第七章 糸刀『繊那』
第29話
クシマは男性受けしやすいようでベラベラと話してくれる紳士には実の孫や娘のような態度で接していた。
しかし、知っていることを教えてくれない人や態度が気に入らない輩には容赦なく病気に
アイシャは一見すると清楚系黒髪美女なので男性受けは抜群なのだが、いざ話し始めると宗教勧誘になってしまい、各町で彼女を信仰する人が生まれてしまっている。
毎度、当然のようにハクアの情報は得られていない。
シムカは男性受けよりも女性受けが良く、王子様のような扱いを受けることが多かった。本人は姉にしか興味がないようで有力な情報を得られない限りは冷たい態度しか取らない。
それが一部の人にはたまらないらしいが、僕にはよく分からなかった。
「ありがと、おじ様! また一緒にご飯食べようねー」
天使のような笑顔で男性に手を振るクシマはその表情を崩すことなく僕たちの元に駆け寄り、僕の腕に自分の腕を絡ませてくる。
「ハクアじゃないけど、センナに似たような子がここで働いてるってさー。ねぇ、サヤちん、褒めて褒めてー」
「でかしたぞ、クシマ。ありがとう!」
他の
なぜなら、クシマの機嫌を損ねて二度も病気にされたくないからだ。
でも、探しているのはハクアであってセンナという子ではないのだけれど……。
「センナが働いてる? 本当かしら?」
「あらあら。失礼よ、ヴィオラちゃん。いくら天然ボケでも荷物運びくらいはできるわ」
ヒワタも大概失礼だと思う。
「荷物運びなんて無理じゃん。センナに向いているのは警備だって」
ライハも同調とはよっぽどだ。
そんなに腕の立つ子なのだろうか。
シムカのように
色々と想像力を働かせていると荷物が歩いてきた。
正確には前が見えないほど積んだ荷物を持つ人が歩いてきた。
腰から下を見る限りでは女の子だ。日焼けした健康的な素足が露出している。
腰には
「みんな、避けてあげて」
わざわざ僕が声をかけなくてもヴィオラたちは道路の左右に分かれて彼女を見守っていた。
「ふぅむ。相変わらず、性格の悪い娘たちじゃのう」
年齢不詳だが、最年長の雰囲気を
シムカの方を向いていた視線を戻すと女の子が平坦な道でつまずき、高く積まれた荷物が盛大に道端に散らばった。
「あーあ。横着しすぎなのよ」
「やーい、足元お留守女ー!」
ヴィオラが軽く
鼻先をさすりながら、「いててて」と唸っているだけだった。
「あらあら。大丈夫ですか、センナちゃん」
「う〜。転けちゃったでござるよ~」
ヒワタに支えられて立ち上がったのは機動性だけを追求したような服装の女の子で、胸にはサラシを巻いているのか白い布が見え隠れしていた。
「あれ、ワタ殿!? それにヴィオ殿にシマ殿まで! みんなが揃っているなんて何年ぶりでごさるか〜?」
ゆったりとした話し方の少女は膝についた土埃を払いながら、えへへと笑う。
「……可愛い」
ドスッと横腹にライハの肘がめり込んだ。
ヴィオラかと思ったが、意外なところからのツッコミにむせ返る。
「ま、分からなくもないけどね。でも鼻の下伸ばしすぎ。目線下すぎ」
「はい。気をつけます」
やはり女の子というものは男の視線に敏感なようだ。
ライハの一言で示し合わせたようにヴィオラたちがサッと胸元を隠す仕草をする。
「今更だよ? 君たちの寝相ひどいよ?」
シムカ以外は胸元を全開で寝ていることも多く、その度に目をつむりながら布団をかけるのは一苦労だ。
「センナ、大丈夫か!?」
そんな下らないやり取りをしていると、センナが向かっていた店の中から一人の男性が走ってきた。
「これくらい大丈夫でござるよ。それよりも大切な荷物が」
「いいんだよ。どうせ壊れ物じゃないし、それよりも怪我が無くて良かった」
青年というには歳を取っているが、壮年というには若すぎる男だ。
生まれながらの
男性は僕たちを無視しているのか、視界に入っていないのか、過保護なほどにセンナを気遣っている。
「えっと、はじめまして。サヤ=シリと申します。この子のことでお話をさせていただきたいのですが……」
「誰ですか、あなた。そんなに女の子を
盛大に誤解されているが、あながち嘘ではないので強く否定できない。
実にもどかしい気持ちになった。
センナはヴィオラたちの顔と僕の腰を交互に見て、意味深に頷いた。
「トウショウ殿、この御仁は悪い人ではないでござるよ。お仕事が終わったら、少し話を聞きたいでござる」
「まぁ、センナがそう言うなら」
渋々といった様子の男性に
「中身はなに?」
「鉄でござるよ」
思ったよりも箱が重くて聞いてみたら、納得のいく中身だった。
それを自分の身長よりも高く積み上げていたなんて信じられない。
僕なんて一箱を持つので精一杯だ。
手分けして鉄の入った箱を店に運び終える。
少しは僕に対する印象が変わったのか、男性の態度も柔らかくなった気がする。
店の中を見回してみると小さな店内には所狭しと農具が置かれていた。
「農具屋さんですか?」
「本当は刀鍛冶なんです。ですが、刀を打てないので今は農具ばかり造っています」
トウショウさんは壁に立てかけていた何の変哲もない刀を見せてくれた。
刀鍛冶という職業は儲かるらしい。
男女問わず帯刀している世の中なのだから当たり前だ。
ただ、腕が良ければの話である。
「奇遇ですね。僕は鞘を持っていますが、ほとんどの刀を扱えません」
この店には他に刀らしき物は一本も見当たらない。
そして、僕の腰にも今は刀がない。
お互い刀に関わっているのに、刀を身近に感じていないのは意外な共通点だった。
「いい店ですね。特にこの
「いい店なもんかよ。こいつは借りた金を返さないクズ野郎なんだよ」
音を立てて店の扉を開けたのは、見るからに悪いことをして稼いでそうな出立ちの男三人だった。
ズカズカと店内に入ってきて、センナたちを舐めるように見回す。
そして、慌てて応対したトウショウさんの肩を押しながら
「今日こそはきっちりと耳を揃えて払ってもらうからな」
「借りた分はもう返し終えたはずです」
「世の中には利子っつうもんがあるんだよ」
言い返してはいるが、腰が引けている。
トウショウさんを応援したい気持ちはあるが、金を借りていたとなると少し複雑だった。
どんな事情があろうとも金は借りるな、というのが父の教えだ。
だからこそ僕は路銀を稼いでいたのだ。
ヴィオラと出会ったばかりの頃を思い出しそうになり、全力で頭を振ったがもう手遅れだった。
盗んだお金で食っちゃ寝していたなぁ。
思わず頭を抱えたくなる衝動を抑えていると借金取りの一人がヴィオラたちを見て嫌らしく笑った。
「今日は女が多いじゃねぇかよ。一人くらい売って金を捻出するか?」
気分が一転してブチ切れそうになる。
喧嘩っ早い方ではないはずなのに、ヴィオラたちのことになるとこんなにも沸点が低いことに自分でも驚いた。
「この人たちはお客様です。巻き込まないでください」
「そうでござるよ。この前はこれで終わりって言っていたでござる!」
センナも加わって口論を続けているが、水掛け論な気がする。
結局、「金を払わないなら店を潰す」と脅して男たちは帰って行った。
僕としては拳を握り締め、プルプルと震えるセンナが何かよからぬことをしでかさないかだけが心配だった。
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