第18話

 僕には戦う才能がない。

 以前、旅の途中でセンスにきっぱりと言われた。


 当時はなんとも思わなかったけれど、今は悔しくて、悲しくて、そして痛い。


 脳天を突き抜ける衝撃と熱を帯びる頬。

 気づくと僕は地面に横たわっていた。


「なんだ、小僧! その程度か!? 腰の刀は飾りか!?」


 目の前にいた大男が足を動かしたと思った次の瞬間には僕は地面に膝をついていた。

 遅れて痛みがやってきて、殴られたのだと気づく。


 てっきり腰の刀を抜刀するものだと思っていた。

 この武刀祭ぶとうさいは殴ろうが、斬ろうがなんでもありのお祭りだ。

 死ななければ問題はない、と公式ルールに書いてあったことを思い出す。


「サヤ様!」


 コロシアムの外からヒワタの甲高い声が聞こえる。

 大の字に横たわったままで視線だけを向けると、大切そうに八本の鞘を抱きかかえながら不安そうな顔でこちらを見ていた。


 頭の中ではヴィオラとライハの声が「立ち上がれ!」と何度も催促してくる。


 そんなことを言われても立てる気がしないし、立つ気にもなれない。

 このまま降参でいいかも。


 仮に立ち上がったとしても、使用を禁止されている危険刀きけんとうを抜くことはできない。

 このままサンドバッグにされるくらいなら痛いのは一回だけで終わりにしたかった。


「お前みたいな弱っちい男にあの美女は見合わない。俺様によこせ。弱者は強者に従うのがこの世のルールだろ?」


 美女――ヒワタのことを言っているのか。


 僕が負ければ、またヒワタが不当に使われて悲しむかもしれない。

 そう思うと怒りが込み上げてきた。


「……ヴィオラ、ライハ、力を貸して。絶対に負けられなくなった」


 片膝に手をついて力を込めて立ち上がる。

 よろめく足を必死に留めて、左腰にある二本の刀の柄を撫でると二人が同時に応えてくれた。


「ほう。いい顔になったのう」


 響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』のおかげで周囲の些細な声も全て聞こえる。

 情報の取捨選択はヴィオラに任せ、雑音が排除されると大男の足音や筋肉の収縮する音だけが聞こえるようになった。

 次にどう動くのか、どこを狙ってくるのかが手に取るように分かるようになる。


「なんだ!? さっきと動きが全然違う。当たらねぇ!」


 動きを目で追う必要もなくなり、僕は体を少し動かすだけで相手の拳を避けられるようになっていた。

 しかし、避けるだけでは勝てない。


 防御はヴィオラに任せ、ライハには攻撃をになってもらうようにお願いする。


 雷を自在に操作することが可能なら、意図的に僕の体に電気を流すこともできるはずだ。

 右手に力を込めると指先から肩まで弱い電撃がはしり、細胞のひとつひとつが活性化していく音が聞こえた。


 大男の鉄拳を避けて、カウンターを放つ。

 驚くほどに速い一撃が彼の腹にめり込み、口から嫌な声が漏れた。


 渾身の一撃だったがまだ浅かったようで、よろけても倒れる気配はない。

 ライハに力加減の調整をお願いして、体勢を整え直して拳を握る。


 大男は腰の鞘から刀を抜いて構えていた。


「シュッ」


 勢いよく踏み込み、小さく息を吐いて拳を打ち出す。

 大男は刀で拳を受け止めようとしていたが、電気刺激で強化された僕の右ストレートは刀を砕き、あごに吸い込まれた。


 初めて人を殴った感触が拳から脳へと伝わってくる。

 ビリビリと拳が痛み、心拍数が速くなる。どれも心地よいものではなかった。


「……やった、のか?」


 大男が背中から倒れて動かなくなった瞬間、観客たちが大歓声を上げて僕の勝利が確定したのだと気づく。


 反則だと言われれば、言い訳できないと思うけど。


 こうして、僕は今年の武刀祭ぶとうさい参加者で最強の男の称号とシムカと会話するチャンスを得た。


 コロシアムから運び出される大男を見送ったシムカが拍手をしながら労いの言葉をかけてくれる。


「ヴィオラとライハとは良い関係を築いているようじゃな」


「そうだとよいのですが。……ライハ、少しやり過ぎだったよ」


 公衆の面前で擬刀化ぎとうかを解くわけにはいかないので、左腰に向かって少しだけ文句を言う。


「ふむ。貴殿はこの世界の住人にしては優しすぎるようじゃ」


 腕組みするシムカが目を細め、ニヤリと笑う。


「なにかトラウマでもあるのかのう?」

 

 図星だった。

 何も答えられずにいる僕はヒワタとシムカに手を引かれ、コロシアムをあとにする。

 次の挑戦者が並んでいたが全てを無視して宿屋へと向かった。


 借りた部屋に入ってすぐにヴィオラとライハが擬刀化ぎとうかを解いた。

 ヴィオラはシムカと話していたが、ライハは僕の方へズカズカと歩いてくる。


「さっきの戦い方には驚かされた。戦う才能はなくても戦い方を模索する才能はあるんだって見直したよ。だけどさっ! まだあのときのことを根に持ってるの?」


「そういうわけじゃないけど、あれはやり過ぎだよ。一歩間違えれば死んでた」


「絶対に負けられないって言ってた。それに一発殴ったあと『もっと強く』って思ったじゃん。だから調節したのに」


「それは、そうだけど……」


 不穏な空気が流れる室内でヴィオラがシムカに事情を説明してくれた。

 僕の経歴や【解呪かいじゅ砥石といし】のこと、これからのことを話し終えるとシムカと目が合った。


「なるほどのう。わしとしては刀の勇者とやらが所有しているハクアが無事であればそれでよい。姉はなにか言っておったか?」


「苦しいのじゃ、とだけ」


「そうか。許せんのう」


 単調な口調だが、シムカの発するオーラは威圧感が重くのしかかる。

 本当に姉想いの人のようだ。


「よければシムカさんも一緒に来てくれませんか?」


「わしもその右腰の鞘に納めようという魂胆か?」


「はい。僕は争いを無くすために、そして十刀姫じゅっとうきの呪いを解くためにヴィオラたちと旅を続けています。なので、シムカさんを使ってどこかに攻めるとか、そういう考えはありません」


「クッシーロ監獄の件は?」


「それはヒワタを助けるために行いました。あんなことになるなんて思っていなかったんです」


 ヒワタがフォローして、典獄てんごくの件を説明してくれた。


「居場所さえ分かれば、わし一人でもハクアを救えるかもしれんぞ?」


「勇者のスキルは強力です。もしも、シムカさんもセンスのスキル『隷属れいぞく』に捕らえられたら最悪の結末を迎えるかもしれません」


「なるほどな。それなら貴殿と『契約』した方がよいということか?」


「僕のスキルは万能ではないのでヒワタとは契約ができていません。シムカさんとも契約できる確率は五分五分です」


 目をつむり、しばし黙ったシムカがカッと目を開いた。


「明日、わしと戦え。わしとハクアを使いこなせる男か、見定めてやろう」


「そ、そんな!」


「無理か? やる前から諦めるのは関心せんが、わしはどちらでも構わぬ。一晩、ヴィオラたちと相談するがよい」


 シムカが部屋なら出て行ってから四人で話し合いの場を設ける。

 ヴィオラたちの意見は変わらず、「シムカは味方につけた方がよい」というものだった。

 僕もその意見には同意だ。

 あとは僕に勝てる見込みがあるかどうか、という問題である。


 今日と同様にヴィオラとライハのサポートを受けて僕が生身で戦うと決めたが、就寝の直前までライハはずっと不機嫌なままだった。

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