第5話
気がつくと目の前には可愛い顔があった。
「うわあぁっ!?」
「気づいた?」
勢いよく体を起こすと自分が膝枕をされていたのだと気づいた。
恥ずかしさが込み上げ、頬から頭頂部まで熱を帯びていく。
これまでの人生でこんなにも可愛い子と過ごしたことはないし、膝枕なんてもってのほかだ。
「ここはさっきの森か。きみは、えっと」
「わたしは
「
間髪をいれず、頭の中に一つの情報が開示された。
奏でることに主眼を置いて創られ、"
強烈なストレスを与えることも、リラクゼーション効果を与えることも可能な刀。
精神を破壊し、死に至らしめる。
「なんて物騒なんだ」
「わたしの能力が見えるの?」
「うん。頭の中に浮かんできた」
ヴィオラは長い袖をパタパタと動かしながら跳ねていた。
「じゃあ、本当にあなたが鞘の勇者?」
「そうだよ。見ての通り十個の鞘を持っている」
散らばった鞘を拾い、ベルトに装着し直しながら答える。
このスキルは厄介なことに一度作成した鞘はそのまま残るらしい。
「やっぱりこの出会いは運命みたいね」
「どうして?」
「これまでわたしに相応しい人間に出会ったことがないわ。この世界の住人にはヴァイオリンの才能がないみたい。紛れもなくあなた専用の
「ヴァイオリンというと、遥か西の国で作成されたというあれか。実物を見たのも触れたのも初めてだ」
ヴィオラが頬を赤らめて体を揺らし始める。
「わたしと一緒ね」
僕よりも背が低く、幼い顔つきの少女に弄ばれてしまってはいけない。
咳払いを一つして話題を切り替える。
「それでヴィオラはなんで女の子になれるの?」
「それは違うわ。わたしは刀になれるの。わたし達はこれを
「じゃあ、今の姿が本当の姿なのか。でも、アリサと一緒に
「人の姿で生きるのも辛いものよ。何も感じない刀の方が楽なことだってあるわ」
彼女は一瞬だけ、かげのある表情を見せた。
「わたしとアリサは世間から離れて暮らしていたのだけど、ここ数ヶ月で他の
「それは僕たちのせいだ。僕の知り合いが
「そう。あなたは? 鞘だけを持っているの?」
「うん。僕は刀を扱えなかったんだ。それで無能と言われて追い出された。僕のほかにあと二人の勇者がいる」
「ふぅん。あの二人が素直に言うことを聞くとは思えないけど」
「スキルで支配しているのかもしれない。僕の持っているスキル『契約』とは違う気がする」
「良かった。痛いのは嫌いだから」
またしてもヴィオラの上目遣いにドキッとしてしまう。
煩悩を振り払うように、首を振って改めてヴィオラを見ると口元を緩めていた。
「他の人間に興味はないの。初めて出会った勇者があなたで良かった」
ヴィオラに支えられながら町を目指すことにしたが、先立つものがない。
不本意だが、僕が倒してしまった男たちの持ち物を盗み、売りさばいて一番安い宿屋に泊まることになった。
一目散にベッドへ倒れ込み、枕に顔をうずくめる。
「もう無理だ。寝る」
目を閉じると盗賊達の横たわる姿と白目をむいた顔が脳裏によぎる。
「っ!?」
飛び上がる僕を見て楽しそうに笑うヴィオラはそのまま布団の中に入り、優しく隣を叩いた。
「なんで人の姿なんだ!? 刀になるんじゃないの!?」
「せっかくのベッドだからね。たまにはこっちの姿で寝るのも悪くないわ。それに今のあなたを一人にはできないもの」
深呼吸をして心を落ち着かせてから布団の中に潜り込む。
かつてないほどにドキドキしている自覚はあるが、年齢はどうあれ彼女の見た目はいたいけな少女だ。それに今日出会ったばかりで間違いなど起こるはずがない。
何より僕の心の中はぐちゃぐちゃで気持ちの整理ができていない。
まどろみ中でヴィオラの呟きが聞こえる。
彼女は火傷痕の残る僕の手をさすったり、握ったりしてくれて不思議と安心した。
◇ ◇ ◇
翌朝。暑くて目を覚ますとやっぱりヴィオラが僕を抱き枕にしていた。
柔らかいものが腕に当たっている。
なるべく気にしないようにして起き上がろうと努めたが、拘束具の金具は全部外れていて大きく胸元が開いていた。
「見たいの?」
「……起きてたなら教えてよ」
「気持ち良さそうに寝ていたから。さて、大切な話をしましょうか」
服装を整えたヴィオラはベッドの上に正座して語り始めた。
僕はゼィニクから十本の
しかし、ヴィオラの話は大きく異なる。
「わたしたちは
当然のように争いの種となってしまったから、人として隠れたり、名も無い刀として誰かに使われたり、神器として奉られたりしたらしい。
ヴィオラはアリサの刀としてずっと一緒のときを過ごしたようだ。
「アリサではわたしを扱えなかったし、いくら探しても【
「僕にできるかな」
「なんだってできるわ。各地に散った姉妹たちを探して一緒に呪いを解いて欲しい」
「……『
今の姿を維持していれば誰もヴィオラを刀だとは思わないだろう。
しかし、彼女は人の姿で生きることは辛いと言った。
彼女の過去は分からないが、これ以上、彼女たちを悲しませたくないと強く思った。
「僕からもお願いするよ。一緒に旅をしてくれないかな?」
「わたしは拒否なんてしないわ。契約を結んだのだから責任を持ってわたしを鞘に納めなさい」
ヴィオラは握手の代わりに刀となって僕の手に乗る。
疑刀化した彼女を落とさないように持ち上げ、傷つけないように丁寧に
刀の
「これで元鞘ってな」
ベルトに鞘を取りつけて宿を出発する。
あと九本もとい九人の刀姫を探し出して、鞘に納めて呪いを解く。
それが『鞘の勇者』の役目だと信じて第一歩を踏み出した。
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