第8話 前進した先に
Phase 29 進む掃討作戦
国立軍附属魔法化学士アカデミーから離れた郊外。
その周辺にあるショッピングモールは何年前に閉店したが、買い手がつき新装開店に向けた工事がおよそひと月前から始まっていた。
しかし、その実はクラプターの過激派の拠点として利用する計画が練られていた――との情報を得た作戦司令部は、複数の
クラプターたちもかなりの数がいたけれど、建物の構造から人員となるクラプターの進行度、脅威度を把握されていたとあっては、組織的な抵抗も長くは続かなかった。
客も店員もいないモール内で飛び交っていた怒号もすでに治まっている。
「想定より短い時間で制圧できましたね」
「情報が揃っていれば、万全な準備ができるからな。偶発的な対処法とはまるで違う」
行動しているのは、硬質なマスクと同系色のミネルヴァスーツを身に着けた者たちのみだ。
「こちらチーム・デルタ、作戦終了。軽度クラプターは全員拘束。情報通り中度クラプターは二名。一名は戦闘にて処置。非常用通路から逃走を図ったもう一方の中度クラプターも滞りなく処置は完了済み」
報告している
その横を《
「俺たちをどうするつもりだ!? 殺すなら今やれよ……!」
一人のクラプターが発した声に続くように――
「どうせクラプター化が進行すれば殺すくせに!」
「そうよ! 捕まって拷問されても、話すことなんかないんだから」
鎖を引いて先導していた
「軽度であるお前たちは殺さない。それが司令部の意向だ。治療を施し、魔法化学の発展に協力してもらう」
予想外の答えに驚いたのか、クラプターからの反論には間があった。
「だ、騙されるかっ!」
動揺がクラプターたちの表情に滲んでいる。
「なら勝手にそう思っておけ」
それだけ答えると、チーム・デルタの
「後処理のためのチームを残し、撤収する」
玲たちが七夕祭りでクラプターを発見した頃、作戦司令部が指揮する掃討作戦は各地で順調に結果を出していた。
アジトにしている校舎の屋上で大町雄一郎は寝そべりながら、夏の夜空を漫然と眺めていた。
「……ちっ」
石動たちを逃した、あの時の判断を雄一郎は後悔していない。「かつての」ではあるが仲間であった者を手にかけることは絶対にしたくなかったからだ。
仲間を守る。
それが雄一郎の自らに誓った生き方だ。
しかし凶悪なクラプターたちを放置すれば、妻や娘だけでなく今も雄一郎を慕う大町一派に危害が加えられる。その危険性に雄一郎も気づいている。
雄一郎は大きく息を吐いた。
すると、屋上の出入り口の重い扉が開く音がした。
「いつまでウダウダしているつもりだ?」
足音とともに現れた鍋島直樹は雄一郎を見下ろしながら続ける。
「司令部はどんどんクラプターの拠点を潰しているぞ」
「……だから何だってんだよ」
「貴様が殺そうが殺さまいが、石動が
雄一郎は即座に立ち上がり、直樹を睨み、近づく。
「だから……俺に仲間を殺せって? 舐めんじゃねぇ」
直樹は頭痛を堪えるように額に手を添えて、
「私に凄んでも、何もせずに不貞腐れているのと同じだぞ。雄一郎はあの連中を助けたいんじゃないのか?」
「当たり前だろうが!」
「なら、なぜチームを辞めた?」
「
「貴様、何様のつもりだ?」
直樹の言葉は雄一郎にとって高圧的に映った。
「ああん……? そりゃこっちの台詞だ」
「ならば、どうして石動を助けたいと私たちに相談しない?」
「んなの……」
雄一郎は唇を噛む。微かに血がにじむ。
「無理に決まっている、か? 確かに鬼丸は猛反対するかもしれないな。だが、日高はどうだ? 助けたいと頼めば協力したんじゃないか? チームとして動けば、捜索も可能だったはずだ」
「…………」
「本当に自分一人でどうにかできるとでも思っていたのか?」
歯を食いしばり、雄一郎は押し黙っていたが
「俺を殴れ……」
「甘えるな。自分の意志で行動しろ」
舌打ちをして、雄一郎はガシガシと頭を掻く。
「俺は石動たちを助けたい。力を貸してくれ」
雄一郎は頭を下げた。
「中度クラプターは処置が基本方針だが、例外を知っているだろう? あの少女とは同じではないが、アルカディア校の元生徒がクラプター化した例は効いたことがないな」
ガバっと頭を上げ、雄一郎は拳を握った。
「……それだっ! 龍造寺のおっさんや上の連中を説得できれば――まずは石動を例外として認めさせる。それしかねぇ!」
雄一郎の決断は一瞬だった。
「俺は事情も汲まずに中度クラプターを殺すことは許さねぇ。中度まで症状が進んだヤツでも、殺す以外の方法があるはずだ。研究の最先端を名乗ってんだから、それくらいやってもらわねぇとな!」
迷いが晴れた雄一郎はニヤリと笑う。直樹はすぐに切り返す。
「だが、凶悪な連中はどうする? 弁明を聞くのか?」
「そういう殺人や暴行はクラプター関係なく犯罪じゃねぇか。とりあえずぶん殴って止めるしかないだろ」
「止めるために殺すしかなくても、か?」
「……最後の手段だな」
渋い顔をする雄一郎に直樹はフッと力を抜き頷いた。
「これからどうする気だ? 復帰するのか?」
「ああ。めちゃくちゃダサいけどな。石動たちを止めるには力が必要だ」
「なら急いだほうがいい。石動確保の情報はないが、見つかったらついでに処置されるはずだ」
雄一郎は右拳を左手で受け止め、パンと音を鳴らす。
「よっしゃ、行くぞ。直樹」
雄一郎はドアを開き、階段を駆け下りていった。
「今からか。まったく、世話の焼けるやつだ」
ため息一つ漏らすと、直樹は屋上を後にした。
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