第2話

 次に目覚めたのは二日後の朝だった。

 体中の火傷はまだ完治していないが、このまま寝ているわけにはいかず、家具を支えにして立ち上がる。


「だめだめ。まだ動ける体じゃないんだよ」


 自力では立ち上がれず、偶然にも村を訪ねていたという医者に寝かしつけられた。

 すその長い白衣を着ている目の細い痩せ型の男だ。


「これはただの火傷じゃないね。どこで、誰に傷つけられたのかな?」


「……危険刀きけんとうと呼ばれている刀を持つ者にやられました」


「ほう。それは興味深い。これまでに多くの患者を診てきたけど、初めての症例だ。手持ちの薬では治せそうになくて申し訳ない」


「ありがとうございます。感謝してもしきれません」


 手当てしてくれた若い医者は大量の薬品が入った鞄だけを持って各地を飛び回っているらしい。

 治療に用いるのか分からないが、彼が背負っている細長い袋がずっと気がかりだった。


「その背中のものは医療機器ですか?」


「いいや、護身用の刀だよ。物騒な世の中だからね。医者と分かれば脅してでも治療させようとする輩もいるし、監禁されそうになった数はもう覚えていないよ」


 爽やかに指を折りながら語っているが笑い話ではないと思う。

 各地で争いが起こる今の世では移動するだけでも一苦労なのだ。


 普段であれば一カ所に留まらず、すぐに別の町や村に移って患者を探すようだが、今回は僕のためにしばらく村に滞在すると申し出てくれた。

 おかげで立てるようになるまでに一日、歩けるようになるまでに一日、薪を割れるようになるまでに五日を費やし、ようやく自由に体を動かせるようになった。


「お世話になりました。この御恩は忘れません」


「回復おめでとう。火傷痕は残ってしまうと思うけど、気持ちを強く持って生きて欲しい」


「はい! あの治療費ですが、今は手持ちがないので、その……」


「代金は結構。面白い話を聞かせてもらったし、サンプルもいただいたからね。十分だ」


 僕は包帯を巻き直してもらう時にゼィニクとの旅の話やナガリとセンスの持つ刀についてを話した。

 先生は熱心に僕の話を聞いてくれる良い人でつい話しすぎてしまう。


「では、これで。またどこかで会おう」


「ありがとうございました。お気をつけて!」


 先生を見送りった僕は閃刀せんとう雷覇らいは』が刺さっていた岩まで行ってみたが、様子は何も分かっていない。

 あのときから時間が止まってしまったかのようだった。


 巨大な岩から少し離れてため息を一つこぼす。

 一振りで雷を落とす刀に、一振りで周囲を爆発させる刀。

 あんなにも危険な刀がこの世界にあと八本もあって、それらを巡って人々が争っている。

 

 ゼィニクに誘われるまでは自分には関係のないものだと思っていた。

 ふと幼い頃に聞かされた言葉を思い出す。「大いなる力は使いどころがある。それまではスキルを発動させるな」

 父の言葉だ。


 言いつけを守って一度もスキルを使わなかったが、今がその時だと確信した。

 このままではゼィニクに騙されていたとはいえ、世界平和のために旅立つ僕を快く送り出してくれた両親に合わせる顔がない。


 心に強く願うとすぐに変化があった。

 まばゆい光に包まれた僕の左腰には一本の鞘が装備されている。


 ずっしりと重く、表面は立派な漆塗うるしぬりで仕上げられているものだ。

 ベルトから外してまじまじと見ると鞘の表面には音符と音色を表現しているような模様と装飾が施されていた。

 

「無地の鞘じゃないのか。もう一個だけ」


 もう一度スキルを発動すると同じように右腰に二つ目の鞘が出現した。

 一本目と同様に漆塗りの上から雪の結晶のような模様が施されている。


「綺麗。こんなに美しいものを見たことがない」


 心を鷲掴みにされた僕は止め時を見失い、特徴が異なる十個の鞘を作成してしまった。


「……これはマズいな」


 鏡がないので今の姿を確認できないが、おそらく滑稽こっけい以外に言い表せる単語はないだろう。

 右腰に五つ、左腰に五つの鞘を身につける男。

 鞘は歩く度に騒々しい音を鳴らし、太腿から膝下までを殴りつけてくる。


「ダサすぎないか、この格好」


 しかも、貴重なスキルの一つを使い切ってしまった。


「鞘で敵を叩くことはできるけどなー」


 そんな浅はかなことを考えていると反対側から三人の男が生い茂った草を避けながら歩いてきた。

 見た目と服装が一致していない。察するに盗賊だ。


「本当にここか? 何もないぞ」


「見てみろよ。この岩だ。ここにお宝があったに違いない」


 男たちは周囲を物色し、亀裂の入った岩を眺め始めた。

 お宝とは間違いなく閃刀せんとう雷覇らいは』のことだろう。

 

 僕たち以外にも刀を探している人がいるということか。


「おい」


 なんだ、うるさいな。僕は今忙しいんだ。


「おい。お前もお宝を探しに来たのか?」


「へ?」


 僕の背後には屈強な男が立っていた。

 簡単に持ち上げられ、他の三人の前に放り出される。

 こんな目に遭うのは久しぶりだ。


 ナガリとセンスと一緒にいれば、こちらから絡むことはあっても向こうから絡まれることは滅多になかった。

 仮に絡まれたとしてもナガリは暴れ回るし、センスは嬉々として拷問まがいのことを始めるから相手が可哀想に思えてくる。

 僕は二人が壊した物の弁償や謝罪に奔走するのが仕事だった。


「お宝について知っていることを教えろ」


「何も知りませんよ。僕が来たときにはこの状態でした」


「こいつはただのコレクターだ。見ろよ、鞘しか持ってねぇ」


 昔を懐かしみつつも正直に答えた直後、顔面に鋭い衝撃がはしり、視界が大きく揺れた。

 口の中に鉄の味が広がり、意識が遠のく。


「俺たちの他にもお宝を狙っている奴がいるようだ」


「危険刀の一本でもあれば一儲けできるってのに」


「そいつを使って領地を手に入れるってのもありだぜ」


「帝都に乗り込んで皇帝陛下様に召し抱えてもらうか?」


 倒れた僕には目もくれず、ゲラゲラを笑う男たちが去って行く。


 反撃の一つでもしたかった。こんなことになるなら、ナガリとセンスに戦い方を習えばよかった。

 いや、ナガリはダメだ。僕が殺される。


 あのとき、センスからの誘いを受けていればよかったんだ。

 今思うと弱い僕を気遣って稽古をつけてくれようとしたのかもしれない。 

 でも、僕はセンスの好意を無下にしてしまった。その結果がこれだ。

 あの一件以降、センスの態度が冷たくなって、やたらと僕を斬ろうとするようになった気がする。


 刀は振れなくても自己防衛できる力があれば、こんなにも惨めな思いはしなかった。

 それに追放を言い渡された時にもゼィニクをぶん殴れたのに。


 今更、後悔しても何も変わらないことは分かっている。

 ただ、今は嘆きたい気分だった。


 僕は頬の熱が引くまで地面に横たわっていた。

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