第11話
思考が追いつかないのか、立ち尽くす看守たちはしばらく凍りついた
やがて事態の重大さを理解したように体を震わせながら叫んだ。
「奴らを捕えろっ!!」
「行くわよ」
ヴィオラが僕の手を引いて走り出した。
口笛を吹くような仕草で吹雪を発生させたヒワタを先頭にクッシーロ監獄からの脱出を試みる。
内部構造を把握しているヒワタには誰も及ばないようで、看守たちに追いつかれる様子も待ち伏せされている様子もなかった。
全力でクッシーロ監獄から逃げ出して宿屋に戻った僕たちはすぐに支度をして、南に向かって走り続けた。
「そんなに慌てなくても大丈夫よ」
「いやいやいやいやいや。絶対にダメだって。クッシーロ監獄で一番偉い人を殺したんだよ!? 僕が投獄されちゃうよ!」
「大丈夫ですよ、サヤ様。やったのは私です」
満面の笑顔で言われても何のフォローにもなっていない。
君たちは刀の姿になって隠れられるよね!?
僕は指名手配されれば人生が終わるんだよ!?
少しでも遠くへ逃げるために休憩しなかったツケが回ってきたのか、突然足が動かなくなった。
「あなたの体はもう限界よ。少し休みましょう。お茶でも淹れてあげるから座ってなさい」
ヴィオラに押し倒されるように石の上に座らされ、やっとのことで呼吸を整える。
隣に腰掛けたヒワタがじっとこちらを見ていた。
「この火傷はハクアちゃんですか?」
「一目見て分かるんだね。そうだよ。
特にふとももは皮膚がただれてしまっていて、僕もあまり見ないようにしている。
普段はズボンで隠しているが人には見られたくない部分だ。
「私なら治せますよ。見せてください」
腕を差し出すと、あろうことかヒワタは顔を近づけ優しく口づけした。
「えぇっ!?」
動揺する僕を差し置いて腕の皮膚は火傷など最初からなかったかのように綺麗になった。
次々と口づけして両腕の治療を終えたヒワタはにっこりと微笑む。
「下も脱いでください」
面と向かってそんなことを言われる日が来るなんて思ってみなかった。
情けなくも言われた通りにすると、
「これは治療、これは治療、これは治療、これは治療なんだ!」
両足の治療が終わる頃には僕の精神はすり切れる寸前だった。
そして遂にヒワタの白い手が僕の頬を包み込んだ。
「これで最後ですね」
薄いピンク色の唇が近づき、頬に優しく触れた。
這わせるのではなく、何度も何度も軽いキスをされる。
間違えた!
これはキスじゃない。治療なんだってば!
誰に言い訳をするでもなく、
「……ねぇ、なにやってんの?」
おかしいな、クッシーロよりも寒い気がする。
お湯を沸かすために水を汲んできてくれたヴィオラが
「ち、違うんだ。これは治療なんだよ!」
「へぇ……」
「ほら、見て。体中の火傷が治ったんだ。ヴィオラの言った通りだったよ、ありがとう。ヒワタもありがとうね」
ニコニコしているヒワタと全く笑っていないヴィオラの対比が恐ろしい。
興奮してしまったのは事実だが、怒られるようなことはしていないはずだ。
僕は話題を変えるために頭をフル回転させる。
「つ、次はどこへ向かおうか?」
「知らないわ。そんなことよりも何をしていたの?」
ダメだった。
何度、話題を変えても元の道に戻ってしまう。このままでは堂々巡りだ。
僕は観念して全てを白状した。
するとヴィオラは無言でお湯を沸かし始め、煮えたぎる湯を自分の腕にかけた。
「ちょっと、なにやってんの!?」
「ほら、治しなさいよ」
綺麗な白い肌が真っ赤に染まって痛々しいのにヴィオラは表情一つ変えない。
ヒワタはずっと微笑んだままで差し出されたヴィオラの腕に向かって唇を近づけた。
やっぱり、唇をつけないと治せないんだ。
そう思ったのも束の間。
ヒワタは
たったそれだけでヴィオラの腕は元通りになり治療が完了したのだと悟る。
「分かったでしょ。口づけする必要なんてない。ヒワタはあなたをたぶらかす悪い女なの。わたし以外の女に気を許しちゃダメよ」
「あらあら。引っ込み思案なヴィオラちゃんがこんなに熱くなるなんて、こっちが火傷してしまいそうですね」
「次やったら、ぶっ壊す」
バチバチと火花を散らす美少女と美女を交互に見て、僕はため息をこぼした。
その後、ヴィオラを
「おかしいな。ヴィオラの時はすんなりできたのに」
「あらあら。困りましたね。でも鞘には納めてくださいますよね?」
雪の結晶の模様を施された鞘をベルトから抜いて、
「これで元鞘ってな」
直後、ヴィオラの時と動揺に頭の中に情報が開示された。
美しさに主眼を置いて創られ、"凍死"を象徴としている。
突き刺した瞬間から体温調節機能が限界を迎えるまで体を冷やし、循環機能や神経機能を麻痺させて死に至らしめる。
「ヒワタも大概だな」
何度やっても自分の意思では刀を抜けなかったが、ヒワタは自由に刀と人の姿になれるらしい。
契約できないと格式奥義が発動させることができず、その全貌は謎のままだ。
クッシーロ監獄の
いずれにしても契約はおろか、抜刀もできないのなら知る術はない。
僕としては最初から
「クッシーロよりはマシだけど、まだ寒いね」
「少し寒い方がこうしたときに温かいですよ」
寒さに強く、普段から薄手の着物を着ているヒワタだが、体を密着されるとしっかりと体温を感じることができた。
「……ねぇ、暖かいお風呂に入るのでしょう? わたしの手入れを忘れないでよね」
ブチ切れる寸前のヴィオラの機嫌をこれ以上損ねないように慎重に言葉を選んで、涼しい顔で答える。
「そうだった。今回は雪で濡れちゃったから念入りに刀身を手入れするよ」
「当たり前」
何気ない仕草でヴィオラが髪をかき上げたとき、耳元に痣のようなものが見えた。
普段は長い銀髪によって隠されているようで今まで気づかなかったものだ。
「それって」
「これ? これが
本当は隠しておきたいものなのかもしれない。一度ためらってからはっきりと見せてくれた。
その痣は
ヒワタの手の甲にも同じ痣が刻まれていた。
「それが呪い?」
「そうよ。わたしたちは人間だった頃、後宮の下女として雇われていたのだけど、朝起きると体が動かなくて、身の毛もよだつような音が頭の中に響き続けた。身も心もボロボロになり死を覚悟したとき、音の地獄から解放されて、気づくと刀になっていたの。いつから痣があったのかは分からないわ」
「私も同じです。私の場合は冷たい水の中に落とされて、手足を針で刺すような痛みに続き、感覚が無くなってきて死を覚悟しました。あれが現実だったのか、夢だったのか今でも分かりません」
聞くだけで鳥肌の立つ話だ。
二人に呪いについて聞いたことを後悔したが、止めても話をやめる気配はない。
「いくら美味しいご飯を食べて、高級なベッドで寝ても満たされることはない。申し訳ないけど、あなたの持っている鞘に納められてもわたしの記憶と身体に刻まれた憎しみは消えない。だから【
「【
「わたしよりもアリサが
僕にヴィオラを託したアリサという名の少女も同じ
「あの子と一緒に行動した方がより安全で確実だったんじゃないの?」
「わたしたちは協調性がないから一緒に行動することは滅多にないわ」
「そんな恥じらいもなく堂々と言うことではありませんが事実です。私もサヤ様がいなければヴィオラちゃんと一緒に行くことはなかったと思います」
同じ職場の同僚でも気の合う人と合わない人はいるだろう。
僕もナガリやセンスと意見が一致したことはないから、その気持ちはよく分かる。
アリサのことも含めて僕の知らないことがまだまだ多くあるようだ。
果たしてゼィニクはどこまで知っているのだろう。【ブレイブセメタリー】が皇帝直轄部隊だということも、その事実を隠していたことも気がかりだ。
そしてもう一つ、胸の奥で引っかかっていることがある。
二本目の
僕にはその答えが分からない。
だけど、ヒワタが笑っていられるのなら正しかったと信じたいと思う。
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