第31話

「な、なんだこいつ!? こんなの聞いてないぞ!」


 慌てふためき、逃げ出そうとした集団は、ぐうぇと汚い声を出して倒れた。


「なんじゃ、なんじゃ。朝から騒々しい」


 鉄拳制裁を喰らい、気絶した男たちをシムカが縛り上げる。


 展開していた刀身が元通り一本の刀へと戻り、擬刀化ぎとうかを解いたセンナはおずおずとトウショウさんの様子を見る。

 不安げなその目が彼女の心を表していた。


「センナ、きみは刀だったのか……。まさか、危険刀きけんとう、なんじゃ」


 トウショウさんの怯えきった表情にセンナの顔が曇る。

 僕が初めてヴィオラの擬刀化ぎとうかを見たときはこんな惨状ではなかったが、初見でこれは精神的にくるものがある。


「ありがとう、センナ。おかげで助かったよ。すごい能力だね」


 精一杯のフォローをしてもセンナは苦笑いを返すだけで無気力な表情は変わらない。

 ひとまず、トウショウさんをヴィオラに任せて、僕はセンナの背中を押しながら謎の集団の元へ向かった。


「あなたたちは何者ですか? 何の目的があってこの店を襲ったのか話してください」


 センナを見てあの惨劇を思い出したのか、男たちの瞳に恐怖の色がにじむ。

 また傷ついていないか心配になりセンナを横目で見ると、彼女は無表情のまま淡々と言葉を紡いでいた。


「その首も置いて帰るでござるか? 誰の差し金か答えるでござるよ」


 ゾッとした。

 普段はおっちょこちょいで癒やし系なのに、こうも人が変わるものかと驚愕してしまった。

 しかし、シムカにとってはそれが普通のようで腕組みしながら首を横に振っている。


「首を落とせば話を聞けぬではないか。こうするのじゃよ」


 シムカが男の指に自分の足を乗せて体重をかける。

 最初はなんともなかったのだろうが、徐々に男の顔が歪み、口から吐息が漏れ始めた。


「ほれほれ、何本目まで耐えられるか楽しみじゃのう」


 早朝の町中で突然始まった拷問。

 叫び声は町中に響き、何事かと人々が集まってくる。


 その群衆の中には昨日の借金取りの男が紛れ込んでいて、顔面蒼白で冷や汗を流していた。

 僕でもそいつに気づいたのだから、シムカやセンナが見逃すはずがない。


 人ごみの合間を縫って走るセンナが男を捕え、同じように手足を縛り上げる。

 顔を見合わせた彼らは諦めたような仕草を見せたが、何故か大笑いしていた。


「刀を打てない鍛冶屋に価値はないだろうが! 金を払えないなら店を潰すまでだ。こんなことをしてタダで済むと思うなよ。俺たちには帝都の貴族様がついているんだからよ!」


 彼らは貴族の金を庶民に貸し、不当な利子で借金を上乗せして金を回していたのだ。これが帝都に住む貴族たちのやり方か。


「そうでござるか。帝都のことはよく分からないので、遠慮なくやるでござるよ」


 人目もはばからず擬刀化ぎとうかしたセンナは刀身を糸状にして、捕縛している男たち全員の首をはね飛ばし、一直線に町の奥にある屋敷へと向かった。

 その屋敷の中にも糸を張り巡らせたようで、真っ赤に染まった無数の糸が一本の刀に戻る。


「スッキリしたでござる~。最初からこうしておけば良かったかな~。これでトウショウ殿の邪魔をする者もいなくなったし、証拠隠滅もできたでござるな!」


 無数の糸を同時に操っているのに、野次馬の一人も傷つけていないのは圧巻だった。

 自信満々に一仕事終えたように額の汗を拭う仕草をしているが、センナは大勢の前で人を殺した。

 中には鮮血を浴びて震えている人もいるし、気絶したり、絶叫している婦人もいる。


「……ん? センナは何かやってしまったでござるか? ねぇ、サヤ殿? シム殿?」


 やめてぇぇ! 僕たちの名前を呼ばないでぇぇ!


 そんな僕の願いも虚しく、町の人は逃げ惑い、代わりに警備兵が走ってきた。


 帝都から近いからか、小さな町の割に兵士の数が多い。

 それに中には帝都所属部隊であることを示す紋章の描かれた甲冑姿の者もいた。


「マズいよ! 早く逃げないと!」


「どうせなら、こいつらもまとめてヤってしまえばいいでござるよ。気に入らない奴は斬れってアリサに教わったでござるよ?」


「ダメだって。今まで我慢できたんだから、もう少し辛抱してよ。トウショウさんは関係ないことにしてセンナも一緒に逃げよう!」


「でも……」


「今は逃げよう。ほとぼりが冷めたら必ず戻ってくるから」


 名残惜しそうに鍛冶屋を見つめるセンナの手を取る。

 店の中から出てきたヴィオラの手を握り、トウショウさんには「関係ないの一点張りでお願いします」とだけ伝えて走り出した。


 途中、宿屋で荷物をまとめていたヒワタ、食べ歩きしていたライハ、町の子供と遊んでいたクシマ、虚空に向かって祈りを捧げているアイシャを拾って町の出口へと向かった。


 戦闘はせず兵士たちを適当にあしらいながら走り続けると、見知った着物が視界の端で揺れた。


「どうかした?」


僕の心を読んでいるのではないかと疑ってしまうほど敏感に察知してくれるヴィオラに耳打ちする。


かたなの勇者が来ている。小さな町だと油断していた」


 センスは僕に気づいたようで着物のすそをはためかせながら追ってくる。


「ハクアを持つ者じゃな」


「そうだけど、一旦外に出よう。警備兵に、帝都の騎士に、センスを相手にするなんて分が悪すぎる」


 簡単な作戦会議を終えてひた走る。

 町の外で話し合うか、力強くでハクアを渡してもらおうという単純な作戦だ。

 こちらには十刀姫が七人もいる。

 フェアじゃないけど、数の暴力でなんとかなるはずだ。


「あの着物服の女?」


「そうだよ。かなり腕が立つから交戦したくないんだけどね」


「シムカがやっちゃうんじゃない?」


「どうだろう。ハクアを人質に取られているようなものだから、いくらシムカでもやりづらいかもね」


 そう言ったばかりなのに後方がやたらと騒がしくなり、振り向いてみると知り合い同士が一触即発状態だった。


「おい、派手女。ハクアを返してもらおうかのう」


「いきなりなんですの? おたくはいやらしい格好の女ですこと」


 圧倒的強者感を出しながら仁王立ちするシムカと太刀たちに手を伸ばそうとしているセンスが対峙していた。


「もう! こんな町中で爛刀らんとう珀亜はくあ』を使われたら、被害は甚大なのに!」


「怒っても仕方ないでしょ。シムカはそういう人なのよ。姉のためならどんな犠牲もいとわない」


 僕が足を止めてしまったことでヒワタたちも立ち止まってしまった。

 センスの背後には僕たちの手配書を持った警備兵と帝都から派遣されたであろう騎士たちが 気負い立っている。


「……やるしかないのか」


 あんなに派手にセンナが暴れてしまった後では擬刀化ぎとうかの瞬間を一般人に見られないように注意する必要性も感じられず、堂々とヴィオラとライハを納刀のうとうして構える。

 ヒワタたちも戦闘準備に入った。


 当初の作戦では八対一で僕たちが優勢のはずだったのに、今は劣勢を強いられている。

 そんな中でハクアを奪還するなんて、と弱気になりそうな自分を無理矢理に奮い立たせてセンスと対峙した。

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