第19話
翌日。
僕は昨日と同じように左腰に
すでに入場していたシムカは不気味なほどに余裕の笑みを浮かべている。
「昨日と同じ手を使って構わん。手加減も無用じゃ」
言われた通り、
更に
「こんのか? なら、こちらからゆくぞ」
目では姿を追えないことは最初から分かっていたが、足音すらも聞こえなかった。
聞こえたのは風を切る音とドンッというお腹を押された音だけだった。
「あっ」
後ろによろめく。
殴られたわけではなく、ただ押されただけなのに膝が震えて動けない。
彼女の移動も攻撃も何かが変だ。
例えるなら、
そして、僕の腹部を押した時にはその軽さはどこかへ消えて、反対にとてつもない重さが込められていた。
「なんだ!? ヴィオラ、ライハ、なにか知ってる?」
二人は同時に否定する。
「わしの能力は誰も知らぬよ。実はこの500年で一度も
今回は分が悪すぎる。
「ヴィオラでもわしは捉えきれぬじゃろうし、ライハで身体能力を底上げしても拳が届かなければどうということはない」
「……どうする」
無意識的な呟きだったが、僕たち三人の考えは同じだった。
ただし、それをすれば僕は反則負けになってしまう。
「抜いて構わんよ。これはお主とわしの戦いじゃ。
ごくっと唾を飲み込む音がやけに大きく感じた。
僕は左腰にある
鞘を肩に構え、刀を鞘に乗せて音を奏で始めた。
大勢に聞かせるようなリラクゼーション効果はいらない。
精神を破壊するつもりで、不愉快な周波数の音を出し続けた。
「
シムカは耳を塞ぐこともせずに高く飛び上がった。
一切体重を感じさせない身のこなしの彼女は着地する直前に、何もない場所を踏み締めてもう一度空へ舞い上がる。
「うぐっ!?」
軽やかな身のこなしから繰り出される踵落とし。
最初はシムカの踵が右肩に触れただけだった。
しかし、突如僕の足が地面にめり込み、そのまま膝を折って、体がうずくまっていく。
まるでシムカの体重が倍になったような。
いや、僕自身に作用している重力が何倍にもなったようだった。
「これがわしの能力じゃ。
「ぐぅっ」
「
体が軽くなった隙を見逃さず、僕は左腰に装備された
抜刀して鞘の側面に装飾された火打ち石と刀の峰を擦り合わせて、火花を散らす。
次の瞬間、閃光を視認したシムカの頭上にだけ雷が落ちて、遅れて雷鳴が轟いた。
周囲は騒然となり、観戦していなかった町の人たちまで集まってしまった。
「
バチバチと音を鳴らす砂埃が晴れる。
そこには無傷のシムカが立っていた。
「な、なんでっ!?」
「わしは圧倒的な爆発力と破壊力を持つ
絶体絶命だ。
「終わりかのう?」
コキコキと首を鳴らすシムカが恨めしい。
僕は密かにライハにコンタクトを取り、一か八かで最後の突貫を試みる。
棒立ちするシムカに向けて、
今の僕にできる最大級の攻撃だったが、それでもシムカには届かなかった。
うつ伏せに倒れた僕の背中に腰を下ろしたシムカの体重がどんどん重くなっていく。
息ができなくなり、涙が流れ落ちた。
「早く降参しなければ、圧死するぞ」
僕は無様に白旗を上げて、負けを認めることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
音圧も電圧も力を操作するシムカの体に届く前に離散してしまい、最大の効果を発揮できなくなると後から説明を受けた。
結局、シムカに負けて彼女を仲間にすることはできなかったはずなのに、僕の目の前では彼女が愉快そうに笑いながら手を差し出している。
「わしを鞘に納めてみよ」
「はい?」
「契約できてしまい、わしの所有者になるのならお主を圧し殺す。契約できないのなら、旅に同行してやろう」
多分、僕には
だからこその、この提案か。
契約できなければヒワタと同じように自由でいられる。
いつでも僕の元を離れられるというわけか。
僕は恐る恐るシムカの手を取った。
僕の手に渡った刀は反りのない直刀だった。
峰と呼ばれる部分には小さな凹凸が無数にあり、別の何かがはまりそうだ。
右腰に装備された多方向を向く矢印の模様が施されていた鞘を手に取って、
否定することに主眼を置いて創られ、"圧死"を象徴としている。
あらゆる力を自由自在に操ることが可能な刀。
人間が限界を迎えるまで圧力をかけ、重要臓器を破裂させて死に至らしめる。
抜刀しようにもピクリとも動かず、刀を振ろうものなら手からすっぽ抜けてしまい、シムカに爆笑された。
「今日は決めセリフを言わないの?」
ヴィオラの茶化した声にも返答できなかった。
この納刀はシムカに情けをかけられた結果だ。僕の望んだ形じゃない。
スキル『契約』は発動できず、シムカとの間に縁が生まれなかったから僕は生かされているに過ぎない。
「ライハ、ありがとう。昨日は強く言ってごめん」
「別にいいけど。あたしも気をつけるからさ。ちゃんと言ってよ」
ばつが悪そうに顔を背けるライハだったが、最後には微笑みかけてくれた。
僕も、
「さて、ではハクアを取り戻す旅に出かけようか」
「あの、本当にいいんですか? 僕はシムカさんよりも弱いですよ」
「見込みがあるからのう。最後の格式奥義二連発は鬼気迫るものがあった。それに、わしの格式奥義を使えないのならそれでいい。敬称も不要じゃ」
余談だが、僕は
しかし、「興味ない」の一言で辞退し、僕が気絶させたあの大男が繰り上げ優勝という形で幕を閉じた。
更に余談だが、彼は命に別状はないがしばらくベッドの上から動けないとのことで、横になった状態でチャンピオンベルトを巻いたらしい。
「おい、あの刀弾きって
という誰かの発言が広まり、そこからクッシーロ監獄襲撃の犯人ではないかという話にもなってしまい、帝都に属する兵士が駆けつけたのですぐに町を飛び出した。
まだ手配書に名前を記載されていないのが奇跡だ。
僕はまだまだ追われる立場から抜け出せないらしい。
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