第二章 寒刀『氷綿』

第7話

「あ゛ぁー。僕はまた盗んだお金を使ってしまうんだ。勇者失格だよ。ごめんなさい、お父様、お母様」


 知らず知らずのうちに傭兵部隊に就職していた僕だが、ゼィニクたちが物資を略奪するときには率先して見張り役を請け負っていた。


「でも、それって同罪よ。止めなかったわけでしょ?」


「うぐっ」


 鳩尾をえぐるような強力すぎるヴィオラのカウンターに僕はダウン寸前だ。


「どうせ同罪なら傍観者を決め込まずに奪った方がいいわ。この世界は強者が正義だもの。負けなければ誰の命令も聞かないで生きられる」


 ヴィオラちゃんは本当に容赦ない子のようだ。

 いつまでもこんな生活を続けるわけにはいかないのでお金を稼ぐ手段を考えないといけない、とは思いつつも三大欲求には勝てないわけである。


「ここのご飯は美味しいわね」


「そうだね。一つもらっていい?」


「じゃあ、わたしも。はい、あーん」


「ちょっと!」


 お金の心配をしつつも僕たちは奪った金で空腹を満たしている。


「このデザートも食べていいわよ」


 不満顔の僕を見て、ヴィオラは呆れた表情を作ってため息をこぼした。


「このお金は奪ったものではなくて勝ち取ったものよ。どうせ食べるならより美味しい方がいい。そうでしょ?」


 確かにそう考えると罪悪感は薄れる。

 物は言いようだ。


「僕が四人の男を同時に倒したなんて、いまだに信じられない」


 あのときは無我夢中で響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』を演奏した。

 自分が刀を振って戦っている姿なんて想像できないし、実際に可能だとも思えない。しかし、演奏しただけで人は倒れた。


「呪いを受けてからずっと隠れて、アリサ以外に触れられてこなかったわたしを完璧に扱っただけでなく、奥義まで発動させたのだからもっと自信を持って。あなたは最強の勇者になれるわ」


「別に最強になりたいわけじゃないよ。ヴィオラを守れればそれでいい」


  顔を赤らめるヴィオラが目を細める。


「嬉しい。けどね、守る力は攻める力よりも得難えがたいものよ。これからもたくさんの敵を倒して、わたしを守れるようになってね」


どうやら僕は答えを間違えたらしい。

男に二言はない。しかし、これからも戦いが続くと思うと億劫おっくうにもなってしまう。


「まずはわたしを綺麗な声で鳴かせられるように練習しないとね」


「もうちょっと言い方を考えようか」


 この世界でただ一人、響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』を扱えると言われても、音楽鑑賞や演奏からほど遠い生活だったから知識も技術がない。

 継続してヴィオラ先生に習うしかないか。


「色々と教えてよ。ナガリとセンスにだけは絶対に渡したくないんだ」


「だれ?」


「僕とは別の勇者だよ。ナガリは『つるぎの勇者』で閃刀せんとう雷覇らいは』を持っていて、センスが『かたなの勇者』で爛刀らんとう珀亜はくあ』を持っているんだ。残りの刀も回収するって言ってたからいずれはヴィオラも奪いに来ると思う」


「ふぅん。あなたって偽善者だけど良い人ね」


「ふぐゅっ」


 今後はアッパーをお見舞いされた気分だ。

 思わず変な声が出た。


「あまり人間のことは好きじゃないけど、あなたのことは信じてみるわ」


「人間が嫌い? ヴィオラも人間でしょ?」


 ヴィオラは 一瞬思考が止まったかのように小首をかしげる。

 僕としては別に変なことを言った覚えはない。


「わたしたちは元人間よ。刀でもない、人間でもない中途半端な存在」


 寂しげな表情をされると僕まで胸が締めつけられそうになる。


「そんな顔をしないで。擬刀化ぎとうかの呪いが解ければきっと人間に戻れるわ」


 無理に笑っているように見えなくもないが、盛り下げるようなことを言う理由もない。僕も同じように笑ってみせた。


「わたしは人を斬れないことに引け目を感じていたし、馬鹿にされたこともあるけど、あなたは人を斬りたくないみたいだから相性が良いわね」


 声を弾ませながら腕組みしてくるヴィオラにドキリとしてしまう。


 こうしていると本当に同い年の女の子にしか見えないんだよな。


 食事を終えて、鍛冶屋かじやに行きたいと言い出したヴィオラに連れられ、店を目指す。

 必要な物を大量に買い込み、僕のリュックに詰め込まれた。


 何に使用するのかは分からないがヴィオラが無駄遣いをするとは思えないので黙っておいた。

 まだ出会って二日にも関わらず、ヴィオラを信頼しようとしているのは意外だ。

 それもこれも僕に降りかかる災難とヴィオラの人柄によるものだろう。


「他の十刀姫じゅっとうきはどこにいるのか分からないの?」


「分かっていたのは移動する気のないライハとまつられたハクアだけよ。ライハは誰とも関わりを持たないと言って封印されることを選んだ。岩に刺した張本人のシムカも今はどこにいるのか分からない」


 十人もいると名前を覚えるのも一苦労しそうだ。

 ヴィオラのように美少女でもそれぞれが危険な刀で死を司っているのなら要注意人物に変わりはない。


 次の目的地が分からないのであれば、動きようがない。

 ゼィニクたちを追おうにもどの方角に向かったのかが分からないので、まずはこの町で情報収集することにした。


毎日、響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』の練習を欠かさずに行い、火傷痕の残る指にはタコができるようになった。


「この火傷は一生傷になっちゃうかな」


「ハクアの炎ね。普通の薬では治らないようだけど、ヒワタならどうにかなるかもしれないわ」


 新しい子だ。

 想像もつかないが、一応聞いてみる。


「どんな子?」


「雪みたいな子」


 案の定、よく分からない。

 とにかく寒そうな印象だけを持った。


 そもそも十刀姫じゅっとうきという名前を僕は聞いたことがないから一般人が知っているか怪しい。


 ゼィニクからも危険な刀としか教えられなかったし、先に手に入れた爛刀らんとう珀亜はくあ』が人になるなんて話も聞かなかった。当然、見てもいない。

 多分、センスも知らないだろう。


「なかなか有力な情報は得られないわね」


「うん。人にも刀にもなれるなら見つからなくて当然だよね」


 宿屋に向かって歩いていると、遠くの方から女性の叫び声が聞こえた。

 ただごとではない雰囲気に緊張感がただよう。


「行こう、ヴィオラ!」


 飲み屋に飛び入った僕たちの目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。

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