第14話
噂通りに大雨と雷鳴が強くなる。
次の町を目指している道中、干上がった川魚の残骸を見つけ、燃え尽きた木々しかない山を越えた。
到着した町の人たちからは「魚が捕れなくなった」や「木の伐採ができなくて困っている」という話を耳にした。
「ライハとハクアを感じる」
ヴィオラの第六感を信じて散策していると空から人が降ってきた。
「うわっ」
ヴィオラが腕を引いてくれなかったら、僕の頭に直撃して一緒に横たわっていただろう。
黒ずくめの男は腹部に刺し傷があり、今も出血が続いている。
息は絶え絶えで絶命するのも時間の問題だろう。
「あらあら。変な天気ですね」
左手を口元に添えていつもの笑みを浮かべるヒワタ。
いくらマイペースとはいえ、笑いごとではないと思う。
道に面した建物を見上げると窓ガラスが割れている部屋があり、そこからもう一人の人が落ちてきた。
町の異変に気づいた人々が悲鳴を上げながら近くの建物へと走って行く。
僕たちも避難しようとしたとき、分厚く黒い雲の中で何かが光った。
「まさか――」
「サヤ様、早くこちらへ」
ヒワタに手を引かれ、屋根の下まで走っている途中に雷が落ちた。
続いて、聞いたこともないような轟音が町中に轟き、耳が一瞬聞こえなくなった。
ヴィオラもヒワタも僕と同じように目を閉じて、耳を塞いでいる。
特に耳のよいヴィオラにとっては苦痛だったようでまだ顔をしかめている。
「ライハちゃんですね」
「耳がキーンってなってる。ヒワタの声が聞こえない」
「なんでヒワタだけ? 僕の声は聞こえるの?」
「もちろん。だって、あなたとは心で繋がっているもの」
ぴったりと寄り添うヴィオラを優しく退かして、歩いてきた通りの方を見ると逃げ遅れた人たちが倒れていた。
他にも黒ずくめの男たちが数人倒れている。
更には道路沿いの建物の屋根が壊され、今にも崩れてしまいそうだった。
「なんだよ、これ。いくらなんでもやり過ぎじゃないか。これって格式奥義なの!?」
「いいえ。こんなに雑ではないはずです。ライハちゃんを制御できていないのでしょう」
「こんな無差別に虐殺する技が奥義であって欲しくないわね」
二人にとっても異常事態のようだった。
慌てふためく町の人たちと一緒に雷に打たれた人の救助を急ぐ。
死んでいる人もいるが、生きている人の方が多かった。
肩を貸したり、二人で抱きかかえたりして避難させていると一人の男が空を仰ぎながら嘆いていた。
「なんでこんなにも雷が続くんだ。災害救助を帝都に依頼するしかない」
「……違いますよ。これは自然災害なんかじゃない、人災だ」
「なんだって!? おい、警備兵を呼べ!」
余計なことを言ったかもしれないが、黙っていられなかった。
警備兵らしき武装した人たちも集まり、避難と犯人捜索のために奔走し始めた。
彼らが向かった先とは反対側にある一番被害が大きい建物の出入り口に向かうと、走り去る背中を見つけて、胸が弾む。
「っ! 二人は
ヴィオラとヒワタを振り向かずに告げて後を追う。
彼女たちからの返事はなく、両腰の重みが増した。
路地裏に続く薄暗い細道に彼らはいた。
「お前の方から来るなんて、いい度胸してんじゃねぇか」
「やっと追いついた。この雨と雷を止めるために来た」
雑に
隣にいるセンスは
そして、ゼィニクが僕に掴みかかる勢いで走ってきた。
「貴様! 自分が何をしたのか分かっているのか!? クッシーロ監獄を襲うなど常軌を逸している!」
ゼィニクの腕をはたき落とし、胸ぐらを掴んですごむ。
「黙れ、ゼィニク。
「なんだと!? 二本の刀を得ただけでデカい態度を取るようになったものだな」
「これ以上の争いは無意味だ。ライハとハクアを解放して皇帝陛下に事情を話さないと!」
ゼィニクの視線が僕の両腰の鞘に向けられる。
互いに胸ぐらを掴み合った僕たちを引き離すようにナガリが斬りかかってくる。
「どいてろ。こいつは俺が殺す」
「ナガリ、罪のない人たちを巻き込むなんて、この外道め! ライハをこれ以上、苦しませるな」
「訳の分からねぇことを!」
ナガリは
以前の僕では絶対に避けきれないが、今はヴィオラがついている。
僕自身の身体能力ではなく、彼女を信じて身を委ねた。
ヴィオラの声に従って体を仰け反らせると鼻先のギリギリを剣が通過した。
「なにっ!?」
「ぷっ。うちが代わりましょうか? それとも一緒に戦います?」
「黙ってろ。俺がやるって言ってんだろ!」
奥歯を噛み締めるナガリの背後で、やれやれとジェスチャーしたセンスがゼィニクの首根っこを掴みながら路地裏に消えていく。
「あんたの首はうちがもらうのですから、負けないでいただきたいですわ」
その笑顔が不気味で背筋が凍りそうになった。
しかし、僕としては二人を相手にするのだけは避けたかったので、センスが見逃してくれたのは助かった。
「この町の被害は【ブレイブセメタリー】の名前を出したお前のせいだ! お前はただの偽善者だ!」
ゼィニクの声も闇に消える。
その言葉の意味を考える暇もなく、ナガリの攻撃が迫っていた。
「俺がお前に負けるわけねぇだろ! こっちにも
ナガリが
それはまるで狙いを定めているかのようだったが、雷は僕ではなく植えられた木に落ちた。
「やっぱり制御できていないんだ。ヴィオラ、どうすればいい? ……ヴィオラ?」
突然ヴィオラの声が聞こえなくなり、焦って声をかけたが返事はない。
「まさか。音にやられたの!?」
「ボソボソと何を言ってやがる!」
ヴィオラからのアドバイスなしではナガリの剣を避けられず、胸から腹までを斜めに斬りつけられる。
不思議と痛みはなく、確認のために視線を下に向けると氷の盾が真っ二つになっていた。
「あらあら。ライハちゃんとヴィオラちゃんでは相性が悪いですね」
「ヒワタ」
「ごめんなさい、あなた。わたしではライハに勝てない」
彼女らしくない弱気な発言に戸惑う。
ヴィオラは心底申し訳なさそうに眉をひそめて首を振った。
「音速では光速に敵わないのよ」
彼女の苦しそうな顔を見ていられなくて、僕は少しでも笑顔で答えられるように努めた。
「大丈夫だよ。自分でなんとかしてみる」
実は不安しかない。
「こいつ、どこに隠れていやがった!? さっきの刀はどこにいった!」
ナガリも
だから、クッシーロ監獄の
だったら――
「ライハ! 僕の声が聞こえているなら
「気が狂ったか!? 鞘野郎ぉぉおぉぉ」
ヒワタを押し退け、
僕はとっさに左腰に手を伸ばし、漆塗りの上から稲妻の模様が描かれた鞘を抜いて構えた。
「これがきみの鞘だろ!」
「……あたしの鞘?」
「なんだ、てめぇは!?
ナガリの声と表情に余裕がなくなっている。
「お前が
ナガリの手には
その代わりに光の中から現れたのは短髪のボーイッシュな少女だった。
黄色い髪が雨に濡れて毛先から雫が落ちる。
雫は華奢な少女には似つかわしくない分厚い首輪を伝って地面を濡らした。
「くっ」
ジャラジャラと音を鳴らす鎖が首輪から伸びて、ナガリの手首に巻きついている。
ナガリのスキル『
「お前、女の姿になれるのか。こいつは、いいことを知ったぜ」
下品な笑い声にライハの表情が更に曇る。
あんな下心丸出しの顔をされれば誰だって嫌悪感を抱くだろう。
「お前は俺の女だ。誰にも渡さねぇ。この首輪がある限りな!」
「いや! あたしに触れるな!」
悲痛な叫び声を上げるライハの抵抗も虚しく、スキル『
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