Phase 27 意外な再会
玲はイメージすると同時に双剣を構える。
《
双剣という武器はすっかり玲の手に馴染んでいた。
実戦だけでマスターしたわけではなく、晴気との訓練のおかげだ。
「うん。いい手際だね」
室内訓練場に晴気雪也の声が通る。
広い空間に晴気と玲の二人だけだ。それぞれ訓練用のスポーツウェアを着用している。晴気は長めの髪をヘアバンドで留めている。
「練習再開だ。今度は炎と氷、ランダムで行くよ。しっかり防いで」
晴気は炎が宿っている右拳を勢いよく振り抜く。
飛んできたハンドボールくらいの火球を双剣で受け止めると、玲は押し返すように双剣を払う。
「はっ!」
炎は分裂し、消火される。炎は時間をかけると熱で苦しくなる。ミネルヴァスーツを身に付けていない今は迷っている暇はない。息をつく間もなく、氷の矢が複数飛んでくる。
玲は双剣を手放し、両手を突き出し氷の盾を頭に浮かべる。手の周囲を中心に氷が張っていき、瞬時に厚みを増していく。
氷矢が当たる衝撃が空気を伝わり、玲は痺れを感じる。
「うんうん、《
晴気は楽しそうに矢を打ち込んでくる。
最初に玲が視認した矢の数を越えても、次々とやってくる攻撃に堪えていると氷の盾が薄くなり、周囲の温度は上がっている。
目の前がオレンジ色に明るくなる。
「え……ちょっ!?」
玲は倒れ込むように斜め前に飛ぶ。
炎は氷を完全に溶かし、壁にぶつかって消える。先ほどよりも大きな火球で、ここが訓練用で特別に加工された部屋でなければ、火事は避けられなかっただろう。
(氷盾を維持するのに集中していたら、これだよ……)
「どこに避けたら、より安全かちゃんと気づいたね」
パチパチパチと拍手しながら、晴気が倒れた玲に近づいてくる。
「玲くんの集中力は素晴らしいけど、戦闘中は一つのことに囚われていたらダメだよ?」
晴気は玲に手を差し伸べる。
「……はい」
晴気の手を掴み、玲は立ち上がった。
「以前クラプターとの共存できたら、なんて話をしていたけれど戦闘中優先すべきは自分。次に仲間の命だからね」
玲はしっかりと頷く。
訓練のたびに晴気は「もしもの時は躊躇するな」と教えてくれる。戦闘においてきっと何よりも大事な指針なのだろう。何度かクラプターと交戦したが、玲はまだクラプターにトドメを刺したことはない。
捕縛を目的としている場合や大町班の仲間が最後の一撃を決めることが多いためだ。だが、いつかはその時が来ると玲自身も理解している。
「共存の可能性を考える
「できるだけ頑張ります」
あの時は深く考えていたわけではない。悪くないと考えているが、まだ大町班にもはっきりと伝えたことはない。
「実技の腕はすでに中等部レベルを優に超えているから、この調子で頑張って。期待してるよ」
「……ありがとうございます! 晴気先生のおかげも大きいと思います」
「ふふふ、教師冥利に尽きるね」
ここの生徒になると決まった時の不安はもうない。数か月で変わるものだと玲は我が事ながら実感している。初めは戦うことにすら躊躇があったのに。
「それじゃ今日はここまでにしよう。長時間の戦闘訓練は怪我のもとだ」
短時間で終われない戦いは負ける危険度が高くなるというのは晴気の持論らしく、特訓はいつも一時間以内に終わる。
「今日も鬼丸くんと約束があるんだろう?」
「え?」
用事があるとは言ったが、朝日ととは一言も言っていない。
「最近よく出かけているからね。まあ夏休みだ。節度を守ってくれたらいいよ」
晴気はそう言うと、職員用の準備室の方へ足を向けた。
(宮湖さんや他の先生も気づいてたりするのかな)
緊張を解くように一度大きく深呼吸すると、玲は反対方向にあるシャワー室へと急いだ。
「晴気先生が?」
「一緒に行動してるのには気づいてるみたいで」
玲は駅前のカフェで待っていた朝日に先ほどのことを伝える。
「特訓にかこつけて、どんな作戦が進行してるか探りを入れてほしかったけど、やめたほうが無難ね」
「余計なこと聞いたら絶対バレますよ」
朝日とのクラプター警戒活動は規則違反だ。ここ数日は街を歩いてみたが、
「近くにいればあなたのソレで分かるけれど」
朝日は目尻あたりに触れながら、自分の右目を指さす。
「どこにいるかって情報がないと、ちっとも遭遇しませんね」
「作戦指令室やタロースのサポートがどれだけ重要か再認識したわ」
「どうしましょうか? これから」
自己満足のために街をうろつくには少し危険な季節だ。玲としては彼女が納得するなら止めてしまってもいい。朝日も答えが出ずに頭を悩ませている。
「あら、日高くんと鬼丸さん?」
二人の間に沈黙が訪れる前に第三者の声が聞こえてきた。
「
声をかけてきたのは東京校の
「奇遇ね。まあ、本校の近くだし会うこともあるか」
「どうして佐賀に?」
「夏季特別研修。在学生チームに入ったおかげで申請が通ったの」
そんなものがあるとは玲は知らなかった。
「本校の生徒にはあまり知られていない制度かも。交流の機会があるわけでもないし」
「しばらくはこっちにいるんですか? あ、どうぞ座ってください」
朝日は少し横にずれて、双葉の座るスペースを空ける。
「研修も講義が休校になる時があるから長引きそう。例の作戦が進行中で現場に出ないけど、サポートすることになってるから。あなたたちはやっぱり現場に?」
朝日が渋い顔をすると、双葉は首を傾げる。朝日は大町班の現状と、自主活動について告げた。
「少し作戦の情報を教えてもらえないでしょうか?」
双葉は水をかけられた猫のような顔をしている。驚いたのは彼女だけではない。
「先輩!?」
「ダメで元々よ」
「それで……私が情報を漏らすとでも?」
双葉は厳しい視線を朝日に向ける。
「私は穏健派と呼ばれている連中を完全に信用するわけにはいかないと考えています。だから自分がやってることは無意味だとは思いません。褒められることじゃなくても」
朝日は毅然と自分の意見を述べていく。
「鬼丸さんの言い分も分からなくはないけど」
「ただの備えです。作戦が展開されないだろう区域とか……何でもいいんです。どうにかなりませんか?」
玲はすかさず朝日のフォローに回る。
「何も起きなければ街をブラブラしてるだけですし、そうなる可能性の方が全然高いんじゃないか、と」
双葉は少しの間無言のまま額に手を当てて、
「何も知らない市民のためを思えば……ね。その代わり情報源は秘匿してよね」
「ありがとうございます!」
朝日と玲の声が重なった。朝日は小さくガッツポーズを取っている。双葉はジト目で二人を見る。
「無茶苦茶するのは鍋島直樹だけじゃないのね……あなたたちも良いコンビよ」
飲み物の到着を待って、双葉は持っている情報の一部を教えてくれた。
「
玲は初耳となる人名を鸚鵡返しした。
「あちらさんのまとめ役らしいわ。今回の協力は過激派掃討にかなり有益みたい」
未然にテロを防いだ可能性がいくつもあるそうだ。
以降の情報交換についてもデバイスを介さず対面で行うということになった。
「えっと、私からもお願いなんだけど……鍋島直樹に近いうちに時間取れないか聞いてくれない?」
「それくらいお安い御用です」
「ふふん、私の成長を見せつけてやるんだから」
双葉の前向きな姿勢に感心しつつ、玲は快く承諾した。
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