第19話

 翌日。

 僕は昨日と同じように左腰に響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』と閃刀せんとう雷覇らいは』だけを納刀してコロシアムの中に入った。


 すでに入場していたシムカは不気味なほどに余裕の笑みを浮かべている。


「昨日と同じ手を使って構わん。手加減も無用じゃ」


 言われた通り、響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』の能力で聴覚を研ぎ澄まし、シムカの攻撃に備える。

 更に閃刀せんとう雷覇らいは』の能力で身体能力の底上げと攻撃の準備を整えた。


「こんのか? なら、こちらからゆくぞ」


 目では姿を追えないことは最初から分かっていたが、足音すらも聞こえなかった。

 聞こえたのは風を切る音とドンッというお腹を押された音だけだった。


「あっ」


 後ろによろめく。

 殴られたわけではなく、ただ押されただけなのに膝が震えて動けない。

 

 彼女の移動も攻撃も何かが変だ。


 縮地法しゅくちほうのような特殊な移動方法でもなければ、昨日の僕のように無理矢理に筋肉を収縮させて爆発的な瞬発力を得たわけでもなさそうだった。

 例えるなら、綿毛わたげが風に流されて飛んできたような感じだ。


 そして、僕の腹部を押した時にはその軽さはどこかへ消えて、反対にとてつもない重さが込められていた。


「なんだ!? ヴィオラ、ライハ、なにか知ってる?」


 二人は同時に否定する。

 十刀姫じゅっとうき同士でもそれぞれの能力を把握しているわけではないようだった。


「わしの能力は誰も知らぬよ。実はこの500年で一度も擬刀化ぎとうかしておらんからな。仮にわしを鞘に納めたのなら刀身を見た初めての男になれるぞ」


 典獄てんごく戦もナガリ戦も、寒刀かんとう氷綿ひわた』と閃刀せんとう雷覇らいは』の特性をあらかじめ知っていたから勝てたようなものだ。

 今回は分が悪すぎる。


「ヴィオラでもわしは捉えきれぬじゃろうし、ライハで身体能力を底上げしても拳が届かなければどうということはない」


「……どうする」


 無意識的な呟きだったが、僕たち三人の考えは同じだった。

 ただし、それをすれば僕は反則負けになってしまう。


「抜いて構わんよ。これはお主とわしの戦いじゃ。武刀祭ぶとうさいは関係ない」


 ごくっと唾を飲み込む音がやけに大きく感じた。


 僕は左腰にある響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』の鞘をベルトから抜き、抜刀する。

 鞘を肩に構え、刀を鞘に乗せて音を奏で始めた。


 大勢に聞かせるようなリラクゼーション効果はいらない。

 精神を破壊するつもりで、不愉快な周波数の音を出し続けた。


響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』、格式奥義かくしきおうぎ――剥牙絶弦はくがぜつげん


 シムカは耳を塞ぐこともせずに高く飛び上がった。

 一切体重を感じさせない身のこなしの彼女は着地する直前に、何もない場所を踏み締めてもう一度空へ舞い上がる。


 響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』であれば、相手がどこに居ようとも微かでも音が聞こえていれば勝機はあると踏んでいたが、それは幻想だったと思い知らされた。


「うぐっ!?」


 軽やかな身のこなしから繰り出される踵落とし。

 最初はシムカの踵が右肩に触れただけだった。


 しかし、突如僕の足が地面にめり込み、そのまま膝を折って、体がうずくまっていく。

 まるでシムカの体重が倍になったような。

 いや、僕自身に作用している重力が何倍にもなったようだった。


 響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』を手放し、両手を地面について押しつぶされないように踏ん張っていると着地したシムカの足が視界に入ってきた。


「これがわしの能力じゃ。絢刀けんとう詩向しむか』はこの世に存在するありとあらゆる力を制御できる。このままぺちゃんこになるか、それともトラウマを乗り越えるか」


「ぐぅっ」


閃刀せんとう雷覇らいは』であれば抗えるかもしれんがどうかのう」


 体が軽くなった隙を見逃さず、僕は左腰に装備された閃刀せんとう雷覇らいは』の鞘をベルトから引き抜いて走り出す。

 抜刀して鞘の側面に装飾された火打ち石と刀の峰を擦り合わせて、火花を散らす。


 次の瞬間、閃光を視認したシムカの頭上にだけ雷が落ちて、遅れて雷鳴が轟いた。

 周囲は騒然となり、観戦していなかった町の人たちまで集まってしまった。


閃刀せんとう雷覇らいは』、格式奥義――電煌雷轟でんこうらいごう


 バチバチと音を鳴らす砂埃が晴れる。

 そこには無傷のシムカが立っていた。


「な、なんでっ!?」


「わしは圧倒的な爆発力と破壊力を持つハクアを抑えつけることができる唯一の刀姫とうきじゃぞ? こんな雷など、わしにとっては電気風呂と同じじゃ」


 絶体絶命だ。

 響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』の音も、閃刀せんとう雷覇らいは』の雷も効かないなんて聞いていない。

 寒刀かんとう氷綿ひわた』が使えたのなら氷漬けにできたかもしれないが、仮定の話をしても仕方ない。


「終わりかのう?」


 コキコキと首を鳴らすシムカが恨めしい。

 僕は密かにライハにコンタクトを取り、一か八かで最後の突貫を試みる。


 棒立ちするシムカに向けて、閃刀せんとう雷覇らいは』から放たれた約1億ボルトの電圧と、その後に轟く雷鳴と共鳴させた響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』の格式奥義。


 今の僕にできる最大級の攻撃だったが、それでもシムカには届かなかった。


 うつ伏せに倒れた僕の背中に腰を下ろしたシムカの体重がどんどん重くなっていく。

 息ができなくなり、涙が流れ落ちた。


「早く降参しなければ、圧死するぞ」


 僕は無様に白旗を上げて、負けを認めることしかできなかった。



◇ ◇ ◇



 音圧も電圧も力を操作するシムカの体に届く前に離散してしまい、最大の効果を発揮できなくなると後から説明を受けた。


 結局、シムカに負けて彼女を仲間にすることはできなかったはずなのに、僕の目の前では彼女が愉快そうに笑いながら手を差し出している。


「わしを鞘に納めてみよ」


「はい?」


「契約できてしまい、わしの所有者になるのならお主を圧し殺す。契約できないのなら、旅に同行してやろう」


 多分、僕には絢刀けんとう詩向しむか』を使いこなせないと判断されたのだろう。

 だからこその、この提案か。

 契約できなければヒワタと同じように自由でいられる。

 いつでも僕の元を離れられるというわけか。


 僕は恐る恐るシムカの手を取った。

 擬刀化ぎとうかの呪いをかけられてから一度も刀の姿になっていないというが、どんな刀身をしているの興味があったというより、むしろ怖いもの見たさのようなものがあった


 僕の手に渡った刀は反りのない直刀だった。

 峰と呼ばれる部分には小さな凹凸が無数にあり、別の何かがはまりそうだ。


 右腰に装備された多方向を向く矢印の模様が施されていた鞘を手に取って、納刀のうとうするといつも通りに情報が頭の中に開示された。


 絢刀けんとう詩向しむか

 否定することに主眼を置いて創られ、"圧死"を象徴としている。

 あらゆる力を自由自在に操ることが可能な刀。

 人間が限界を迎えるまで圧力をかけ、重要臓器を破裂させて死に至らしめる。


 抜刀しようにもピクリとも動かず、刀を振ろうものなら手からすっぽ抜けてしまい、シムカに爆笑された。


「今日は決めセリフを言わないの?」


 ヴィオラの茶化した声にも返答できなかった。

 この納刀はシムカに情けをかけられた結果だ。僕の望んだ形じゃない。


 スキル『契約』は発動できず、シムカとの間に縁が生まれなかったから僕は生かされているに過ぎない。


「ライハ、ありがとう。昨日は強く言ってごめん」


「別にいいけど。あたしも気をつけるからさ。ちゃんと言ってよ」


 ばつが悪そうに顔を背けるライハだったが、最後には微笑みかけてくれた。

 僕も、閃刀せんとう雷覇らいは』に対する苦手意識が少し薄れたような気がする。


「さて、ではハクアを取り戻す旅に出かけようか」


「あの、本当にいいんですか? 僕はシムカさんよりも弱いですよ」


「見込みがあるからのう。最後の格式奥義二連発は鬼気迫るものがあった。それに、わしの格式奥義を使えないのならそれでいい。敬称も不要じゃ」



 余談だが、僕は危険刀きけんとうを使用したことで反則負けとなり、今年の武刀祭ぶとうさいの優勝者はシムカになった。

 しかし、「興味ない」の一言で辞退し、僕が気絶させたあの大男が繰り上げ優勝という形で幕を閉じた。


 更に余談だが、彼は命に別状はないがしばらくベッドの上から動けないとのことで、横になった状態でチャンピオンベルトを巻いたらしい。


「おい、あの刀弾きって危険刀きけんとうの所有者なのかよ!?」


 という誰かの発言が広まり、そこからクッシーロ監獄襲撃の犯人ではないかという話にもなってしまい、帝都に属する兵士が駆けつけたのですぐに町を飛び出した。


 まだ手配書に名前を記載されていないのが奇跡だ。

 僕はまだまだ追われる立場から抜け出せないらしい。


 絢刀けんとう詩向しむか』、収集完了。

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