第32話 

 一太刀をかわしたシムカが大きく跳躍して、センスが背負っている長細い袋に手を飛ばす。

 目にも止まらぬ動きで攻防を繰り広げる彼女たちには付け入る隙がなかった。


 僕にできることを探そう。

 町の人たちは逃げて行ったが、どこに隠れていたのかと思うほどに湧き出てくる兵士と騎士をなんとか散らしたい。


 腰の響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』を抜き、意思支配の音源を奏で始めると彼らは構えを解いて回れ右した。

 そのままトウショウさんの鍛冶屋と借金取り屋の後片付けを始めさせる。

 これで形成逆転だ。


「サヤちんってやり方がこすいよね〜」


「違いますよ、クシマちゃん。サヤ様は狡猾こうかつなのです」


 やっぱりヒワタのはフォローになってないんだよなぁ。

 同じ意味なんだよなぁ。


 それでもヒワタとクシマの援護は完璧だ。

 何の心配もなく、響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』の演奏を終えることができる。

 僕たちの連携にセンナは興奮していた。


「すごいでござるな〜。これがセンナの鞘を持っている御仁との戦い方でござるか~」


 緊迫している状況下でもセンナがいるだけでこんなにも、のほほんとした雰囲気になるのか。

 彼女の存在感に驚かされる。


「おたくの相手をしている暇はありませんの」


 太刀たちを振り抜き、シムカとの距離が生まれた隙にセンスが僕の前に移動した。


「ッ!」


 とっさにシムカ直伝の突きを繰り出す。

 真正面だったから受け取れられたが、センスは目を丸くしていた。


「気に入らないですわ。うちが誘っても稽古をしなかったくせに他の女の言うことは聞くなんて」


 僕の拳を掴むセンスの手の血管が浮かび上がる。

 ミシミシと骨がきしむようだった。


「センス、その刀は危険刀きけんとうなんかじゃなくて、十刀姫じゅっとうきという人なんだ。きみは女の子を背負っているんだぞ!」


「そんなこと関係ありませんわ!」


 左の拳も掴まれ、蹴りも防がれる。太刀たちを持たなくてもセンスは強かった。

 これが幼い頃から武術のみを教わり、鍛え抜いた達人の領域なのだ。

 付け焼き刃の僕では太刀打ちできなくて当然だった。


 閃刀せんとう雷覇らいは』の電気刺激で身体能力を底上げしていたことで最初は拮抗していたが、徐々に押し込まれていく。


「あんたの首はうちがもらいます。うちを初めて負かした男として神棚に飾って差し上げますわ」


「そんなのお断りだよ!」


 力で勝てないなら数に頼るしかない。

 センスがクシマの蹴りを受け止めている間に左腰に装備された爛刀らんとう珀亜はくあ』の鞘を抜いて、センスの背中を叩く。


「聞こえるか、ハクア! 僕はきみの鞘を持っている! 聞こえるなら、擬刀化ぎとうかを解くんだ!」


 シムカも参戦し、三体一でもセンスは倒れない。

 体を前後左右に揺らしながら攻撃をかわして、確実にカウンターを狙ってくる。

 不覚にも僕がよろけた直後、シムカの拳とセンスの拳がぶつかり合った。


「「ッ!?」」


 二人の拳が合わさった瞬間、眩しい光が放たれた。

 目眩めくらましかと思ったが、そうではないようでセンスは口角を吊り上げている。


「離れろ、シムカ! スキルに縛られるぞ!」


 シムカと入れ替わるように貫通力を上げた貫き手を繰り出すと、僕の指先がセンスの両腕を抉った。


「……気に入りませんわ」


 お団子髪が解けて、乱雑に顔の前に垂れる。

 髪の奥でセンスの瞳が怪しく光っているように見えた。


「勇者のスキルを使っていますわね。うちは拒絶した癖に、こんなにもたくさんの女と心を通わせて。侮辱するのも大概にして欲しいですわ」


 急激にセンスの攻撃が精度を増していく。

 擬刀化ぎとうかしているヴィオラのサポートがあっても、腕や肩を斬られているのだから生身だったら即死していただろう。


「話し合おう、センス! 僕はセンスに勝ったことなんて一度もないし、侮辱もしていない! ただセンスの持っている刀が欲しいだけなんだ!」


「こんな扱えない刀、いくらでもくれてやりますわ。だから、あんたの首をよこしなさい!」


 ヒワタの氷の盾も砕かれ、シムカやセンナの攻撃もいなされてしまう。

 センナはともかく、シムカの能力が無効化されているのはおかしい。

 彼女は重力を扱えるのだから、センスの動きを封じることなんて簡単なはずなのに。


 これがセンスに与えられたスキル『隷属れいぞく』の能力なのか。


「忌々しいですわね。そうやって、うちを馬鹿にして! あの時だってそうです」


 いくら記憶をたどってもセンスを馬鹿にした場面が見当たらない。

 馬鹿にされた記憶はいくらでも出てくるが、反対なんてあっただろうか。


「忘れたとは言わせませんわ。四人で旅をするようになった日の夜、あんたがうちに言った言葉を!」


 思い出した。

 しかし、そんなことで命を狙われるなんて絶対に御免だ。


 あの日、僕が料理中のセンスに言ったのは、『人は斬れるのに、人参は切れないんだね』という言葉だ。


 センスは包丁を持つと有り得ないくらい不器用になる。

 僕とは真逆の体質を持っているのだ。


「必死に練習したのに、何度やっても包丁は扱えなかった。そんなうちをあんたは笑った!」


 戦闘が一時中断し、擬刀化ぎとうかを解いていたヴィオラとライハを含めた七人の刀姫とうきが僕とセンスを白けた目で見ていた。


「……そんな理由で?」


 思わず出てしまった言葉に後悔する。


「なっ!? これまで誰にも負けなかったのに。刀も振れない年下の小僧に馬鹿にされて、稽古も断られて、今だって攻撃を避けられ続けて。もう殺すしかないでしょう!?」


 意味が分からない。

 ただ分かったことは話し合いは無駄ということだけだ。

 この感じは僕が謝ってもそれを馬鹿にされたと捉えて逆上するパターンだ。

 全てを諦めよう。


 爛刀らんとう珀亜はくあ』をいただいて、センスを縛ってどこかに監禁しよう。

 そうすれば、もう追いかけ回されることはないはずだ。


「とりあえず、背中の刀はもらうよ」


 あろうことか、センスは無言で僕の足元に背負っていた爛刀らんとう珀亜はくあ』を放り投げた。

 思わず、しゃがんで拾い上げようとした僕をヴィオラが大声で制する。


「ダメよ! 動かないで、あなた!!」


 センスの太刀たちは僕を庇っていたヴィオラの胴体を切り裂いた。


「ヴィオラ!?」


 服は大きく切られ、ヴィオラの腹からは内臓が見えている。

 悲痛な声と表情をしているのに出血する様子はなく、内蔵がこぼれ落ちるようなこともない。


「そうか。あんたが――」


 呟いたセンスがヴィオラを抱きかかえて、大きく跳躍する。

 シムカが一番近くに居たのに、彼女はハクアを優先して僕の足元に転がる刀を大事そうに抱き寄せた。


「ヴィオラっ!」


十刀姫じゅっとうきっていうのは、簡単には死なないようですわね。いたぶり甲斐がありますわ」


 センスが脱力するヴィオラを肩にかかえて走り出す。

 彼女が向かった先はトウショウさんの鍛冶屋だった。


「待て、センス!」


 両腰の鞘が揺れて僕の足に絡みつく。

 転けそうになりながらもヒワタやライハに支えられながら店の前に着くと、気持ち悪いほど静かだった。


「……ヴィオラ?」


 慎重に店の扉に手を伸ばす。

 耳を澄ますと向こう側から水飛沫みずしぶきが飛び散るような音が聞こえてきた。


「なんだ?」


 次の瞬間、扉を破って大量の水が僕たちに襲いかかった。

 止まることなく店の中から出てくる水は濁流だくりゅうとなって町の大通りを水路に変えてしまった。


「アハハハハッ! なるほどですわ。これが刀の勇者のスキルの使い方ですわね! 海刀かいとう櫛灘くしなだ』で全員、溺死させて差し上げますわ!」


 僕だけは鍛冶屋の窓枠に捕まることができたが、他の刀姫とうきたちは流されてしまったのか、どこにも見当たらない。

 いつ排水が収まるのか分からない中、必死に水面から顔を出して呼吸を続けた。

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