人の手が輝き始め、僕は恐怖に襲われた。


「スキル『従属じゅうぞく』発動」


「嘘だ。死んだはずじゃ――」


 投げられた剣はどこかに消え、僕のよく知る人物がシムカを掴んでいた。


「ナガリっ!?」


「こいつらはいただくぜ、鞘野郎ぉぉ!」


 観念したように抵抗を止めたシムカが背負っていた刀を放り投げる。


「ハクアを頼む。何があっても守りきれ!」


 その言葉を最後にシムカは強制的に擬刀化ぎとうかさせられてしまい、ナガリの手に渡った。


「シムカを返せ!」


 動けずにいるヒワタに爛刀らんとう珀亜はくあ』を渡して閃刀せんとう雷覇らいは』で火花を散らす。

 晴天の空から稲妻が落ちたが、ナガリは絢刀けんとう詩向しむか』を扱い、雷を離散させて下品な声で笑った。


「鞘の勇者よ、ホウリュージー領で待つ。必ず来い」


 ナガリと黒ずくめの集団が土煙に撒かれて姿が見えなくなる中、しわがれた声の男が僕の耳元で囁いて消えた。

 ヒワタは爛刀らんとう珀亜はくあ』を大切に抱き締めているが、、シムカの姿はどこにもない。


 僕たちは探し求めていた一本を手に入れる代わりに、大切な仲間を一人失ってしまった。


 糸刀しとう繊那せんな』、収集完了。

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