第26話

 僕はヴィオラたちとは別室に入られた。

 石造りで中央に椅子だけが置かれた冷たい部屋だ。

 指示通りに椅子に座るとお腹まで凍える気がした。


「では、勇者様にとってヒワタさんとは? お好きなように思い描いてください」


 姿は見えないがアイシャの声が室内に響く。

 これが愛の試練の始まりだった。



 正直、ヒワタを探すことになった大きな理由は僕の火傷痕を治してもらうためだった。実に不純だと思う。

 僕はヒワタを利用しようと考えていたんだ。

 それなのにヒワタを典獄てんごくの手から救い出し、処刑の道具にされる人生を終わらせると息巻いた。

 その結果、ヒワタから呪いを解きたいという言葉を聞かないままに旅に同行してもらっている。

 彼女の本心は分からない。

 確実に言えることは、彼女の悲しむ顔を見たくないと思った。それだけだ。

 ヒワタが色々と世話を焼いてくれていることには感謝している。しかし、だからといって愛しているとか、惚れているとかそういう感情はない。



「では、勇者様にとってライハさんとは? お好きなように思い描いてください」


 ライハはつるぎの勇者であるナガリに従わされていて、ヴィオラとヒワタが彼女が怒っている、悲しんでいると教えてくれたから助けたいと思った。

 それにライハの能力を使うことで新たな争いが生まれるのを阻止したいという気持ちもあった。

 ナガリを退しりぞけてライハと契約したときは彼女の殺意の強さに驚いて拒絶してしまった。

 力加減を間違えれば簡単に人を殺せる女の子だが、優しい一面も持っている。

 話して分かり合えたから、今ではライハの能力を有効に使えるように一緒に考えられるようになったんだ。

 恋とか愛じゃなく、友情が芽生えているというのが正しいだろう。



「では、勇者様にとってシムカさんとは? お好きなように思い描いてください」


 僕はシムカについて何も知らない。

 知っていることはハクアの妹で、あらゆる力を扱えるということだけだ。

 彼女が擬刀化ぎとうかの呪いを受けていることについて言及したことはない気がする。

 ただの気まぐれで一緒に居てくれているのだから、姉が見つかって取り戻すことができれば僕と一緒に居る理由はない。

 今は僕を鍛えてくれているが、それも詳しい理由は分からない。

 自分の鞘を持っている男が武刀祭ぶとうさいで無様な戦いを披露したことが許せなかったのかもしれない。

 とにかく、シムカに恋愛感情はない。

 師匠と弟子という関係が的確だろう。



「では、勇者様にとってクシマさんとは? お好きなように思い描いてください」


 クシマはライハと違った意味で苦手だ。

 苦手というか、本当に殺されかけたのは彼女が初めてだ。

 ライハと違い、ネジがぶっ飛んでいるクシマは機嫌を損ねると何をするか分からないから、少なからず怯えていたりする。

 とはいえ、彼女も元は普通の女の子で自分にかけられた呪いの力の使い道を模索したのだろう。

 その結果が苦しむ人を即死させるというやり方だった。それも今は亡き先生の教えで考えを改めたようだし、これからは無闇に人を刺すことはないだろう。

 まだ出会って間もないが一緒に居て苦痛ではなく、恩人である先生から頼まれたこともあり、これから先も上手くやっていけると信じている。

 クシマとの関係は叔父と親戚の子といったところだろうか。当然の如く、恋愛感情はない。



「では、勇者様にとってヴィオラさんとは? お好きなように思い描いてください」


 最後がヴィオラか。

 ヴィオラとアリサは僕の命の恩人だ。

 あの森でアリサと出会い、盗賊にやられそうになっていた所をヴィオラが助けてくれなければ僕は死んでいた。

 そういう意味でも情が移っていないと言えば嘘になる。

 命を救われたのだから彼女たちの願いである擬刀化ぎとうかの呪いを解くために【解呪かいじゅ砥石といし】を探す手伝いをする。

 危険刀きけんとうと呼ばれているヴィオラたちが普通の女の子になれば、争いが減るかもしれないとも思った。

 でも、それは僕の自己満足だということも分かっている。

 僕は『鞘の勇者』である理由が欲しいんだ。

 その為にヴィオラを利用しようとした。だから、僕以外に響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』を扱える人が現れないか不安だったんだ。

 これまで色々な町で多くの人と出会い、十刀姫じゅっとうきとも出会い、自分の気持ちに気づくことができた。

 だからこそ、ヴィオラにも恋愛感情は抱いてはいけない。

 離れたくはないし、寄り添いたいけど、適切な距離感を守らなければならない。

 だから、ヴィオラも愛していない。



「お疲れ様でした」


 アイシャの声が室内に反響し、明かりが灯る。

 光に慣れるまで目を細め、次第に目を開けられるようになると自分が入れられた部屋がどんな場所なのか理解した。


 壁も床も血痕まみれで乾いた血が固まっている。

 思わず立ち上がると座っていた椅子だけはやけに綺麗だった。


 ここで試練を受けた人は体内の血液が爆発して死んだのだ。

 そう直感して、背筋が凍る思いだった。


「どうぞ、ご退室ください」


 自動的に開いた扉の外に出ると陽の光が眩しくて、またしても目がくらんだ。


「数々のご無礼をお許しください。鞘の勇者様、あなた様こそ愛の伝導者です。私もその腰の鞘へお納めいただけないでしょうか」


 目の前には平伏するアイシャと巫女さん。

 それに何組いるのか分からない数のカップルが僕を拝んでいた。

 ヴィオラは不機嫌そうだったが、他の子たちは満足そうで僕一人だけが棒立ちしている。


「えっと……。それは、つまり合格ってことですか?」


「はい。あなた様は五人の刀姫から信頼を得ておられます。かつて二股以上をしていた殿方は必ず愛の試練で命を落としていました。しかし、あなた様は唯一、あの部屋から出てこられました。私もあなた様の愛をたまわりたいと存じます」


 命が助かった上に十刀姫じゅっとうきが仲間になってくれるのなら嬉しい限りだが、愛の伝導者はちょっとイタイ気がする。


「アイシャも自分の呪いを解きたいと思う?」


「あなた様の御心のままに」


 再びアイシャが頭を下げる。

 そんなことを言って、僕が勝手に呪いを解いても怒らないでくれよ。


 所有者である巫女さんが何も言ってこないということは僕はアイシャを納刀してしまって良いのだろう。


 地面に額をつけるアイシャに手を伸ばしたとき、一陣の風が吹いた。


「……え?」


 ドサッと音を立てて倒れる巫女さんに続き、カップルたちが悲鳴をあげる。


 とっさにアイシャを庇い、周囲を見回す。

 敵の姿はない。しかし、微かな足音が聞こえた。


 ヴィオラとライハがいれば追いつける。


 そう確信した僕はアイシャを放置して、二人の元へ駆け寄った。

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