Phase 31 意志の力
「っ!」
クラプターはさほど戦闘慣れしていないのか、ワンテンポ遅れる。が、強い拳をぶつけている。クラプターの持つ怪力ゆえだ。
拳に剣を弾かれても朝日は受け流し、次の動作へとつなげすぐに切り返す。クラプターは受けた傷から流れ出た血液を使って赤黒い盾を作った。
玲と同じ人間の血だ。血液をそれだけ体外に出しても平然としているという点で、人とは大きく隔絶しているとも言えるが。
攻防が始まってからずっと打撃音がトンネル内に響いている。
クラプターの一撃が空を切り、小さな風を起こす。
「そっちが命を取りに来てるんだ……ヤられる覚悟もできてるってことだろッ!」
朝日は傷を負うようなミスはしてないが、攻撃を続けても有効なダメージを負わせることはできていない。
一方で、時間が経つにつれてクラプターの手数は徐々に増えていく。
「なんだよ、なんだよ。
クラプター特有の運動能力を発揮しつつあり、反応速度も上がっている。
「私たちをそんな風に軽く見てると痛い目に合うわよ?」
朝日の言葉に玲はハッとした。
同時に、制御不能な瞳と自分の不甲斐なさに怒りを覚える。
玲は深呼吸して、怒りを息とともに自分の外に吐き出そうとする。戦いの最中、怒りに身を任せてはいけないし、自暴自棄などもってのほかだ――晴気や直樹がくれたアドバイスを思い出す。
そして何よりも、時おり視界に映る朝日の戦う姿が、玲に今やるべきことを思い出させてくれた。
「先輩、大振りのが来ます!」
残念ながら、玲は危機察知装置のような役をこなすだけだ。朝日は瞬時に距離を取り、守りの構えを取る。
「つまらないよねー、そんな風にこっちの手の内をバラされちゃさぁ!」
やはり打撃が当たる直前、一層大きな黒い靄が溢れる。
クラプターの姿は視認できない。今は朝日の姿はかろうじて見えるが、敵との距離を詰めれば分からなくなる。
(黒い靄目がけて双剣を投げても大丈夫かな……でも)
任務を共にこなしていても、朝日と連携して敵を倒すといったケースはほとんどなかったのだ。朝日の実力を考慮すれば心配しすぎかもしれないが、敵対者と仲間の距離がはっきりせずフレンドリーファイアしかねない状況だ。
(早くこの状況を打開しないと……!)
強い喉の渇きを玲は感じていた。
鬼丸朝日はクラプターが繰り出す猛打を剣一本で防ぎ続けていた。
「くっ……」
一撃を食らうごとにじんわりとした痺れが朝日の手に残る。
(攻め手に欠ける……)
朝日自身もそうだが、チームとしての攻め手もだ。
玲は特殊な瞳を持ち、追加の特別訓練を受けているとはいえ魔法化学士候補になってまだ半年に満たない。戦闘での判断はまだまだ鈍いところがある。
(変なところで気を使うし! まあ「無理しないで」で私が言った手前……仕方ないけど)
黒い靄のせいで視界が時々遮られるらしく、攻撃が朝日に当たるのでは? と余計な心配をしているためだろう。朝日にも容易に想像できる。
だが、他方で朝日は別に
普段の大町班は前衛である雄一郎が敵を派手に蹴散らし相手の注意を引く。朝日が主に遊撃として動き、数を減らす。現在はサブ遊撃的なポジションの玲がクラプターの動きを把握し、攻守に渡って重要なポイントをチームに伝える。少し離れたところから俯瞰した視点で戦況を見定めた直樹が、援護射撃や隙を突いた最後の一撃を撃ち込む。
(それぞれの考え方や性格は全然違っても、任務は成功してたのよね)
朝日としては少々意外だが、バランスのいいチームだったのだ。けれど今はそのバランスが崩れている。
「はっ! やっ!」
このままでは勝ち筋が見えない――分かってはいるが、朝日は剣を振るうのをやめることはできない。
(あの時、大町先輩の判断を責めずに別の形で……話ができていたら)
今みたいに二人だけの不完全なチームでクラプターと戦わずに済んだだろうか?
「ふっ」
あまりにバカバカしい仮定に朝日は小さな笑いをこぼした。仮定した通りに話ができていても、いつかは似たようなことが起きていただろう。
朝日は自分という人間を少しは心得ている。
(失敗があったから、今気づくことができた)
朝日は剣の柄を強く握った。
「そんなほっそい剣で俺の盾が敗れるわけないんだよねー、ふふふ」
男は軽薄な笑いを浮かべる。
「インタビューと行こうか。こうして
男は
朝日は無視を決め込もうと思ったが、少しでも情報を得ようと質問を叩きつけた。
「お祭りに爆破予告をしたのはあなた? 目的は何?」
一瞬不愉快そうに顔を歪めるも、すぐにクラプターは笑みを顔面に張り付ける。
「感じ悪いなー。僕の質問に答えてよ」
「
「正義の味方っぽくて傲慢でしょうもない答え、どうもあり――がっ!?」
おどけてお辞儀をするクラプターの頭に双剣の一つが直撃した。
「先輩!」
玲の声よりも前に朝日は動いていた。朝日の放った一閃がもたげたクラプターの首にかかる。絶好のタイミングだ。
しかし、雄叫びがボリュームと反比例するように周囲の温度を急激に下げていく。
「ぐおおおおおおおおおおおっ!!」
朝日の剣は急速冷凍された大気中の水分とクラプターの血によって凍り付かされていた。
剣を手放し、朝日は瞬時に距離を取り新たな得物を生成する。朝日の手は軽度の凍傷の症状が出ている。
「……中度クラプターなだけはあるってことね」
「怪我は!?」
慌てて玲が尋ねてくる。
玲がどこまで意図していたかは分からないが、完全に不意をつけた。
(大町先輩だけじゃない、鍋島先輩も日高には遠慮するなって言ってたわね)
羨ましいくらいに特別な力を持っていても、相手は下級生だ。少しは頼れる先輩だと思ってもらわないと朝日も格好がつかない。
「大丈夫。それよりどんどん攻撃して。私はヘマなんてしないから」
玲が小さく頷くのが見えた。
これで多少は彼から不安を取り除けただろうか。
「くそが……邪魔されんのが一番嫌いなんだよ!」
クラプターの敵意は完全に玲に向いていた。玲も必死に氷の矢で射貫こうとしているが、ほとんど的外れなところに飛んでいた。クラプターは攻撃の時に黒い靄を発生させることが多いと玲から聞いていた。
クラプターは両手を組んで玲の頭に振り降ろそうとしている。
「後ろに思いっきり飛んで!」
玲が何とかギリギリで躱すと、地面は大きく陥没しひび割れが広がった。
「僕の力もなかなかじゃないか! はははっ、これなら神社で大暴れすればよかった! 全てのメディアで話題をジャックする大ニュースになってたのになぁ!」
朝日はクラプターの立ち上がりを叩くべく駆ける。
同時に無数の氷の矢がクラプターへと放たれる。高等部の生徒でもあれだけの連射は精神力を削られる。
クラプターの突進を交わすだけの余力が玲にあるだろうか?
朝日の腕に力が入る。
「そんな細い氷がクラプターに利かないことも、おバカさんな
一本も当たらない。けれど、玲は氷矢の射撃をやめなかった。
「さすがに鬱陶しいよ、次は夏の蚊みたいにペチャンコだ!」
クラプターは跳躍しようと脚を動かす。しかし――氷の矢の残骸が、その足元を固めていた。
「はっ、こんな氷で僕を止め――」
「十分よ」
目の前の存在が、多くの人たちに悲劇をもたらす。そんな未来を想像するだけで朝日の心に火が灯る。熱く熱く滾る少女の意志に応えるように大量の《
その淡い輝きはぶ厚い氷の盾を打ち砕き、クラプターの上半身を切り裂く。
「あ? あ…あ…なんだよ、これ? 血が、止まらない? うぎゃああああああああ―――――!!」
悲鳴は誰も訪れることのないトンネルに反響した。
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