第22話

 サヤが倒れていた場所へ向かったヴィオラたちは痕跡がないか確認し、別れてクシマを探すことにした。


 昔から自由奔放な性格のクシマは何をしでかすか分からない。

 今回も突発的にサヤを刺したのであれば、同胞とはいえ許せない行為だ。


 三人の中でも特にヴィオラはこれまでに見せたこともない切迫した表情で走っていた。草をかき分け、川を渡り、泥だらけになってもクシマを見つけられない。


 サヤは絶対に死なせてはならない。

 彼は呪いを解くための協力者であり、アリサを救えるかもしれない男なのだ。敗北することは許せても、死ぬことは許せない。


 彼が死んでいいのは十刀姫じゅっとうきの呪いを解いてからだ。

 そのときにどんな死に方をしようが、誰に殺されようが関係ない。


 ヴィオラにとってサヤとは自分を扱える唯一の人間であって、それ以上でも以外でもない。

 好きなのは間違いないが、恋愛感情ではないと思っている。

 反応が面白いからからかっているだけで他意はないつもりだ。

 最近は免疫がついてきたのか、以前ほど大袈裟なリアクションを取ってくれなくなったのがしゃくに障る。


 ヒワタ、ライハ、シムカがどう思っているのか知らないが、ヴィオラは彼に強くなってもらわなければ困るから演奏の練習を課す。それだけのはずだった。


「……クソガキめ、どこに行ったのよ」


 思わず悪態をつく。

 悔しいがクシマは刀としては優秀だ。

 運が良ければ人を即死させることも可能な強力な能力を持っている。


 サヤが罹患りかんした病気は分からないが、早く解除しなければ死にはしなくても後遺症が残るかもしれない。

 そんな嫌な想像がヴィオラを焦らせた。


 額から噴き出る汗を拭ったとき、空が光った。

 すぐにライハからの合図だと気づき、大きく跳躍すると落雷した場所には、まだら模様の鞘を持ったクシマが座り込んでいた。


 乾いた音がこだまして、ヴィオラの荒い息遣いが続く。

 頬を腫らしたクシマは涙目となってヴィオラを睨みつけた。


「クシマッ! 今すぐに治しなさい。あの人はわたしたちの希望なのよ。あの人が死んだら呪いが解けないかもしれない! アリサも救えない!」


「うっさい! 呪いもアリサも知らないよー。クシマ的には鞘のおにいちゃんの運を試しているだけだもん!」


 もう一度乾いた音が響き、両頬を腫らしたクシマが今にも飛び掛かりそうな勢いで唸る。


「ヴィオラちゃん、クシマちゃんの言い分を聞きましょう」


 落ち着いたヒワタの声がすっと耳に入ってくる。

 大きく深呼吸したヴィオラは拳を解いて、岩に腰掛けた。


「クシマ、早く話した方がいいって。ヴィオラ、本気で怒るよ」


「ふんっ! ヴィオラなんて音を出すことしかできないなまくらのくせにー」


「うるさいわね、爪楊枝の分際で!」


 このままではらちが明かないと判断したヒワタがクシマの前にしゃがみ込み、子供をあやすように語りかけた。


「クシマちゃん、理由があっても人を病気にするのは良くないことよ。事情を話してちょうだい」


 この中では年長者であるヒワタに言われて観念したようにクシマが口火を切った。


「クシマ的には許せない。なんでドクターが治せなかった怪我が治ってるの!?」


「それは――」


「偶然、ハクアと相性の良いヒワタを見つけたから!? そんな偶然でおにいちゃんは治ったの!? ドクターは治らないのに!?」


 腕組みしていたライハは無意識のうちに聞く姿勢を取っていたことに気づいた。

 それほどまでにクシマの声には熱がこもっていた。


「ドクターはどんな患者だって治してきたんだよ。死にたいって言った人たちはクシマがクシマ的治療で救ってきたんだよー!」


「クシマ的治療、ね」


 ヒワタとライハが察した通り、クシマは治療の見込みがなく死を望む患者に自分を持たせて別の病気に罹患りかんされてきた。

 病気は完全ランダムになるのでクシマの思い通りにならなければ、即死疾患を引き当てるまで何度も繰り返した。

 それが、あの医師が止められなかったクシマ的治療の正体だった。


「ドクターには時間がないんだよ。一人でも多くの患者を笑顔にしないといけないのに、鞘のおにいちゃんはヒワタが笑顔にしちゃったんだ!」


「だからといってあの人を殺す理由にはならないわ。あの人はわたしたちの呪いを解くために戦ってくれているのよ。あのシムカと真っ向勝負を挑んで仲間に入れたの。簡単に殺して欲しくない。彼を信じてわたしを託したアリサのためにも生かして欲しい」


 あのヴィオラが他人に頭を下げるなんて信じられない、と言いたげにクシマは目を見開いた。

 ヴィオラに便乗するようにヒワタが優しく微笑んで告げる。


「サヤ様は逃げ出す勇気の出ない私に手を差し伸べてくれて、二度と悲しませないと約束してくれました。あれから三ヶ月が経っていますが、ずっと約束を守ってくれていますよ」


 場の空気に流されたライハも口を滑らせてしまった。


「あいつはゲスなスキルに縛られたあたしを解放してくれたんだ。簡単に人を殺すことができるあたしの能力を恐れながらも、勝つために恐怖を克服しようと努力している。本当は一言もしゃべりたくないかもしれないけどね」


 寂しげな目配せがライハの気持ちを表わしていた。


「そんな人を殺そうとしているのよ。考え直して、クシマ。どうしても嫌なら鞘だけでも返して。そうすれば、わたしたちは出て行くわ」


 こんなことをしても意味がないことはクシマも理解している。

 手に持っている鞘を返せば、彼は自力で治療することが可能なはずだ。

 しかし、それをすれば彼とは一生同じ道を歩めないことも理解していた。


「……クシマ。もういいよ。彼を治してあげて」


「ドクター?」


 木陰から顔を出した医師と肩を借りて立っているサヤがクシマに近づく。


「私はもう長くない。これでサヤくんの運の強さは分かったはずだ。クシマを彼に託すから、これからはもっと自分を好きになれる人生を歩んで欲しい」


 クシマの瞳から涙があふれ、死相の出ている医師の胸に飛び込んだ。


「嫌だよ、ドクター。自分で処方したお薬を飲もうよ」


「その必要はない」


 凜とした声に周囲は不気味なほど静まりかえる。

 これまで居なかったはずのシムカが腕組みをしながら、馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「久しいのう、クシマ。人に飼いならされるようになったのか」


「……シムカ。何の用?」


「選べ。わしが殺すか、お前が殺すか。その男はもう助からんぞ。顔には出さぬようにしておるが、地獄のような痛みを味わっているはずじゃ。少しでも楽に死なせてやれ」


 シムカの言っていることは正しい。

 口に出されると現実となったように痛みが体中を駆け巡り、医師の表情が歪む。


「ダメだ。どちらも選ばせない。僕が先生を癒やすよ。クシマ、絶対に苦しませたりしないから」


 弱い呼吸をしながらも確固たる決意を持って、シムカを睨む。

 クシマはサヤの真っ直ぐな瞳と医師の言葉に従い、擬刀化ぎとうかして、刀身を地面に突き刺す。


 サヤが柄を握った瞬間、これまでに感じていた痛みと倦怠感が嘘のように消え去った。

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