Phase 28 七夕に願いを
双葉との再会から数日後の八月六日。
タクシーの到着を待ちながら、玲と朝日はマジック・デバイスに届いた情報を改めて確認していた。
「ふざけてる……」
発せられた朝日の声は小さかったが、怒りが籠っていた。
大町町にある神社で行われる七夕祭りに対して爆破の犯行予告があった。その
情報を玲たちが掴んだのは当日の午後――いつものように自主活動に出かけた後だった。
「どうして
警察に任せるという対応にも朝日は立腹だ。
標的にされた神社はアルカディア本校にほど近い場所にある。
ここ数日は学校の周辺での活動を避けていたので、今すぐには戻れない。
「ひょっとしてメタトロンの穏健派からクラプターは関与が薄いと言われてたんですかね?」
予告があったのはSNS上でのことらしいが、以前話題になった
「だとしても、クラプターである可能性を排除するなんてあり得ない。信用しすぎよ」
すでに警察の現場検証は終えていて、爆発物等は見つかっていない。
「爆破予告は狂言の線が濃厚ってことでしょうね」
「タロースや警察が犯人の身元を掴んでるかもしれないわ……」
推測が正しければ、適切な対処が行われていると見るべきで、それ故
一般論ではあるが、このような爆破予告は愉快犯である確率が非常に高いという。
「それでも行くんですよね? 神社」
「当然。そのために活動してるんだから」
夕方になり、強い日差しはなくなったが、体感温度は高いままだ。
神社の参道と交差する通りには屋台が並んでいて、徐々に人が集まってきていた。祭り特有の音色と雰囲気が形成されていく。
玲と朝日はゆっくりした歩調で周囲を見回っている。時おり浴衣を着た人たちともすれ違う。
人混みにまぎれた爆破予告犯もしくはクラプターがいないか警戒していた玲だったが、金魚すくいにりんご飴、たこ焼きにチョコバナナ――さまざまな屋台に目を奪われていた。祭りを楽しんだという記憶があまりないせいかもしれない。
「食べ歩きも祭りの楽しみ方の一つだよ~」
わたあめを販売している若い女性が声をかけてくる。
「そこのお二人さん、おひとついかが? カップルなら安くしとくよ~」
「カップル? 違います」
朝日はぴしゃりと否定する。けれど店主も全く怯まない。
「そうなの? まあ何でもいいや。お祭りの思い出のお供にどう?」
何でもいいのか……と思いながらも、玲はせっかくだしと買うことにした。
「一つお願いします」
「お、彼氏くんナイス判断~!」
電子マネーのやり取りをしようと玲はマジック・デバイスに触れる。
「待って待って。うちは現金払いだよ~」
「え?」
「お祭りの昔ながらの雰囲気も味わってほしくて。レア体験ってやつ?」
財布を探し出した玲は硬貨を取り出す。
「いつ……現金使ったか覚えてないですね」
ネットワークの不具合などに備えて少額だけ持ち歩いているが、使用機会はほぼない。
「でしょ~。五百円ちょうどいただきましたぁ」
そして、女性店主はウインクしながらわたあめを渡してくる。
「頑張るんだぞ、彼氏くん♪」
玲は誤解が解ける気がせず、そのままわたあめを手に取った。
玲は一つまみ食べる。甘みが口に広がり溶けていく。
「先輩もどうぞ」
玲はわたあめを差し出す。朝日はボソリと言う。
「誤解されるじゃないの……」
「う……そこはスルーでお願いします。美味しいですよ」
朝日もわたあめを睨むのをやめ、つまんで口に運ぶ。
「ん……お砂糖ね」
当たり前のことを言う朝日だが、少しだけ表情が緩む。
玲はわたあめ片手に再び歩き出す。
「遠慮しないでいいですからね」
迷っていた指先をわたあめに伸ばし、朝日は尋ねる。
「それで、黒い霧は?」
「今のところは。もし見つけたらちゃんと伝えますよ」
八幡宮に着いてから、玲はこの質問を何度も受けている。朝日には祭りを楽しむという意識はほとんどないのだろう。大町班として行動する時と同じだ。
緊張感が玲にも伝わってくる。今の朝日は張りつめ過ぎていて、玲はちょっと心配になる。
二人は参道を進み、階段手前までやってくる。
「クラプターが潜んでいるとは限りませんし、もう少し気楽に行きましょうよ。僕もしっかり見てますから」
そもそもクラプターか否かを判断できるのは玲だけなのだから、朝日はそこまで気を張らなくていい。
「ダメよ、いつ何を仕掛けてくるか分からないもの。たとえクラプターじゃなくても許せないわ」
朝日は厳しい態度で爆破予告犯に対処するつもりだ。玲の思考を上回っている。
「く、クソ真面目過ぎる……」
玲は思わず呟いた。
一人で頑張り過ぎずチームや仲間を頼ってくれてもいいのだが、そのチームが活動停止中だ。
(せめて僕をもう少し信頼してくれたらなぁ)
玲がわたあめを口に入れると、不意に冷たい声が耳に届いた。
「別に……じゃない」
朝日の声とは思えなかったが、間違えなく彼女のもので――
「好きで真面目になったんじゃない……これくらいしか、私には……!」
決して大きい声ではないけれど、それは叫び声だった。玲は一瞬で味が分からなくなる。
「言われなくても分かってる! でも……真面目に頑張るくらいしか、私にはできないの……っ!」
玲は失言を後悔した。懸命に言葉を探す。
「在学生チームにも選ばれてますし、充分すごいと思います」
朝日に助けられた時の光景がふと玲の脳裏に甦る。卑下しないでほしかった。しかし、
「私なんてまだまだよ……」
「これ以上……先輩は何を目指すんですか?」
正規の
「負けたくないの……」
誰に? とは聞かず、玲は待つ。
「あの子は……私より優秀で、可愛げもあって。きっと龍造寺理事長も……私じゃなくて」
徐々に声は聞き取りづらくなっていく。
けれど朝日が誰かにコンプレックスな感情を抱いているのだろうことだけは玲にも想像できた。こんな時にかける言葉が見つからない。
「だから、私は……」
周囲からの好奇な視線に朝日は一度口をつぐんで、
「ごめんなさい、今のは忘れて……邪魔になってるわ、行きましょう」
境内へと続く階段も永遠ではない。
(いつも通りに喋ればいい。それだけなんだけど……)
玲は階段を昇っていく朝日の後ろをついていく。気まずさから玲は話しかけられずにいた。
「……ここのお祭りには来たことある?」
玲は顔を上げた。
「いえ、初めてです」
「なら、ここの竹灯篭見ていくといいわ」
朝日は階段の端に飾られた竹灯篭をちらりと見ていた。
「私、昔家族と来たことがあるの。その時は妹と浴衣を着て……短冊に願い事を書いたりして」
「へぇ」
「あと、灯篭に願い事を書いてあるモノもあった気がする」
幸せを思い出すような顔をする朝日はどことなく幼さがあった。大切な思い出の場所なのかもしれない。
「竹灯篭に明かりが灯ると、本当に綺麗なのよ」
「楽しみです。短冊を飾るのは今からだと難しいですかね?」
「どうかしら? 神社の人に聞いてみないと」
もしまだ間に合うとしたら、今の自分は何を願うだろう。
「先輩は何をお願いしますか?」
「色々あるけど、どれも違う気もするから私は書けないわ。あなたが書いて」
「……何か考えます」
「自分で言い出したのに、何もないの?」
もっともな意見に玲は反論できなかった。
ようやく九七段ある階段を上り切ると、社殿の姿が玲の目に入った。
神聖な空気よりも人々が集まる賑やかな雰囲気に満ちている。玲が朝日に話しかけようとした瞬間、不穏な影が横切った。
「っ!」
玲は思わず揺らめく黒い霧のほうに顔を向ける。
若い男性が境内をキョロキョロ見ていた。興味深そうに何かを探している。
「……もしかして、いるの?」
玲はクラプターの男から視線を逸らさずに頷き、玲は生唾を飲む。
「間違いないです」
男は人を避け、奥の方へと歩き始める。
「絶対見失わないで」
「もちろんです」
玲は先行して慎重に男の後を追う。
――
背中に朝日の存在を感じながら、玲は強く強く思った。
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