第3話
まだ微かに頬が熱を帯びている。
しかし、昨日の一件でゼィニク以外にも刀を探している集団がいることが分かった。
僕たちは誰よりも早く
もしかすると僕が想像しているよりも多くの人が
そうなると、これからも刀を巡る争いは続くのだ。
「お世話になりました。このご恩は必ず返します」
「本当によろしいのですか? もう少しゆっくりされても構いませんよ」
村の人たちに頭を下げ、両腰に十本の鞘を装備して出発する。
目指すは
ここからだと数日は歩くことになるが、行き方とこの世界の地図は頭の中に入っている。
時間はかかったが特に迷うことなく到着し、深い森の中にぽつんと建てられた
やはり中に刀はなく、僕のほかに人が来た形跡もなかった。
拍子抜けして立ち去ろうとした時、背後で小枝を踏みつけたような音が聞こえた。
息を止め左腰の鞘に手をかけて一息に振り向くと、赤紫色を基調としたドレスを身にまとった女の子が
確かに背後に気配を感じたのに、いつの間にか僕の後ろに移動していたのだ。
「ハクアがいない。あの子が自分で歩くとは考えにくいですから盗まれた? なぜこの場所が分かったのでしょう」
可憐な容姿に見惚れてしまい、呼吸を忘れていたのだと気づく。
小首を傾げる少女の腰では鈍く光る長物が揺れた。
洋風のドレスには似つかわしくない鍛え抜かれた鋼の塊。それは紛れもなく一本の刀だった。
「っ、危ない!」
「っ!?」
見惚れているのも束の間。
木の影から放たれた矢に気づいて叫ぶと少女はドレスを翻しながら地面に伏せた。
「お宝をいただこうか。お前ら、女は殺さずに捕えろ。高く売れるかもしれねぇ」
「……そういうことですか。宝探しの賞品にされてしまったのですね」
危機的状況でも彼女は落ちついたままでドレスについた土埃を払いながら立ち上がった。
戦うのかと思ったが、彼女が腰の刀に手を伸ばす気配はない。
どうするつもりだ――?
盗賊の男たちの無数の手が少女に伸びていく。
僕にはまだ人を殺す覚悟はない。だけど、目の前で襲われそうになっている子がいるのに無視はできない。
そう思ったときには彼女の背後にいる男を目がけて駆け出していた。
男の一人に体当たりをして「逃げろ!」と叫ぶ。
しかし、すぐに殴り返されて地面に転がりこんだ。
両腰にある鞘がベルトから外れて周りに散らばり、口の中には鉄の味が広がる。
「……鞘が、十本」
少女は口元を両手で覆って、目を見開いていた。
きっと呆れているのだろう。
こんな無茶をして何も果たせずに死んでしまうなんて情けない。
「王子様ごっこか、小僧?」
「なんだよ、この前のガキじゃねぇか」
盗賊は転がった鞘を拾い上げ、興味なさげに放り投げる。
うずくまりながら咳き込む僕の足元に転がった鞘が虚しい音を立てた。
一番偉そうな男の手には音符の模様を施された鞘が握られている。
それも放り投げられると思った矢先、男はあろうことか鞘を両手で持ち上げ、膝を構えた。
「……やめろ」
「刀だったら奪ってやったが、こんな物に価値はないからな」
鞘を頭上に掲げ、構えた膝を目がけて一気に振り下ろす。
「それに触るなーーッ!!」
鞘が男の膝に接触する直前、渾身の力で体当たりしたが非力な僕では力が及ばず、腹部を蹴り飛ばされてまたしても地面にうずくまる。
痛みで吐き気を催す。
胃の不快感を必死に堪えながらも鞘だけは取り返して抱きかかえていた。
この鞘に納めるべき刀を見つけることはできないかもしれない。
もしかすると、この鞘たちは役目を果たす日が一生来ないかもしれない。それでも決して壊されてよい物ではないはずだ。
なにより、自分のスキルで生み出した大切な物なのだ。
「これは僕の物だ。僕が創ったんだ。こいつらの価値は僕が決めるッ!」
苛立つ男は隣の男から斧を取り上げ、振りかざした。
鞘を抱きながら丸まっている標的など外すはずがない。
しかし、一向に痛みは訪れなかった。
「よく言ったわね。わたしの鞘を借りるわよ」
厚手のコートの
こんな森に似つかわしくない少女が僕の手から音符の模様を施された鞘を抜き取った。
僕の目に飛び込んできたのは腰まで伸びる銀髪をなびかせ、拘束具の様な服をまとう少女が振り下ろされた斧を受け止めている異様な光景だった。
「え?」
ふふっと柔らかく微笑む彼女は身長差をものともせず男に競り勝つ。
「
「はぁ!? そんなことあるわけねぇだろ!」
拘束具の少女は挑発的に目を細めて、鼻を鳴らした。
「それがあるのよね」
差し出された手を取り、立ち上がった僕は自分よりも背の低い少女に守られていることへの気恥ずかしさよりも、彼女の手の温もりと言いようのない頼もしさを感じていた。
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