第15話
まだ雨は降り止まない。
町の警備兵が動いてくれたおかげで町民の避難は完了しているのか、今は誰一人として見当たらない。
ドゴォォォン!
より一層大きな音が鳴り響き、雷が来襲する。
「あなた!」
「サヤ様!」
二人の声は豪雨の音にかき消されたが、僕にはしっかりと届いていた。
「絶対に負けない。最後まで抗ってみせるぞ」
稲妻が落ちる速さに対抗することなんてことは不可能だ。
でも、僕は無傷で立っている。
「な、なんでだ! なんで死なねぇんだ!?」
バチバチと電撃が僕の周囲を覆い、不思議な光を放っている。
この鞘があれば雷の攻撃を無効化できると確信して、ヴィオラを振り向く。
「力を貸して!」
「でも……」
「雷光には勝てないけど、雷鳴には対抗できる!」
ヴィオラの不安げな瞳が揺れた。
「僕はこれまで負け犬だった。でも、ヴィオラとの出会いが僕を変えてくれた。だから、もう少し僕に力を貸してほしいんだ。ライハを苦しめる上に町の人たちを無差別に傷つけるナガリを許すわけにはいかない」
ヴィオラを説得する間も雷は建物の屋根や電灯を壊し、木々を割っている。
雑に片手で振り回しているナガリの剣を間一髪で避け続けられるのも時間の問題だった。
「……分かった。やってみる」
肩の上に置いた鞘に刀の峰をあてがい、首を傾けた。
「なんだ、そのふざけた構えは! 舐めんじゃねぇぞ!」
「
高速で鞘の穴を押える左指の豆が潰れ、痛みがはしり、出血する。
それでも僕は演奏を止めなかった。
「ぐあぁぁぁあぁぁぁ!?」
ナガリが耳を塞ぎながら地面に体をうずくめる。
その手から
彼女の瞳から流れているのが雨なのか、涙なのか分からない。
でも、唇を噛み締める表情を晴らしてあげたいと思った。
「よく頑張ったね。君を解放するまで僕は諦めないから」
「……あんた、何者?」
「僕は鞘の勇者だ。
「うそ――。ほんとに、そんなことが……」
震える声を出すライハの瞳から疑心の色が消えて、うっすらと笑みが見えた。
「一緒に戦ってくれる?」
「いいよ」
首輪から伸びる鎖を引きずりながらライハが僕の元へ歩き出す。
「絶対に渡さない。俺の刀だ。俺が扱える唯一の刀なんだぞ! これで誰も俺を馬鹿にはできねぇ! これで俺はっ!!」
ナガリが鎖を引くとライハの首が絞まり、苦痛の声が漏れる。
剣が頬を掠めながらも必死に手を伸ばすとようやく彼女の手と触れ合い、がっちりと掴む。
僕の手には一本の刀が握られていた。
「やめろ。俺から刀を奪うな! やめろぉおぉぉ」
「きみと契約を結ぶ」
刀の
速さに主眼を置いて創られ、"
放たれた光を認識した者に雷を落とし、死に至らしめる。
※
再び鞘から抜いた
稲妻の模様が描かれた鞘の側面が火打ち石のような形をしており、刀の峰と擦り合わせることができるようになっていた。
「
鞘の火打ち石を削るように刀を素早くスライドすることで火花が散る。
ナガリは間違いなく光を視認したはずだ。
打ち出された火花を認識してから数秒も経たずにナガリの頭上に稲妻が落ちて遅れて雷鳴が轟く。
ナガリはこの刀の使い方を間違っていた。いや、そもそも使用できなかった。
雷光をきっかけに攻撃するんだ。
轟音が消えると周囲は静寂に包まれた。
ナガリの体中を貫いた雷が離散し、辺り一面が真っ暗になった。
ナガリは直立したまま声も上げることなく前のめりに倒れる。
「……勝った?」
僕は息を弾ませながら膝を折ってへたり込んだ。
まさか
この刀から放たれた光を認識した者にのみ、確実に稲妻を落とすことが可能なのだから鞘を持たないナガリが扱えなくて当然だ。
「あなた、本当に良かったの?」
しゃがみ込んだヴィオラが
さっきとは立場が逆になってしまった。
「大丈夫だよ。ありがとう」
ヴィオラの肩を借りながら立ち上がる。
ナガリの体からは薄く煙が立ち上り、肉の焼ける独特の臭いを放っている。
「う゛ぅ゛」
抑えきれない吐き気に襲われ、せっかく立ち上がったのにまたしても四つ這いになってうずくまる。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ」
締めつけられるような胃の痛みに耐えながら顔を上げると、この場には不釣り合いな晴れやかな笑顔のライハが伸びをしていた。
「あー、苦しかった」
ライハが巻きついている首輪を両手で引っ張ると、いとも簡単に外れてボロボロになって消滅した。
それはナガリのスキル『
すでに雨は上がり、雲の切れめから太陽が顔を出している。
僕の目から流れ落ちるのは雨か涙か。涙だとすれば、何を想って流しているのか。
ぐちゃぐちゃになっている頭では何も考えられなかった。
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