第23話
自分の身に何が起こっていたのか分からないが、ヴィオラが泣き出しそうな顔をしているということは、それほどまでに重大なことが起こっていたのだろう。
「なんともないかな?」
「はい。さっきの話ですが、先生のご病気は本当に治らないのですか?」
「残念だけどね」
「ドクター。本当にクシマ的治療はいらないの?」
「きみの能力は諸刃の剣だ。そして、医療人としてはクシマのやり方は間違っている。今まで言えなくてごめんね」
クシマの頬を大粒の涙が伝って落ちた。
病気に冒された先生は偶然にも少女の姿だったクシマを拾い、一緒に旅をするようになった。
最初は雇い主と用心棒のような関係だったが、次第に医者と助手という関係になり、各地で患者の治療を行ってきたらしい。
クシマは他者を病気にすることができて、それを治すことができる。
しかし、自然発生した病気を治すことはできず、医者でもないクシマは死にゆく人を看取ることしかできなかった。
葛藤する彼女が辿り着いた答えがクシマ的治療という荒療治だったらしい。
「私たちの旅はここで終わりだ。これからはサヤくんと共に行きなさい」
「ドクター、ドクターっ!」
顔を押しつけるクシマの頭を撫でている先生が微笑み、僕も無理矢理に笑う。
「ここで先生にお会いできて良かったです。あのときの恩を返します」
僕の考えを読んだのか、すでにヴィオラが隣に控えている。
手を差し出すと無言で握り返してくれて、左腰に装備してある鞘に納まってくれた。
腰を低くして
あごを乗せ、右手に持つ刀の峰を鞘にそっと乗せた。
先生は地面に座り、クシマに膝枕をしている。
その様子は本当の親子のように見えた。
「
同じ奥義でも僕の心の起伏と力加減によって音は微妙に変化してしまう。
そこにヴィオラの願いが合わさったとき、破壊の音と癒やしの音が生まれる。
同じ奥義を発動していても、いかに心に響くのかどうかは対象者の感受性に委ねられてしまうのだ。
「こ、これは……。これがクシマの友達の能力か」
「ドクター、うるさくない?」
「全然。むしろ、心地よい。演奏者の腕がいいんだね」
最高の褒め言葉を恩人にいただけるなんて、僕は幸せ者だ。
だからこそ、少しでも楽になって欲しい。
そう願いながら演奏を続ける。
「この鎮静、鎮痛作用は麻薬にも匹敵する。あのとき、きみの指が動かなくならなくて本当に良かった」
先生はまぶたを閉じて、満足そうに呟くとしばらくして息を引き取った。
こんなにも長時間の演奏は初めてだが、疲労感は一切感じなかった。
僕のやり方には賛同していないと思っていたが、シムカは隣を通り過ぎるときに僕の肩を優しく叩いてくれた。
それが何よりの救いだった。
「ドクターって家族がいないんだよねー。だからさ、埋葬するのはここでいいよね」
誰かに相談するわけではなく、独り言を呟きながらクシマは手を動かし続ける。
「この村はねー、クシマとドクターが初めて出会った場所なんだー」
村人も一丸となって供養を終え、その日の夜は先生の話で持ちきりだった。
翌日。
目覚めるとクシマの姿がなかった。
肌寒い朝の風と日差しを受けながら彼女と出会った小川までの道を歩く。
「おはよー」
「おはよう、クシマ。僕たちはもう行くけど」
「ふーん」
指先で小川の水を弾いているクシマの小さな背中にかける言葉が思い浮かばない。
先生に託されたと言っても彼女の意思を尊重するべきで、無理矢理に鞘に納めるのは違うと思う。
そう考えると上手く声をかけられなかった。
「んじゃ、行こっか」
「いいの?」
「だって、サヤちんは運が強いから一緒にいれば本当に呪いが解けるかもしれないじゃーん。そしたらさ、もう悩まなくてよくなるかなーって」
「そっか」
「クシマ的には自分の能力って嫌いなんだよねー。スミワが羨ましいなー、なんて思ったりねー」
「スミワ?」
「ずるいなって思っちゃうほど人を救うことができる子だよー。でも同時に人の運命を自由に操作できるんだ。戦う日がくるなら気をつけた方がいいかもー」
初めて聞く名前の
人を救える能力と運命を操作する能力を持つ子か。
もしも戦うときがくるなら、十分に注意しよう。
「あなた、そろそろ行くわよ」
背後からヴィオラたち四人の声が聞こえる。
振り向き、返事をして手を振っていると右手に暖かみを感じた。
「弱い人を見捨てないでね」
「もちろんだよ」
今回もスキル『契約』は発動できず、クシマとの間には縁が生まれなかった。
「これで元鞘か」
いつものように頭の中に数々の情報が開示された。
多様性に主眼を置いて創られ、"病死"を象徴としている。
刀身または柄に触れた相手を病気にする刀。
即死疾患から慢性疾患までランダムで罹患させ死に至らしめる。
もう一度、刺せば完治させることが可能。しかし、元から有している病気を治すことは不可能。
確かにこの能力は扱いにくい。
この能力で人を救いたいと願ったのなら、クシマ的治療に辿り着くのも無理はないと思えた。
「もうクシマ的治療は止めよう。救いたい人がいたら教えてよ。僕とヴィオラとクシマでなんとかできないか考えよう」
「えー。ヴィオラと共同作業なんて絶対に嫌ー」
「わたしの方からお断りよ。チマチマと刺すことしかできない刀なんて刀じゃないわ」
「それは私にも刺さる言葉よ、ヴィオラちゃん」
今にもゴゴゴゴゴという音が聞こえてきそうな気迫のヒワタにたじろぐ。
「相変わらず、愉快な小娘共よ。さぁ、ハクアを救いに行くぞ」
「そっか。ハクアのことはすっかり忘れてたや。どうせ、ずっと寝てるよ」
「お主に言われたくないな。雷娘め」
女三人集まれば姦しいというが、あと一人仲間になって六人になれば、一体どうなってしまうのだろうか。
少し不安だけど、少し楽しみ。そんな心持ちで次の町へと向かった。
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