第8話
店内には血まみれの人が倒れていて、手に刀を持つ男が声を荒げていた。
「俺は北東戦争の英雄だぞ! この俺の言うことが聞けないのか!」
男の体の至る所には無数の古い傷があり、歴戦の戦士といった雰囲気だ。
しかし、その言動から紳士さは感じられない。
「ひ、人殺し」
「うちの店で斬りやがって! 誰か警備兵を呼んでくれ!」
ゼィニクたちと一緒にいると、嫌でも殺しの瞬間に立ち会うことは多かった。
それでも人が死んでいる光景には慣れない。
立ちすくむ僕の隣ではヴィオラが冷静に男の持つ刀を睨んでいた。
「
「え? でも、このままじゃ」
「もう死んでいるのにわたしたちにできることはない。人が来るなら邪魔にならないように立ち去るべきだわ」
ヴィオラの言っていることは正しいのだろう。しかし、どうしてもやるせない気持ちになってしまう。
そんな僕をナガリとセンスは嫌っていたのかもしれない。
「殺人犯はどいつだ?」
ぞろぞろと店内に警備兵が入ってくる。
軍服の襟には帝都所属部隊であることを表わす刺繍が入っていた。
無表情で淡々と刀を持つ男を取り押さえようと動き始める。
ヴィオラは「あーあ」と諦めたように呟いていた。
「より多くの敵を殺した俺は英雄なんだ。なんで、そんな俺が仕事を奪われないといけないんだ!」
「黙れ、悪党め! 北東戦争なんて、いつの話をしてるんだ。貴様を重罪人としてクッシーロへ連行する」
北東戦争というと僕がゼィニクと旅を始める前の出来事だ。
ナガリはすでに傭兵として
「クッシーロだと!? この俺をあんな場所に入れるのか!? この英雄を!」
暴れる男は複数の警備兵に捕えられ、拘束されて馬車の荷台に乗せられた。
「クッシーロ監獄に連行する。
※
警備兵の一人を捕まえて詳細を聞こうとしたが、誰も取り合ってくれない。
代わりに町の人がヒソヒソと話している声が聞こえてきた。
「クッシーロ監獄ですって、怖いわね」
「あんな帝国の最北端のには行きたくないわ」
ヴィオラの方を振り向いても首を横に振るだけだ。
僕もクッシーロに関しては
「クッシーロ監獄送りなら死刑確実だな。凍えるような厳しい寒さの中で氷漬けにされるのさ。絶対に生きては帰れねぇ。親御さんが
町の人々は散り散りになってしまい、取り残された僕は店の人と一緒に殺された人の処理を手伝った。
ヴィオラは何も言わなかったけど、最後まで手伝ってくれることはなく、僕も手伝いをお願いすることはなかった。
「クッシーロにはヒワタがいるかもしれないわ。クッシーロ監獄の
「そうなんだ、
早速、僕たちは北へ向かうための準備を整え、数日間を過ごした町を出発した。
「仮に別の
「格式奥義もあるのだから勝ってもらわないと困るのよ」
「……はい。そういえば奥義を使ったとき、ヴィオラは平気だったの?」
「体は何ともなかったわ。でも、汚い音だなって思ったのは確かね。もっと綺麗な音色ならいくらでも奏でてあげる」
「それならいいけど。汚い音かー」
北へ向かう道中でも演奏の練習を欠かさずに行い、ヴィオラにとって汚い音からまともに聞ける音へレベルアップしたとのことだ。
この頃になると行く先々の町や村で演奏会を行うようになっていた。
今日も人通りが多くなる時間帯を見計らって広場へと向かう。
噴水の前で鞘を肩に押せて、最近流行っている有名な曲を弾き始めた。
この方法で路銀を稼ぐようになった。
ヴィオラからは非効率的だと
道行く人たちから投げ銭をいただき、また次の町へと向かう。
これを一日に二、三回繰り返すと結構な額を稼げるし、
「あんたが噂の刀弾きのあんちゃんだな。いいものを聞かせてもらった。これで美味いもんでも食ってくれよな」
「ありがとうございます!」
お金を稼げることも嬉しいが、それ以上に人に認められるようになったことが嬉しかった。
ヴィオラの能力を最大限に引き出せている実感はないけれど、以前よりも充実した日々を送っていると言える。
だが、それと同時に不安もあった。
音を奏でる刀なんて物がこの世に存在しているはずもなく、高値で譲ってくれと言われるようになったのだ。
ヴィオラが
それでも、いつかヴィオラの存在が世界中に知れ渡って、僕以外にも扱える人が出てきてしまったら、また捨てられるのではないかという恐怖感や不安感に押しつぶされそうになってしまう。
「さぁ、始めましょうか」
密かに不安を感じていることはヴィオラに言えずにいる。
今日もまた僕の新しい日課である
刀の手入れのやり方を教えてもらって実践しているが、上手くできているのか自信はない。
「わたしには
「うん」
「鞘を擦らないと音を奏でられないから刀身には傷がつきやすいのよね。その点はあなたの力量に委ねられるわ」
「……精進します」
「冗談よ。何か心配事?」
「え、うん。ちょっとね」
「わたし、あなたの指使いはけっこう好きよ」
「ありがと」
ヴィオラには頭が上がらない。
いつも気遣ってくれるのに僕は彼女を
もう少し自信を持つことができれば、僕も変われるのだろうか。
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