第33話
センスが与えられたスキルを僕は知らない。
同じように僕のスキルをセンスやナガリには教えていかなった。
だからこそ、
水を操るセンスによって店内は浸水し、水没しかけている。
同様に町中の家も床上浸水しているようだった。
幸いだったのは既にトウショウさんが避難を終えていたことだ。
センスの声は聞こえるが、どこにいるのか確認できない。
もしかすると屋根の上にいるのかもしれなかった。
勢いの止まらない放水を前にして、大きく空気を吸い込んで一気に潜る。
壁の出っ張りを頼りに店内に侵入して顔を出すと、天井近くまで水が迫っていた。
微かにだが、ヴィオラを感じる。
センスと一緒ではなく、まだ彼女はこの中に居るはずだ。
天井に向かって唇を突き出し、もう一度大きく空気を吸う。
微かな感覚を頼りに潜ってみると床の上に横たわる彼女を見つけた。
水を吸った服は沈みやすく簡単にヴィオラの元には辿り着けたが、彼女を引き上げられない。
僕の呼吸が限界を迎えようとしたとき、急に僕たちに加わる水圧が少なくなった。
ヴィオラを抱きかかえて必死のバタ足と犬かきで浮上し、水面から顔を出す。
「ぷはっ! ヴィオラ、しっかりして!」
頬を叩いても反応がない。
唇は真っ青だが、息はしている。
「どうすればいい!?」
「肺に空気を送れ、おサヤ。いくら不死身といっても、酸素なしでは脳がやられるぞ」
天井の上から聞こえるシムカの声に従い、唇を近づけて尻込みする。
どうやってやるのか分からない。そもそも、唇をつけちゃっていいのか?
しかし、
「あなた……?」
「ヴィオラ! 良かった!」
感動のあまり抱きしめてしまった。
ヴィオラはまだ意識が朦朧としているのか、薄く開いた目で僕の方を見上げていた。
「今のってキス?」
「ち、ちがっ!」
「……助けてくれてありがとう。あなたの声、聞こえてたよ」
僕の後頭部にヴィオラの手が回る。そのまま彼女に引き寄せられると唇に柔らかいものが触れた。
先程のように無機質なものではなく、熱のこもった唇同士が触れ合っていた。
「な、な、なぁ!?」
「今のってキス?」
「あ、えっと、いや。その、うん。そうだと思う」
「やった」
弱々しく笑顔を見せてくれるヴィオラの腕が水の中に沈んでいく。
「
「でも、水が……」
「大丈夫。上にシムカが来てくれている」
予想通り、
今朝まで活気のある町だった場所は海に飲み込まれたように水没していて、人々は僕たちと同じように高い建物の上に避難していた。
「ほかのみんなは?」
「ヒワタがついておるから大丈夫じゃろう。それよりもヴィオラを鞘に納めてやれ」
言われた通りに
「
「そんな奴はおらぬ。あの女も勇者じゃったな。であれば、おサヤのようにスキルでわしらと同じような刀を作成したのじゃろう」
ひと掬いしてみても、まぎれもなく真水だった。
何もない場所でこんなにも大量の水を生成できる刀を作成したなんて恐ろしい。そのスキルがあればやりたい放題じゃないか。
そのとき、遠くの建物から男性の悲鳴が聞こえた。
「トウショウ殿でござる!」
「センナ!?」
波に負けない見事な泳ぎでこちらに近づいてくるセンナと、水面を凍らせて滑ってくるヒワタ、ライハ、クシマ、アイシャの四人。
「クシマ、ヴィオラを頼んでいい?」
「えー。仕方ないなー。クシマ的には仕事がなさそうだからいいよー」
水が相手なら雷が有効なはずだ。
ただ、使用する場所が問題だった。
水面の上に落雷させることは簡単だが、それをやってしまうと被害が大規模になってしまう。
なんとかしてセンスを人気のない場所に移動させる必要があった。
「うむ。わしはハクアを取り戻せたからもう満足なのじゃが」
あまり乗り気ではないシムカを無視して、僕も氷の上を滑り、悲鳴の聞こえた方へ急ぐ。
雑居ビルの屋上ではトウショウさんがセンスに追い詰められていた。
「これと似た刀をもっと打ってくれませんこと? そうすれば、もっとあの子を苦しめられますわ」
「センス!」
トウショウさんの救出をセンナとヒワタに任せ、センスと一対一で対峙する。
彼女の持っている刀はトウショウさんが見せてくれた何の変哲もない刀のままだった。
しかし、センスが一振りするだけで刀身から水があふれ出して僕に襲いかかる。
ビルの屋上には僕とセンス以外に誰もいない。ここでなら格式奥義が使える。
バシャバシャと
それを裏付けるように着物が不自然にはだけている。
「やる気がないなら、その首をよこしなさい!」
距離を詰めすぎると
かと言って離れすぎると波が押し寄せてくる。
近距離戦闘に特化したセンスが遠距離攻撃可能な刀を得るとこうも厄介なのか。
尚更、
僕との距離が離れたことで、またしてもセンスが刀を振り、
ほとんどの水はビルの下に落ちてしまい、必要以上に僕の足が取られることはないが、戦いにくいことこの上ない。
「……やっぱり、おかしいよ」
刀を振る度にセンスの体が小さくなっている気がする。
それに足元もおぼつかないし、呼吸も荒い。
なにより、センスは僕を見ていなかった。
「これで終わりですわ。その首、もらいますわよ!」
誰にいない所に向かって語りかけ、
そして、
「やりましたわ。これでうちを馬鹿にした男は居なくなった。もう二度と男に貶されたりなんてしませんから!」
センスは一体なにを言っているんだ。
なにを見て、誰の首を取ったつもりでいるのか分からなかった。
ふらふらと尻餅をついたセンスは顔面蒼白で手足が震え、全身の皮膚がひび割れていた。
「まさか……この水はセンスの体内の水分なのか!?」
何もない場所に大量の水を発生させる刀。
その起源が所有者の水分であったならば、センスが干からびている理由になるかもしれない。
「なんて刀なんだ」
「あいつ、もう放っておいても死ぬよ。それよりもあの刀をぶっ壊したい」
僕も彼女に賛同するように頷いた。
僕の持っている鞘の中に海や波を表現したものはない。
それに
あの刀は本物の彼女たちを侮辱している気がして許せなかった。
「
すでにセンスは目を開けたままで動かなくなっていたが、格式奥義の発動条件を満たしたのか、ライハの計らいか、稲妻はセンスの左手に握られている刀に落ちた。
「本物の刀はあたしなんかの攻撃で壊れない。馬鹿にするな、クソ女」
珍しく汚い言葉を吐き出すライハの手を握りしめ、僕たちは救助されたトウショウの元へと向かった。
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