少年の選択

Phase 37 存在の否定

――友人を喪った時のことを晴気雪也は何年経っても覚えている。


 当時晴気雪也は傭兵として幾度も海外を転戦した。ある時加入した諜報部隊でソイツに出会った。頭の切れる男で相手側の思考を読み、裏をかくことで諜報作戦に大きな貢献をしていた。

 隊長や副官というわけではなかったが、部隊の者たちから一目置かれている妙なヤツだった。

「人たらしだよ、アイツは」

 誰かが笑いながら彼を評したことがあった。

 晴気もそうだと思った。敵に回したくないなと考える一方で、不思議と恐怖や嫌悪感は抱かなかった。その青年は日本人で、晴気と仲良くなるのに時間はさほどかからなかった。

 何度も作戦に参加していると、諜報活動がメインでも小さな見逃しやミスから荒事に発展することはゼロではない。そんな時、超人的とも言える身体能力を発揮した彼のおかげで、危機を乗り切ったことが度々あった。

「頼む……上には秘密にしてくれよ? 俺、実戦部隊は苦手なんだ」

 驚きよりも、困った顔を浮かべていることが場違いすぎておかしくて、誰かが笑い声を漏らした。

 晴気はもちろん部隊の全員が、その特異な能力について報告書などに記録することはなかった。

 みんな、彼と仕事することが心地よかったからだ。何か自分たちとは違うと勘づいていても、それは些細なことだった。

「俺はホントいい仲間に恵まれてるな」

 そう言って、彼は笑った。

 しかし、別れは唐突だった。

 クライアントが自国のために、日本が独占的に有している「魔法化学」の機密をどうしても欲しがったのだ。急遽確度の低い情報をもとに作戦が決行されたのだ。後から考えれば、罠だったのだろうと分かる。

 晴気が逃走ルートを確保に動いている隙に、部隊全員が殺されてしまったのだ。

 彼だけが首が切断されていて、殺意の高さがうかがえた。

 完全な死を迎えた友人の眠るように穏やかな表情は、美術品のようで脳裏に焼き付いている。


 一人だけ生き残ってしまった晴気は数年後、魔法化学士になる。

 そして、友人と同じ悩みや孤独を抱えた者たちだと知りながら、多くのクラプターを屠っていった。悲劇を元凶から根絶するための道のりだと信じて。


***


「……晴気、先生?」

「違うよ、日高玲くん。今の私は厳木きゅうらぎ六花りつか。人類とクラプターの共存を心から願う者だ」

 一瞬、大町班の全員が言葉を失った。

 晴気雪也が今回の首謀者だという理解を反射的に拒んだからだ。

 頭の中が真っ白になった玲は、何とか言葉を絞り出す。

「晴気先生が、クラプター? そんな……まさかっ!」

「落ち着いて。さっきも言った通り、私は人類とクラプターの懸け橋になりたいと考えているだけさ。クラプターではないよ」

 パニックから抜けきれない玲に晴気はいつものように諭す。

MaCHINZRマシンザーと敵対するわけだから、君たちが混乱するのも仕方ないかな。時間はあまりないけど、質問には答えるよ」

 朝日が一歩だけ前に出る。

「……さっき通話で龍造寺総司令が元凶と言ったのはどういう意味、ですか?」

 恩人の龍造寺を悪と断じられた朝日の声色には険があった。

「そこから話そうか。軽度クラプターは治療するという建前で研究所に連行されているだろう? 残念ながらそれは嘘なんだ」

 地下に繋がるエレベーターを晴気はちらりと見る。

 玲たちも本来はエレベーターで降りた先へ向かうはずだった。

「この下にある研究施設では軽度クラプターたちは拘束され、エネルギー発生源として利用されている。クラプターが有する高エネルギーを内包した《INイン粒子》目当てでね」

 クラプターを燃料や蓄電池のように使用するということだろうか。

 晴気によれば《INイン粒子》の特性として分子の運動エネルギーを吸収して生命エネルギーに変換し、蓄積するというのが研究で明らかになっているらしい。それが事実ならばクラプターを人ではなく、完全にモノ、資源として扱うということだ。

「総司令が……そんな荒唐無稽なことをするわけっ!」

 と朝日は説明の途中で反発する。

「尊敬する人物を悪く言われて、否定したい気持ちはよくわかる。けど、鬼丸さんたちも治療されたクラプターも治療中のクラプターも見たことはないでしょ? 今まで数えきれないほど拘束してきたはずなのにね」

「それは……」

 朝日だけではなく直樹も押し黙る。

「なら、クラプターになっちまった人間を戻す方法はないっつーのかよ!」

 すぐに切り返したのは雄一郎で、半ばやつ当たりめいたものだった。

 晴気は治療法が確立されたとは聞いた覚えがないと小さく頷く。

「けれど問題はないよ。クラプターを人と同様に扱えばいい、それだけで共に生きていくことはできる」

 晴気は教師が示す正解であるかのように答えた。

「んな、簡単にいくかよ……アンタだってクラプターを見てきたのならわかるだろ!」

「雄一郎の言う通りだ。クラプターの暴力性は人間社会が許容しきれるものではない。危険な強者ならなおさら排除する。晴気先生はMaCHINZRマシンザーの方針を問題視するが、人々がクラプターに同情するとは限らない。その逆だって大いにあり得る」

 直樹の指摘は玲の胸にずしりと響く。

 玲はこのクラプターを見分ける瞳のおかげで、人との距離ができてしまっていたからだ。

 集団の大多数と異なる存在――異物は、やはり無視されたり、排除されてその中には存在することはできない。差異があるという点がまず危険視される。社会、学校や職場、果ては家族までどんな共同体においても起きる反応かもしれない。

 直樹の考えを玲は否定することはできなかった。

「彼らは人類を凌駕している。その点で脅威とみなす人たちはいるだろうね。そして法を犯すクラプターも必ずいる。他者を傷つけたり尊厳を踏みにじるような行為は、何人なんぴとであれ許してはいけないんだ」

 そう続けると晴気は雄一郎の方に歩み寄った。

「大町くんは賛同してくれるんじゃないかな。君は友人を助けたいんだろう? 今のままじゃ対応は変わらないよ」

 雄一郎は身体を強張らせたが、イエスともノーとも言わなかった。石動を救いたい雄一郎には非常に答えづらい問いかけのはずだ。

「クラプターの存在を認めるところから始めるべきなんだよ。変質してしまったといっても人間。存在するだけで罰せられるなどあってはならないんだ」

 クラプターが元人間という事実に正面から向き合えば、晴気の主張を否定することさえ困難な気がする。

「クラプターを公表し、社会に認知させるのが目的……?」

 雄一郎たちに代わって朝日が疑問を口にした。

「一つはそうだね。クラプターを公表すれば世論は割れる」

 治安維持のためクラプターの隔離や拘束を求める層と今までのMaCHINZRマシンザーの対応を人殺しと非難する層だ。玲たちにも容易に想像がつく。

「その時、君たちはどうする?」

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