第16話
お尋ね者である僕たちは町に長居するわけにはいかず、重い体を引きずって町の外へと歩き出した。
雨と雷が止んだことで町の人たちが家屋から出てきて、騒動を収拾するために一丸となって
彼らとは逆方向に進み、門を通り過ぎて、大木にもたれかかって一息つく。
「ひどい熱だわ。どこか休める場所を探さないと」
雨に打たれながら、戦闘をしたから体の芯まで冷えたのだろう。
しかし、それよりも精神的な影響が大きい気がする。
ヴィオラの暖かい手を握り、ヒワタの冷たい手を額に置いてもらう。
心地よいが上手く声が出せず、お礼を伝えられなかった。
「あいつの死体は帝国から派遣されてる兵士が持って行ったよ。一般人の死者は三人だって」
遅れて町から出てきたライハが事後処理の内容を教えてくれたけど、今はそれどころではない。
寒気と吐き気が強くて体を起こせなかった。
その後、どうなったのか分からない。
目を開けるとヒワタが額を僕のおでこにくっつけているところだった。
「おはようございます、サヤ様。お熱は下がったようですね」
「ヒワタ。ここはどこ?」
「空き家です」
ゆっくりと体を起こすと暖炉では火が燃えていた。
ぐるりと見回しても空き家のようには見えない。
至る所から生活感がにじみ出ていた。
「本当に空き家なの?」
「はい。空き家にしました」
ちょっと何を言っているのか分からない。
ヴィオラもヒワタも常識に欠けるというか、突拍子もないことをしていると思う。
そして、ライハもまた常識外れの行動を取っているようだ。
「はい、肉。食べて」
最初は絨毯かと思ったが、それは剥ぎ取ったばかりの動物の皮だったらしい。
そして、台所には肉の塊が乱雑に置かれていて、香ばしい……焦げた匂いが立ち込めている。
空腹ではあるが、今の胃では肉を受けつける気がしない。
それでも唇に押し付けられる肉を一口かじった。
美味しいとか不味いとかそういう話ではなく、ただただ気持ち悪かった。
「ありがとう。美味しかったよ」
「もっとあるよ?」
「ううん。もう大丈夫」
これでもかと勧めてくるライハをやんわりと断り、まぶたを閉じる。
本当にナガリは死んでしまったのだろうか。
自分で刀を突き刺したわけでも、斬りつけたわけでもないから実感が湧かなかった。それが余計に怖い。
だからこそ、手を汚したとしても実感が湧かないのだと結論づけた。
どちらにしても争いの種になる理由はよく分かった。
早く【
そんな気がした。
更に数日が経ち、落ち着いてから僕の身の上話とこれからの旅の目的をライハに説明をした。
しかし、まだ彼女の顔を直視できなかった。
「ライハはシムカに岩に刺してもらってからずっと動かなかったの?」
「うん。寝てた」
彼女たちの会話を盗み聞きする限りでは、ライハはヴィオラと同じように誰にも触れられたことはなかったらしい。
「……僕が初めて柄を持ったときに抜けなかったのはなんで?」
つい聞き入ってしまい、ずっと疑問だったことを口走ってしまう。
会話を聞かれていると思わなかったのだろう。
ライハは少し驚く素振りを見せてから話し出した。
「あんただって、寝ているときに敏感な所を触られたらびっくりして飛び起きるだろ?」
「……あー、なるほど? 柄って敏感な場所なの?」
「そこまでじゃないわ」
「あらあら。私は別に普通ですけど、ライハちゃんにとってはそうなのでしょうね」
どうやら三者三様らしい。
面白い生態だと思うと吹き出してしまった。
それを馬鹿にされたと捉えたであろうライハが怒り出したが、それもまた可愛い反応でおかしくなる。
「笑うな! びっくりして起きたら、無理矢理に引っこ抜かれて体を縛り付けられたんだ。誰だって戸惑うだろ!?」
「ごめん、ごめん。馬鹿にしたわけじゃないんだ。つい可愛くて」
「か、かわっ!?」
最初は暗い子かと思ったけど、あの時はナガリの『
盗み見ていると、コロコロと表情の変わる面白い子で安心した。
今も頬を赤らめながらヒワタの膝を叩く姿が小動物のようで愛らしい。
「あいつに縛られている間はどれだけ抵抗しても身動きできなかったから、ずっと刀の姿で暴れてた」
ライハの必死の抵抗が天候に影響を与え、周囲一帯を豪雨地帯としていたらしい。
「あいつは許せなかったから最大出力でやっちゃった。まさか、あんたと格式奥義を発動できるとは思ってなかったから、興奮したってのもあるけど」
「僕と契約していると奥義を使えるみたいだね」
左手の中指で光る指輪を見つめていると、ヒワタが羨ましそうにこちらを見ていた。
申し訳ない気持ちはあるが、直接的な攻撃を行う
だからこそ、無責任なことは言えず、微笑み返すことしかできなかった。
「そんな顔をしないでください。ちょっぴり
「うん。ありがとう」
僕とヒワタのやり取りに納得がいかないのか、眉間に皺をよせたライハが食ってかかってきた。
「なんで? あんただって、あいつに何度も殺されかけたんでしょ? あたしたちはやり返しただけじゃん。それのなにがいけないの? 脳みそは無傷にしてあげたんだから、感謝して欲しいくらいなんだけど」
「え!? ど、どういうこと?」
「格式奥義は最大出力だったけど、稲妻は心臓に直撃するように操作したんだ。あんたが
真顔で
後からついてきたヴィオラが隣にいてくれるおかげで安心できたが、まだ鼓動は落ち着かない。
それにずっと気になっていることもあった。
――この町の被害は【ブレイブセメタリー】の名前を出したお前のせいだ! お前はただの偽善者だ!
僕がクッシーロ監獄からヒワタを助け出したことがきっかけで何かが起こり、その何かから身を守るためにナガリが町中で
僕の背中から冷や汗が垂れた。
「もう寝ましょう。必要以上に気に病まないで。あの男は無実の人たちを殺した悪人で、クッシーロ監獄の一件は無関係よ」
やっぱりヴィオラには敵わない。
またしても僕は彼女の言葉に甘えてしまう。
この瞬間は嫌なことを忘れられても、ゼィニクの言葉は消えない棘となって僕の胸の深い場所に突き刺さったままだった。
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