第三章 閃刀『雷覇』
第12話
せっかく火傷痕が治ったというのにフードを目深に被った僕は肩を落として力なく足を進める。
「終わった。僕の人生はもう終わりだ。全国指名手配なんてあんまりだ。お父様とお母様は大丈夫かな」
「なってしまったものは仕方ないでしょ。堂々としていればいいのよ。コソコソする方がかえって怪しいわよ」
「そうですよ。箔がつくというものです」
僕の隣を歩くヴィオラと一歩下がってついてくるヒワタの慰めも右耳から左耳へ流れていってしまう。
町に貼り出されている『お尋ね者』と書かれた紙には僕たち三人の身体的特徴が書かれていた。ヒワタに関しては名前まで載っている。
ただ、人が刀になるという情報は書かれていなかった。
クッシーロ監獄で
何よりもマズかったのが、クッシーロ監獄が国営施設だということだ。
ヒワタを救い出すために手段を選ばなかったことが悔やまれる。
いや、でもさ、まさか殺すとは思わないじゃん!?
棒立ちしている僕の目の前でいきなり人が氷漬けにされたんだ。
僕の精神的なダメージも考慮して欲しい。
「あなたは名前を言わなかったんだから偉いじゃない」
「それはそうだけど、【ブレイブセメタリー】の名前を出したのは失敗だったかも」
皇帝直轄部隊の一員が国営施設の責任者を殺害したなんて大事件だ。
僕がすでに追放されている身だということが
そしてゼィニクたちも手配書を見ているはずだ。
僕は彼らを追っている立場だけど、逆に賞金目当てに捕まえられないか心配になってきた。
それなら、会いたくないな。
クッシーロから逃げ出した僕たちは南下して町や村を転々としている。
行く先々では変わらずに
ヒワタは家事全般をこなせるほかに天候を操る能力を持っているらしい。
ただし、雪や
難癖をつけてきた連中を撒くときには積極的に使用してくれるからありがたいのだが、周囲一帯に吹雪が発生するから近隣の皆様に多大なご迷惑をかけることになる。
「昨日は急に雪が降ったから焦ったぜ。なぁ、刀弾きのあんちゃん」
「そ、そうですね。あんなに天気が良くても雪が降ることもあるんですね」
「こんなことは初めてなのよ」
町で食事をしていると仕事終わりだという客と
すみません。それ、うちの連れがやったんですよ。
とは言えないし、張本人のヒワタは黙々と魚料理を口に運んでいる。
僕も彼女たちのように平然とご飯を食べられるようになりたいものだ。
手配者の件と吹雪の件を考えると空腹なのに食事が喉を通らない。
「天候といえば、この先にある町が大荒れなんだってよ。大雨、落雷で大騒ぎって話よ」
「それは怖いわねぇ。降雪も大変だけど、大雨も災害になるからね」
災害……。またしても箸を持つ手の動きが止まる。
彼らはただ世間話をしているのだ、と自分に言い聞かせているとヴィオラとヒワタも食事の手を止めていることに気づいた。
どうやら思い当たる節があるらしい。
ここでは聞かないが、きっと後から教えてくれるはずだ。
「その町はここから遠いですか?」
「徒歩なら、ざっと二日だな。行くなら雨具を持って行けよ。もう何日も降りっぱなしだから土砂崩れにも気をつけろよ」
店を出た直後、ヴィオラとヒワタは示し合わせたように心当たりを口にした。
「ライハが怒ってる」
「ライハちゃんが悲しんでいます」
二人の答えは真逆だったが、言わんとすることは分かる。
行き場のない怒りを発散するための八つ当たりが落雷で、あふれ出る涙を降雨で表わしていると考えれば納得できた。
獣のように威嚇しあう二人を横目に夜空を見上げる。
この広い空のどこかにあと八人の
そのうちの一人が怒り、悲しんでいるのなら助けに行くべきだ。
僕は危険な刀を二本も所有しているが、まだ焦るタイミングじゃない。
そうさ、ちょっと指名手配されているだけだ。
あ、でもゼィニクが僕の名前を帝国に告げ口すれば本当に終わるかも。
「んー。助けに行きたいけど、一歩が踏み出せないな」
「どっちでもいいわよ。先に【
「あらあら。でも、各地を探したのでしょう?」
「一般人が入れない帝都内部はまだよ。わたしたちがこき使われていた後宮もね」
ヴィオラの言う通り、帝都に住めるのは貴族だけだ。
自分たちは争いに巻き込まれないと信じてやまない人種だと父は言っていた。
そして、たとえ貴族であっても入れないのが皇帝陛下の住む宮殿と後宮だ。
僕なんて絶対に近づけない。
しかし、ゼィニクであれば
「後宮が一番怪しいのよね」
「どうでしょうか。今の皇帝が隠し持っている可能性も捨てきれませんよ」
皇帝陛下といえば、帝国最強と呼ばれる王族の跡取りだ。
そんな人が部隊を編成して
そう考えたが、
元々は後宮で働いていたヴィオラたちに呪いをかけて、最強の刀を手に入れたけど全員に逃げられた……?
時系列を整理するための情報が足りない。
「あのさ、そもそもヴィオラとヒワタはいつ呪いをかけられたの?」
「もう覚えていないわ。ヒワタはどう?」
「約500年前ですね。そのうちの400年ほどをクッシーロで過ごしました」
「そっか。もうそんなになるか。たしかヒワタって盗まれたのよね。マヌケ過ぎない?」
「盗まれたのではありません。盗まれてあげたのです。私は引きこもりのヴィオラちゃんと違って世界を見て回りたかったのです」
僕の質問から口喧嘩に発展してしまった。
二人の喧嘩なんて今はどうでもいいんだ。
ヴィオラって見た目は少女なのに年齢は500歳を越えているの!?
そっちの方が衝撃的すぎて、なにを考えていたのか忘れてしまった。
「えっと。じゃあ、今の皇帝陛下のことは知らないんだね」
「知らないわね」
「知りませんね」
こういうときだけは息が合っている。
今の話では現皇帝陛下は
呪いを解く方法についても知っているのか怪しいぞ。
「仕方ない。ライハを助けに行ってゼィニクから話を聞くか。追放してくれたお返しもしないといけないし」
「追放してくれて良かったじゃない。わたしと出会えたんだし」
その通りだけど、やはり見放されるショックは大きかった。
今はヴィオラがそばに居てくれて、ヒワタも支えてくれるからいいけど、最初は本当に不安だったんだ。
「そうよね? わたしと出会えて幸せよね?」
「あ、うん。そうだね。幸せだよ。ずっと一緒にいて欲しいくらいだよ」
「いいわよ。ずっとあなたの隣にいてあげる。呪いが解けるまでずっとあなたの刀として邪魔者を排除してあげるわ。わたしを鳴かせられるのはあなただけなんだから」
「そうだね。ありがとうね。ただ、もうちょっと言葉を選んで欲しいかな」
ヴィオラの扱いにも慣れてきた。
いつも笑顔のヒワタが今は少しばかり引きつっているように見えるのは気のせいだろう。
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