最終話
どれくらい歩いただろうか。
両腰の鞘がガチャガチャと煩い。
その中に唯一、納まっている子は自分の足で歩く気がないから困ったものだ。
どこまでも続く砂に足を取られて転けてしまった拍子に空を見上げる。
この空の下のどこかにヴィオラたちがいるはずだ。
きっと普通の女の子に戻っている。そう信じて立ち上がったが、体力の限界だったのか、またしても転けてしまった。
そして、幻聴も聞こえる。「おい! あそこだ!」などという野太い声を最後に僕は意識を手放した。
◇ ◇ ◇
場所は変わって帝都にある王宮。
謁見の間では新皇帝となったトウショウさんが待ち構えていた。
「久しぶりですね、サヤ君」
「その服、似合っていますね」
「そうかな? ボクは作業着の方が好きなんだけどね」
豪奢な衣装に身を包むトウショウさんが立ち上がって手を差し出す。
「センナから聞いたよ。君は一人でこの世界を救ってくれたんだってね。ありがとう」
「みんなのおかげです。こうして生きていられるのもハクアのおかげですし。皇帝陛下……お兄さんは、その」
「いいんだ。君が兄の敵を打ってくれたからね」
トウショウさんは手を握り返す僕の左腰を見て、思い出したように声を上げた。
「この子の呪いも解くよ。執務室に来てくれ」
案内された部屋は到底、偉い人の執務室とは思えなかった。
壁にはありとあらゆる農具が立てかけられ、テーブルには設計図が広げられている。
「君の言った通りで僕は
墨を塗り込んだように真っ黒な砥石を取り出したトウショウさんが
躊躇うことなく左腰から抜いた刀を渡すとそれを砥石で研ぎ始めた。
【
彼は無自覚に勇者として覚醒していた。
「スキル発動」
まばゆい光に包まれた
「ハクア!」
「ありゃ? 人の姿に戻ったのかや」
「そうだよ。
「じゃ、おんぶしてくりゃれ」
役目を終えた、とでも言うように十本の鞘は消滅し、【
同時に鞘の勇者のスキルも
あとからトウショウさんに聞いた話だが、ヴィオラたちにかけられた呪いは
新たな火種を生みそうだから絶対に他言しないと互いに誓っている。
◇ ◇ ◇
恐らく十六歳を超えているであろう少女――もとい女性をおんぶして歩く僕は皇帝陛下の命令に従って、とある場所を目指している。
今回の功績を讃えて、皇帝陛下直属の護衛部隊を任せたいと言ってくれたが、丁重にお断りした。
僕はもう戦いたくない。
ヒワタやアイシャの分もまとめて罪を償うつもりだったが、僕は既に死亡したことになっているからお咎めなしでいいらしい。
僕の両親には見舞金として十分すぎる金額を払ったらしい。
その代わりに僕は両親と顔を合わせることを禁じられている。
帝都から随分と離れた田舎町の更に奥の土地に古びた洋館が建てられていた。
ここまでに至る道には草木が生え放題になっていたが、この館の周辺だけは整えられている。
綺麗に耕された畑ではあらゆる作物が育てられていた。
「重いなぁ。もう着いたから降りてくれないかな」
「失礼じゃ。わちは女子じゃぞ」
「それなら自分で歩いてよ」
後頭部を小突かれながら館の扉をノックしようとすると、自動的に扉が開いた。
「おっと」
反射的に一歩下がる。
「っ!」
小さな衝撃を受け、後ろによろめく。
背負っているハクアを落としそうになり、必死に踏ん張っていると背中の重みが消えた。
「ハクア!」
「お? シムカ、久しいのぅ」
シムカが重力を操ったわけではない。彼女がハクアを抱き上げただけだ。
「もう! 心配したんだから!」
「ごめんね、ヴィオラ」
拘束具のような服装ではなく、メイド服に身を包むヴィオラを抱き締め返す。
ぞろぞろと館の中から出てくる
「待っててくれたの? 自由に生きてよかったのに」
「自由にした結果です。サヤ様のおかげでわたくしたちは年をとることができるようになりました。ありがとうございます」
アリサも赤紫色のドレスではなくメイド服姿だった。
【
「ずっとあなたの隣にいてあげるって言ったでしょ」
「それは呪いを解くまでかと思っていたよ」
「……迷惑?」
「まさか」
不安顔のヴィオラをもう一度きつく抱き締める。
そんな僕に飛び乗るようにクシマとセンナが抱きついた。
ヒワタ、ライハ、アイシャ、スミワは早く中に入れと呆れ顔だ。
今はこの感動を噛み締めることにして、僕の新しい名前は後日考えるとしよう。
これからも人生は長い。
不老不死ではなくなったヴィオラたちと一緒に老いていけるなんて幸せなことじゃないか。
僕たちのスローライフはまだまだ始まったばかりだ。
刀を使えない無能として追放された僕ですが、最強の刀を納める鞘を持っています。 桜枕 @sakuramakura
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