Phase 30 祭りの賑やかさの裏で
祭囃子の笛や太鼓をたたく音が神社一帯を包み込む。
その場の熱気と開放感が高まっていく一方で、玲と朝日は気を張っていた。彼らの視線の先にはクラプターがいる。まだアクションを起こしていないが、爆破予告をした人物かもしれない。
玲たちは物影で自分たちが取るべき行動を模索していた。
警戒のために警察官が数名この神社付近に来ているのは確認しているが、対クラプターという点で安易に協力は頼めない。
「お祭りのスケジュールを確認したけれど、時間が経てばここに人が集まって来るわ……」
「境内で無効化して離脱ってなると、かなり難しそうですね」
朝日も玲の意見に頷いた。中高生である二人が、衆人環視の中いきなり人を攻撃、拘束したら注目を集めすぐにネットで拡散される。
「クラプターは一人でも決して油断はできない。失敗は許されないわ」
玲たちの失敗は大きな被害を誘発するかもしれないのだ。
「なら最優先は、あの人にこの場から離れてもらうことですかね?」
今もクラプターは何かを探しているようだが、のんびりしている暇は玲たちにはない。
効果的な手段はないかと玲は頭をひねる。漠然と浮かんできたのは遠距離からの攻撃だ。警告させ、行動させづらくなれば、一時的にでも神社での凶行を避けられるのではないか?
「具体的には氷の矢をかすらせるとか」
「……警戒以上に暴発する危険性もあるけど、人が増えてきたらこちらから手が出せなくなる。私は万が一に備えて、アイツを取り押さえられる位置まで移動する。慎重にね」
朝日は《
「え……僕でいいんですか?」
「位置をすぐ特定されるとマズいから別方向の威嚇も要るわ。でもメインは任せるから」
すっと朝日は離れていく。
玲は目視でクラプターとの距離を測る。
(ギリギリ狙えるかな?)
晴気との訓練時はミネルヴァスーツの補正なしだったことが、僅かながら玲の自信に繋がっていた。
玲は一拍おいて、周囲を確認し小さな氷の矢を放つ。
――ヒュン!
クラプターには当てずにだが、確実に視認できる位置を狙い続けた。玲が姿を隠すと、朝日も氷の矢を撃ってくれたようで、クラプターは振り返り周囲をうかがう。
玲はダメ押しと背後からもう一射。一連の行動が火に油を注がないかと、玲の心臓はドクンドクンと脈打っていたが、クラプターの男性は頭を掻くと、四方を警戒しながら階段の方に向かって走り出した。
玲もその後を追う。
神社を出てしばらくして朝日と合流したが、クラプターの追跡は続いている。
人気の少ないところに向かっているので、クラプターもすでに玲たちに気づいてやしないかと冷や冷やする。
「何か気づいたことは?」
「神社で横顔を見た時に分かったんですけど、あの人……例の配信者かもしれません」
「
朝日は訝し気に確認した。
「帽子かぶってますけど、たぶんそうです」
「なら……事件を起こして配信する計画だったのかしら?」
朝日の指摘は十分に考えられるものだ。政府や作戦司令部が事件を隠蔽しても、クラプターやその共感者たちのコミュニティではそれはクラプターの能力を恐れている傍証になり得るし、社会が抹消しようとするならばより内部の結束は強まる。
ただ、玲にはそれよりも重要なポイントがあった。
「その心配もありますけど、注意しないといけないのは実力です。中度クラプター級じゃないかと」
配信で彼の姿を見ていた時は黒い靄は出ていなかった。にもかかわらず、あの配信者自身がクラプターだったのだ。そのことを朝日に伝える。
「ある程度クラプター化が進行すると、黒い霧の放出を自分で制御できるかもって話よね?」
「はい。わざわざ放出を抑えている理由は分かりませんけど、何かあるのかもしれないですね」
玲はクラプターの姿をなんとか視界に捉えながら、思考を巡らせる。黒い靄の存在は玲にしか視認できないのだ。靄の放出を抑えることで力の温存や能力の向上などがあったりするのだろうか?
「一層の警戒が必要ね……」
朝日と玲は時おり身を隠しながらクラプターと一定の距離を保っているが、ほどなくして男が逃げ込んだのは炭鉱遺構トンネルだった。
炭鉱で栄えた街ゆえ遺構トンネルはいくつもある。一時期は埋められるなどして、封鎖されていたものがほとんどだったが、
しかし、それでも使われていない炭鉱遺構のトンネルは存在する。
ブレスレット型マジック・デバイスで玲はこのトンネルの情報を確認していた。簡易的だが、現在の内部構造の見取り図もあった。
調査はされたが、他の炭鉱から
玲たちはトンネルの入り口で立ち止まる。中は暗く、見通すことはできない。
「行きますか?」
「待って。その前にスーツ」
朝日はそう言って、ミネルヴァスーツを着用した。一瞬で硬質なマスクとボディスーツが彼女の身体を覆った。玲もそれに倣う。どうやら気が逸っていたようだ。
「行きましょう。作戦指令室には連絡を入れるわ」
二人は暗いトンネルに入っていく。夜でトンネル外も暗いが、外灯の灯かりなどで内部に比べれば十分に光源があり、中から侵入者の存在を察知しやすいはずだ。
玲は双剣を手に慎重に先導していく。
「? おかしいわね……」
不信がる朝日の声が玲の耳に届くが、玲にはさっぱり見当がつかない。
「あああああああぁぁあああぁぁっ!!」
玲が朝日を振り向くと、同時につんざくような叫ぶ声が反響した。
クラプターと思しき絶叫に片耳を塞ぎながら、玲は朝日に尋ねる。
「……どうしたんですか?」
「通信ができないのよ……通話はおろかメッセージも送れない」
玲もとっさに通信機能を確認しようとする。
が、朝日が動く。
「今は敵に集中して!」
暗闇ではっきりと見えたわけではないが、朝日は前方から迫る何かに一太刀を浴びせた。
「……ま、
「炭鉱遺構でも……電気は生きているから探して!」
朝日はクラプターの問いかけには答えず、指示を飛ばす。
「クソクソクソぉッ! なんで祭りにお前たちみたいのがいるんだよ!」
怒りの滲んだ男の声、朝日による剣が何かとぶつかり合う音が聞こえてくる。
フルフェイスマスクに内蔵された小型ライトを頼りに玲は、照明スイッチを探す。さきほど一度だけ見取り図を確認していたことも幸いして、それらしいスイッチを動かすに成功する。
「よし、それで」
一瞬で遺構トンネル内が明るくなるはずだ。
「……は?」
玲の視界は真っ暗なままだった。
「ありがと! これで戦える!」
声のほうを見ると、朝日が勢いよく相手に迫るのが暗闇の隙から見えた。今玲の目の前に広がっていたのは暗闇ではなく濃くて視界を遮るほどの黒い靄だった。
「やっぱり
何を言いたいのか半分も分からなかったが、極めて身勝手な言い分だった。
「僕を殺す気だろ!?」
死への恐怖を言葉にするたびにクラプターから漏れ出す黒い靄もどんどん増えていく。玲を完全に誤認させるほどだ。
「すごい靄で時々見えなくなります……ヤバいです!」
「冗談でしょ、こんなのが」
朝日の表情は分からないが、驚愕を少しは共有できたはずだ。
靄の濃さがクラプターの脅威度に比例しているのなら、難敵ということになる。
「僕のことを無視して……ゴチャゴチャとぉ! たった二人なら返り討ちにして――そうだ! お前たちをボロボロにした姿を撮影して告発に使ってやるよ、あははははははっ……!」
配信者のクラプターは笑い声を上げる。立ち込める黒い靄は実体を持ったかのようにはっきりと玲の瞳には見えている。
「もし相手が見えないなら、絶対無理はしないこと」
「……はい!」
威勢よく返事はしたものの、先輩の言いつけを守っていられるとは玲自身思っていなかった。意識的にせよ無意識的にせよ、視界を遮ることのある敵に対して何ができるのか、見極めの猶予はあまり残されていない。
(やれることが増えたと思ってたのに……こんなデメリットが)
玲は靄の先を見ようとおのずと力を入れていた。
朝日の下段から振り上げた剣が再び戦端を開く。
けれど、玲は黒い靄の中にいた。
せっかく他人に認めてもらえるようになったのに、今の自分がこんなにも不安定で不確かなものを土台にしていたなんて、玲は考えてもいなかった。いや、気づきつつも、考えないようにしていただけなのかもしれない。
晴気に特訓をつけてもらうようになり、足手まとい感を少しでも払拭したかった。だから、苦しくても続けるのは苦ではなかった。
大町班の三人やサポートしてくれる宮湖たちとこれからも一緒にいたくて――気軽に話ができる彼らとの関係性は他愛のないものだが、玲にとっては大切なものになっていた。
(一度知ってしまったから、もう忘れられないのに……)
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