第30話
トウショウさんを店の中に残してセンナを連れて外に出る。
あんなことがあったばかりで切り出しにくかったが、割り切って事情を話した。
黙って聞いてくれたセンナは最初こそ乗り気だったが、急に元気がなくなりポツポツと彼女の事情を話し始めた。
「センナはトウショウ殿の護衛役なので、この店を離れることはできないのでござるよ。この呪いもまだ解けて欲しくないでござる」
センナ曰く、
僕がこれまでに出会ってきた
初めて出会ったのがアリサとヴィオラだったから、呪いは解くべきものという考えだったが、センナやアイシャのように呪いをポジティブに捉えているなら、それを奪ってしまうのはいかがなものだろうか。
僕の中で葛藤が生まれた。
「トウショウさんはずっとこの町で鍛冶屋を続けるつもりなんだよね? そうなるとセンナは連れ出せないか」
「手切れ金を用意してあげればいいじゃん。借りてる金を返しても暮らせるようにしてさ。あたしたちで稼いでくるよ?」
ライハがお金に絡むとロクなことがないのは経験済みだ。
それに稼いでくるではなく、奪ってくるが正しい。
まだ四人旅だった頃、暇つぶしと言って大金を持って帰ってきたことがある。
後に一つの盗賊団を潰して奪ってきたお金だと判明したのだが、その金をどうするべきかで相当揉めたのだ。
僕たちが許可を出せば、本当に遊んで暮らせるだけの額を持ち帰ってきてしまうだろう。
「それはダメだよ。金づるとしてずっと付きまとわれて搾り取られるのが関の山だ。それならいっそ――」
と、言いかけて口をつぐむ。
僕は今なにを言おうとした?
恐ろしくて思い出したくもない。
これまでそんな野蛮な考えは持ったことはなかったくせに第一選択がそれか。
自分が嫌になる。
「あなた、もっと良い方法があるかもしれないわ」
「カチコミじゃーってやつー? いいよー、クシマ的に暴れたい年頃だよー」
心配してくれるヴィオラとやる気満々のクシマが同時に左右の腕に絡みつく。
「そうだね。もう少しみんなで考えようか」
トウショウさんとセンナと分かれた僕たちは、面が割れていないシムカが宿屋の店主と話をつけてくれて一泊させてもらえることになった。
宿屋の受付にも僕たちの手配書が貼られていて、通り過ぎる際に盗み見ると懸賞金が高くなっていた。
「やはり帝都に近づくと監視の目を掻い潜るのが難儀になってくるのう。ここに長居はできぬぞ、おサヤ。センナを諦めるのも一つの選択じゃ」
シムカの言う通りだ。
【
それならセンナはこのままの人生を送ってもらうのが正解ではないだろうか。
いくら考えても答えが出てこなかった。
翌日。
僕は
すでに彼は仕事を始めていて、大きな机の上には刀と墨汁を染み込ませたようにどす黒い石が置いてある。
トウショウさんはその石に刀を乗せて、素早く動かして始めた。
「あぁ、おはようございます。……刀は打てないけど、研ぐことはできるんですよ。意外と評判でね、農具を売るよりも稼げます」
お金を稼ぐ手段があることは良いことなのに、トウショウさんの笑顔にはかげりがあった。
「刀は嫌いです。でも生きていくためには刀に関わらないといけない」
「僕も刀は嫌いでした。子供の頃から刀を持っただけですっぽ抜けたり、振れなかったり」
「今は違いますか?」
「好きになりました。ご覧の通りで僕は十個の鞘を持っています。今はまだ六本しか集められていませんが、残り四本を探して納刀することが僕の旅の目的です」
センナはトウショウさんに身分を明かしていないと言っていた。
だから、センナが
「ボクも好きになれればいいんだけどね。ボクが研いだ刀で人が斬られるかもしれないと思うと手が止まるんだ。でも、研がないと食べるものがなくなると言い聞かせて手を動かす。どうすればいいかな?」
この人も葛藤しているんだ。
助言したいが、軽率なことは言えない。
僕だってゼィニクの言葉がまだ胸につっかえているのだ。
「すみません。きみにこんなことを言っても仕方がないことは分かっているんです。つい、ね」
「……刀を好きになるお手伝いならできるかもしれません」
店の隅っこで三角座りしているセンナに手招きするとトテトテと歩いてきてくれた。
耳打ちするとセンナは、うへぇーと言いたげな表情を作ってからトウショウさんを見上げた。
「センナ?」
「トウショウ殿、センナの姿を見ても驚かないで欲しいでござるよ」
決心したように唇を結んだセンナが
「なんだ、お前たちは!?」
とっさに左腰を手を伸ばして
しかし、僕が抜刀するよりも速く、センナが帯びていた
「気をつけるんだ、センナ!」
トウショウさんの方を見ずに頷き、
僕も
謎の集団は相当の手練れのようでセンナは
あっという間に僕たち三人は制圧されてしまい、店内は好き放題に荒らされた。
朝からこんな騒動に巻き込まれるとは思っていなかった。
散歩しているシムカが通りかかってくれるとありがたいんだけど。
他力本願な考えの僕と違い、センナは護衛役としての役目を果たそうと最後の手段に出る。
「無礼者どもに天誅を。トウショウ殿とサヤ殿は動かずにいて欲しいでござるよ」
冷ややかな声と共に
刀身に反射する光が眩しくて目を細めていると、一直線だった刀身がまるで糸のように
更にピアノ線のような硬度を兼ね備え、目視できないほどに薄く長くなっていく。
元々の刀身の長さを優に超える無数の糸は店の柱や農具に巻きつき、店内を包囲してしまった。
その内の一本の糸が真っ赤に染まる。
やがてゴロンと何か重い物が落ちる音に続き、水が噴き出す音とポタポタと何かが垂れる音が店内に響いた。
謎の集団の一人は首から上が無い状態で膝から崩れ落ちた。
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