第13話

【ゼィニク陣営】


 最悪の天候の中、合羽かっぱを着たゼィニクは買い物を終えて、ナガリとセンスの待つ宿へ戻ろうとしていた。


 まさか自分が食料品や日用品を買いに行く雑用を押しつけられることになるとは思ってもみなかった。

 それも、これも全てあの無能が悪い。

 あいつが一人でやってしまうから、ナガリもセンスも自分のことすらしないのだ!


 憤慨するゼィニクは忌まわしげに黒雲を見上げた。


 もう何日も太陽を見ていない。この雨はいつ止むのだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると町の掲示板に貼られた手配書を見つけて絶句した。


 皇帝直轄部隊【ブレイブセメタリー】のメンバーがクッシーロ監獄を襲撃!

 管理責任者である典獄てんごくを殺害し、現在も逃亡中。 

 情報求む。


 そこに書かれていた人物像は自らが追放を言い渡した『鞘の勇者』の特徴と一致している。

 しかし、今では仲間が二人いて、どちらも女だということだった。

 一人は銀髪の少女、一人は白い着物服の淑女しゅくじょとなっている。


「あの無能が殺人罪だと!? しかも、クッシーロ監獄を襲撃など正気の沙汰ではない。気でも触れたか。なぜ【ブレイブセメタリー】の名が出ている!?」


 先ほど手に入れた刀を持つ手に力が入る。

 額からは嫌な汗が止まらなかった。


「……わしが皇帝陛下に殺される。こうしてはおれん。早く、ナガリ殿とセンス殿に知らせなければ!」


 身の危険を感じて通行人を押し退けながら走る。

 これまでに蓄えた脂肪たちが揺れて邪魔だが、そんなことを気にしていられる状況ではなかった。


「ナガリ殿、センス殿! 大変なことになったぞ!」


 宿泊所の扉を蹴破る勢いで入ってきたゼィニクに驚く様子のない二人。

 ナガリはまだベッドの上でいびきをかいていて、センスは椅子に腰掛けながら愛用の太刀たちの手入れをしていた。


「鞘の勇者がクッシーロ監獄の典獄てんごくを殺して逃亡したらしい。奴が【ブレイブセメタリー】所属だということもおおやけになってしまった。わしらも追われるかもしれん!」


「うっせーな。関係ねぇよ」


「ずいぶんと沢山のお友達を連れて帰ってきましたわね。今すぐに伏せないと首が飛びますわよ」


 センスはすでに戦闘スイッチをオンにしていた。

 言われた通りにゼィニクが身をかがめると頭上を細長い物が通過した。


「ひぃぃぃ」


 豚のように這いずり回るゼィニクと入れ替わるように太刀を抜いたセンスが扉の向こう側にいる男を切り捨てる。

 廊下から押し寄せてくる男たちを次々と切りつけていくセンスの足元で白目を剥いている男の服装を見て、ゼィニクはギョッとした。


「こ、皇帝陛下の暗殺部隊だ」


「あ゛ぁ! 人が寝てるってのによ!」


 天井や窓から侵入してくる者たちに容赦なく剣を突き刺していくナガリ。

 寝起きとは思えない身のこなしだが、敵も手練れのようで一筋縄ではいかなかった。


「ナガリ殿、これを!」


 手汗で脂ぎった刀を放り投げる。

 ナガリは鞘に触れないように柄を持ち、空中で抜刀した。

 その勢いのままに振り下ろしたが、刀はナガリの手を離れ、センスの方へと飛んでいってしまった。


「チッ。俺に刀を渡すんじゃねーよ!」


「まったくですわ。勇者のくせに刀を握れないなんて、あの小間使いと同じではなくて?」


「センス、てめぇ!」


 ナガリの手からすっぽ抜けた刀が背後から飛んできたにも関わらず、センスはそれを掴んで戦闘を続行している。

 いつものように人をあおる余裕もあった。


 太刀たちで敵を斬るセンスに対して、ナガリは剣で敵を刺す。

 それはゼィニクと出会う前から同じだった。

 彼は生まれた瞬間から刀を扱えない。しかし、剣であれば体の一部のように匠に扱える。

 それがつるぎの勇者に与えられた能力であり、かせでもあった。


 外から侵入する男たちが足元に転がり、動きが制限され始める。

 ナガリは横目で床を見た。肌身離さず身につけている剣とは違い、閃刀せんとう雷覇らいは』は乱雑に床に置かれている。

 観念したように閃刀せんとう雷覇らいは』に手を伸ばした。


「おい、ぶっ放すから覚悟しとけ!」


「ひいぃぃ。まだですぞー」


 必死に逃げるゼィニクが見えなくなってから閃刀せんとう雷覇らいは』を一振りする。

 大雨が降っている空が眩しく光り、町中に雷が落ちてからしばらくして轟音が響いた。


 建物の屋根、石畳の床、植木、町ゆく人々。

 制御不能の力は無差別に雷を落とし、その中の一つが偶然にもナガリたちのいる宿泊所の屋根を貫いた。


 多くの犠牲を出しながらも気に留めずに雷を落とすナガリと、嬉々として敵を斬るセンス。

 彼女は爛刀らんとう珀亜はくあ』を背負っているだけで一度も使用する素振りを見せない。


「これが皇帝陛下お抱えの部隊? 歯ごたえがありませんわね。もっと頑張って欲しいですわ」


「残りは俺が殺しただろうが! 全部、自分でやったみたいな言い方すんな」


「偶然の産物で偉そうなことを言われましても、ねぇ? 扱いきれない刃物なんてただの鉄の塊ですわよ」


 センスは山火事を起こしてから爛刀らんとう珀亜はくあ』を一度も使用していない。

 それは自分が適切に扱えないと判断したからであると同時に「つまらない」という理由からだった。

 センスは近接戦闘こそ至高という考えを植えつけられ育てられた。だからこそ、粉塵爆発で遠距離からの攻撃が可能な爛刀らんとう珀亜はくあ』を嫌う。



 戦いを二人に任せ、命かながら薄暗い路地裏に逃げ込んだゼィニクは背後に言いようのないプレッシャーを感じた。


「ゼィニクだな」


「ひゃい!!」


「皇帝陛下のお言葉を伝える。『鞘の勇者は二本目の刀を得た。貴様はどうする』以上だ」


「お待ちください、デュアル様! なぜこのようなことをなさるのですか!? 我らは同士のはずです!」


「どちらが皇帝陛下に尽くせる人材か見極める為だ。鞘の勇者は危険刀きけんとうを所有する典獄てんごく退しりぞけた。貴様の飼い犬を試したまでよ」


「……多くの部下が死んだのですぞ」


「制御できていない閃刀せんとう雷覇らいは』の雷に撃たれる間抜けなど陛下をお守りする暗殺部隊には不要である」


 胸まで伸びる真っ白なあごひげが揺れる。

 皇帝直轄の暗殺部隊筆頭であるデュアルの鋭い眼光がゼィニクを射竦めた。

 到底、よわい六十を越えているとは思えない。


 ゼィニクの目が暗闇に慣れると、厳格な雰囲気を持つデュアルのかたわらには前髪を切り揃えた少女がぽつんと立っていることに気づく。

 彼女は何を言わず、ただゼィニクを見つめて呟いた。


「ライハが泣いているのです」


 ゼィニクは何を言われているのか分からず、狼狽うろたえるばかりだ。


「デュアル、ライハを助けてあげて欲しいのです」


「それはワシの仕事ではない。つるぎの勇者と心を通わせるか、捨てられるか。答えは二つに一つだ」


「……そう。残念」


 ゼィニクは目を見開いた。

 目の前で起こっていることを一瞬たりとも見逃さないように瞬きを堪える。


「なぜ、少女が刀の姿に!?」


 デュアルの手には一本の刀が握られており、幸薄そうな少女の姿はどこにも見当たらない。


「ゼィニク、哀れな男よ。真実が知りたければ刀を集めろ」


 暗闇の中にデュアルの姿が溶け込むように消える。

 一人取り残されたゼィニクはよろめきながら路地裏を出ると、 言い争いをするナガリとセンスの元へ駆け寄り叫んだ。


「鞘の勇者から刀を奪え! 奴は二本の危険刀きけんとうを持っている! それで四本にして、残りも探すのだ!」


「……やけに気合いが入っていますわね。気持ち悪い」


「はんっ。じゃあ、俺が奪って来てやるよ」


「なにを戯れ言を。あの子の首を斬るのはうちですわよ」


「言い争っている場合ではない! わしらの命がかかっているのだ。二対一でもいいから、絶対に刀を奪え!」


 大雨の中にゼィニクの絶叫がこだまする。


 町は閃刀せんとう雷覇らいは』の落雷による被害で大騒ぎとなった。

 落雷は自然現象であり、撃たれた者は不運に見舞われたと考えるのが筋だ。

 しかし、そうではなかったとしたらどうだろうか。

 「天罰が下った」だの、「神を崇めよ」などと各地で叫ぶ者が暴動を起こす中、町長をはじめ、町の警備兵が慌しく駆け回っている。


「……お前の方から来るなんて、いい度胸してんじゃねぇか」


「やっと追いついた。この雨と雷を止めるために来た」


 彼らが躍起になっている理由はただ一つ。

 「さっきのは自然災害ではなく人災だ」と提言した人物が現れたからである。


「ライハを解放してもらうぞ、ナガリ」


 出血するまで強く唇を噛むゼィニクの視線の先には、十個の鞘を装備した男が立っていた。

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