第五章 葬刀『紅縞』
第20話
一応、気を遣って「女の子たちに野宿させるわけにはいかない」と言ったら、ヴィオラは喜んでいたが他の三人は気にしないといった反応だった。
「ずっと岩に刺さって野ざらしだったし」
「ずっと極寒の地で散歩していましたから」
「ずっと放浪していたから慣れておる」
と、言うのが彼女たちの意見だ。
生活環境というのは後の人生を大きく左右するらしい。
いつも通りに
「昔から変わらずのがきんちょだけど、ひどくなってない?」
「アリサが甘やかし過ぎたのじゃろう。仕方あるまい」
ライハとシムカは夜に強いようで、何日徹夜しても平気らしい。
隣ではヒワタがお行儀よく寝袋の中で寝息を立てていた。
「アリサって何者? 僕は一度しか会ったことがないんだけど」
「アリサは誰よりも
「あの子は……そうじゃな。誰よりも劣等感が強いから、ヴィオラも共感して
そんな風には見えなかった。
気品あふれる女の子で、芯の強そうな人という印象を受けたが、それは外側だけで内面はもっと繊細なのかもしれない。
「呪いを解くためにはかなりの無茶をする子じゃ。何度か忠告したが、最後まで聞いてはくれんかったのう」
そんなに危なっかしい人なのか。
初めて会ったときはヴィオラを僕に渡して消えちゃったけど、もっと詳しく話を聞ければ何かが変わっていたのかな。
今更だが、そんな風に思った。
「それに、アリサはあたしたちの中で一番残虐だから契約するなら気をつけた方がいいよ。あんたが逆に喰われるかもしれないし」
「え゛!? そんな風には見えなかったけど」
人を見かけで判断するのは良くないが、つい口走ってしまった。
「アリサは猫を被るのか上手じゃから、初対面ならそう思うじゃろう。これだから
呆れたように言い放つシムカの視線が痛い。
僕は素直な気持ちを言っただけなのに。
「お互いに【
見張りをシムカに任せて、僕とライハも寝袋の中に入る。
ゼィニクに追放されてから怒涛の日々を送っているからか、以前よりも深く眠るようになってしまった。
昔は誰よりも早く起きて朝ごはんの準備をしていたけれど、僕もお寝坊さんになったものだ。
やはり生活環境というのは後の人生を大きく左右するらしい。
「おはようございます、サヤ様。朝食の準備ができていますよ。お口に合うとよいのですが」
一緒に旅をするようになってからはヒワタが朝食を作ってくれることが多くなった。
毎日、同じセリフを言われるが僕の口に合わなかったことなんて一度もない。
全部が美味しい。
おや、宿に泊まっていたかな、と錯覚してしまうほどだ。
今日もパン、その辺にいた獣の肉で作ったベーコン、その辺にいた鳥の卵を焼いた目玉焼きと豪華な食卓だった。
「今日も美味しいかった。ありがとうね、ヒワタ」
「お粗末様でした」
食後にはシムカと行う基礎トレーニングと武術の鍛錬が日課になった。
シムカは僕を
ありがたいことだけど、毎日筋肉痛で徒歩移動するだけでも辛い日々を送っている。
密かにヒワタが冷却してくれているおかげで痛みが何日も持続しないことが唯一の救いだった。
「あなた、この町は入る? 入るわよね? わたしのためにも入ってほしいわ」
ヴィオラには申し訳ないが、こんなに大きな町には入れない。
ガッターニシティを出発して次の町に入ろうとしたところを門番に怪しまれてから僕たちは町の宿屋を利用していない。
帝都と結びつきが強そうな大きな町は論外で、小さな町でも警備兵が多いところは積極的に避けている。
そうなると基本的に野宿か、ご厚意で村の空き小屋を使われてもらったりしている。
「ごめん、ヴィオラ。そろそろ本格的に帝国が動きそうだから迂闊に宿泊はできないよ」
「紙袋を被って鞘を隠せば大丈夫よ」
「紙袋なんて我慢できるの?」
「被るのはあなただけよ。わたしたちはそのまま行くわ」
「特徴がない僕よりも奇抜なヴィオラたちが被った方が絶対にいいよ」
むくれるヴィオラ、なだめるヒワタ、笑うライハ、呆れるシムカ。
なんだかんだで良いパーティだと思う。
パーティー? 僕はいつの間にパーティーを組んでしまったんだ。
今の関係性は他人にどう言えばよいのだろうか。
全員が同じ目的を持って旅をしているわけではない。
ヒワタは自主的についてきてくれたけど、ライハはほぼ成り行きで、シムカに至っては僕の面倒をみてくれている。
妹のハクアを取り戻せたら出て行く可能生も大いにあるのだ。
このまま大所帯になったとして、彼女たちの呪いを解いた後はどうなるのだろう。
そんなことをぼんやりと考えていた。
「じゃあ、あの村でいいんじゃない?」
町を通り過ぎて、しばらくしてからライハが指したのは中規模の村だった。
「ここなら安全でしょう。温かい料理も作れそうですね」
ヒワタが同意したことで、ヴィオラの瞳に輝きが宿った。
しかし、シムカだけは来た道を戻ろうとしている。
「シムカ?」
「わしは少し出てくる。今日は戻らぬかもしれんが気にするな」
そそくさと町の方へ向かって行ってしまった。
仮に帝都の兵に見つかってもシムカなら大丈夫だろう。彼女は僕たちと違って指名手配されていないのだから捕まることはないだろうし、何かされてもやり返すはずだ。
彼女と別れた僕たちは村の中へ入り、村長に事情を話すことにした。
「何もない村ですが、空き家を使ってください。久々にお医者様が来てくださったので村人は浮き足だっていますが、お気になさらず」
村長の家から出ると隣の施設には長蛇の列ができていた。
走って列の最後尾に並んだ男性の声に耳を傾け、僕の火傷を診てくれた先生を思い出す。
今頃はどこに居るのだろうか。きっとどこかで困っている患者さんの診療にあたっているに違いない。
使わせてもらえることになった空き家まで案内される道中、診療所の椅子に座る白衣の男と目が合った。
「きみは……っ!?」
「先生っ!?」
僕は偶然にも先生と再会した。
もしも会えるならヒワタに治してもらった体を見せたいと思っていたから、ちょうど良い。
しかし、声を弾ませる僕に反して先生の表情は曇っていた。
いや、明らかに顔色が悪かった。
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