Phase 26 ただの夏休みの一日

 旧市街地の大きな繁華街の一角にある「レトロゲームセンター」。この店が今、密かにブームになっているようで、平日でも店内に客の姿が目に付く。玲たちと同世代だけでなく、やや年配と思われる人たちもいる。

 クレーンゲーム、ダーツやビリヤードなどが楽しめるアミューズメント空間になっている。そして――

 玲は今、松原武史まつばらたけしとエアホッケーに興じていた。

「隙ありっ!」

 玲は握ったプラスチック製のスマッシャーで白いパックを思い切り叩き返す。

 武史が打ち返そうとするも掠りもせず、白いパックはゴールに吸い込まれていった。

「マジかよ……こんなはずじゃ」

 接戦だったが、玲に軍配が上がった。

 ミネルヴァスーツを着ているわけではないのだが、玲は以前より自分の反射神経が良くなっているように感じていた。

「もっかい! もう一回やろうぜ日高!」

「遠慮しておくよ。ちょっと疲れちゃったし」

「なら後でな! 首洗って待っとけー」

 エアホッケーの何が武史を熱くさせるのかは謎だけれど、遊びに誘ってくれてすごく嬉しかった。気兼ねなく遊んだ記憶は、黒い霧が見えるようになって以来ほとんど覚えていない。

 玲はベンチに座ると、嬉野千結うれしのちゆが隣にちょこんと腰かけた。

「急だったのに来てくれてありがと」

「今日って嬉野さんの発案?」

「うん。魔法化学士カリキュラムってみっちり詰まってて、遊びに行く時間ってないでしょ?」

「予習復習、あと自主練とか色々あるもんね……」

 一般的なカリキュラムだけではなく魔法化学士の授業も加わるので、部活動などに時間を割く生徒は皆無に等しい。さらに玲はMaCHINZRマシンザーでの実戦に向けて、晴気との訓練もこなしている。

 そのため、玲は現在進行形で学業に関してはかなり苦労している。

「夏くらいは遊びたいって女子の間で盛り上がっちゃって、いつの間にか男子も呼ぶ? って話になった感じ。ただ、近場で男子も楽しめそうなところがあまり思いつかなくて」

「いやいや、みんなちゃんと楽しんでると思うよ。少なくとも僕は」

 申し訳なさそうな千結に玲は素直な感想を返した。

 マジック・デバイスを用いた仮想空間での遊びもたくさん存在するし刺激的だが、こういうのも悪くない。初体験のビリヤードも決してうまくはないが、やってみると楽しかった。

「なら、良かったー」

 千結は胸をなでおろすと、質問を投げかけてくる。

「日高くんは夏休みどうしてる? 実家に帰ったりしないの?」

「……うん。今のところ帰るつもりはないかな。まだまだみんなについていけてない部分もあるから、時間がある時に晴気先生が見てくれるんだ」

 嘘はつかなかったが、玲は胸の内を吐露しなかった。

 怖いのだ。

 魔法化学士として頑張れという両親からの伝言はもらっている。けれど、思ってしまう――実のところ体よく追い払われただけなのでは? と。

 父や母との関係は変わらないだろうと半ば諦めているものの、決定打を先送りしている。

 それならば、今は自分ができること、役目に没頭していた方がマシだ。

「むー。それはちょっとズルいかも」

「そう……?」

「だって、晴気先生は実戦派の魔法化学士ですごく有名なんだよ? そんな人に個人レッスンしてもらってるんだし」

 改めて言われると、そうかもしれない。

「もし、日高くんがマジカルアーツとか《OoLウール粒子》の扱い方が上手になったら教えてもらおうかな~♪」

 ちょっと冗談めかした口調で千結が微笑む。

「うーん、教えられるほど上達したら、ね」

 一流講師の個人レッスンの価値が分からないほど玲も魔法化学という分野にもう疎くはない。日本に圧倒的なアドバンテージがある《OoLウール粒子》や《INイン粒子》を用いた技術を習得し、活かしていきたいと考える人間は山ほどいる。

「やったぁ! 約束だよー」

 立ち上がり、千結はニコリと笑顔を向けてくる。

 彼女の喜びように玲は返答を間違ったと少し後悔した。

(夏休み明けの僕、頑張れ……)

 そんな約束を交わした頃、クラスメートたちが集まってきた。皆少し飽きてきたようだ。

 武史の再戦要求をやんわりと断り、いくつか他の遊戯で遊んだあとで、玲たちは併設されたカラオケエリアへ移動することになった。

(あれって……どう見ても) 

 入り口付近にいる私服姿の鬼丸朝日を目撃した。動きやすそうなカジュアルな装いだった。

 だが、誰かと一緒に来ている様子でもなく何か遊戯を楽しむわけでもない。最初は人と待ち合わせでもしているのかと玲は思ったが、朝日は厳しい視線で周囲を見ている。

(まさかとは思うけど……クラプターを探してる?)

 しかし、玲は確信している。

 どんなに目を皿のようにしても、朝日が目標と遭遇することはない。

「おーい、日高。早く来いよー?」

 武史の催促の声に玲はすぐに謝罪した。 

「ごめん。ちょっと家族から連絡があったから帰るよ」

「は!? あー……でも、しゃーないか」

「また遊び行く時は誘ってよ」

「おう、その時は絶対再戦な!」

 他の同級生たちにも伝えてもらい、彼らがカラオケエリアへ行くのを見届けると急いで朝日を追った。


 玲の探し物はクレーンゲームコーナーで見つかった。

「先輩……何してるんですか?」

「あなたと同じよ。ただ、遊んでるだけ……」

 朝日は顔をそらしながら言うと、目の前にあったクレーンゲームにマジック・デバイスでアクセスし起動させた。

「…………」

 狙いを定めていないのがはっきりわかるくらい適当なところで朝日はクレーン機のボタンを放す。

「思ったより難しいのね」

 こちらを向いた朝日に玲は一歩近づき、小声で尋ねる。

「軍規違反……じゃないですよね?」

「そんなこと、するわけ、ないでしょ……」

 フラフラと視線を泳がせる朝日から玲は目を離さない。

「ここにはいないからいいですけど、もしもの時はどうする気だったんですか?」

「やっぱりね……」

「やっぱりはこっちの台詞ですよ」

 朝日は自白したことに気づいて、気まずそうにこちらを窺う。

「ちょっとしたパトロールっていうか、発見したら報告するだけだし、実際に戦う気もないし……?」

 朝日は拗ねた子供のように唇を少し尖らせていた。

「…………」

 子供っぽい朝日の仕草に玲は一瞬惚けていた。凛とした表情でも気を張った表情でもない。朝日のこんなに警戒心が薄い顔つきは玲も初めてだったから。

「ぅ……呆れられても仕方ないことを言った自覚はあるけど、その……変なものを見るような視線はやめてくれる?」

 朝日は気恥ずかしそうに少しうつむている。

「別に呆れたわけじゃ」

「ならいいけど」

 観念したのか、朝日は白状するように続けた。

「学校からのサポート情報がないと見つけるのは無理だって、昨日今日で思い知ったわ……」

 この炎天下の中、街中をずっと歩き回っていたのかもしれない。

 見つける手段もないのに、それでもジッとしていられない。そこが朝日のダメなところでもあり良いところなんじゃないかと玲が考えていると、急に朝日と視線がぶつかった。

「だから、力を貸してほしい」

 さすがにこの切り返しに玲もたじろぐ。

「絶対怒られますよ……」

「できるだけ戦わないつもり。報告して動いてもらうだけ。今の私は作戦に参加もできない。でも、役に立ちたいの。クラプターから人々を助けられるように。――魔法化学士としてのあなたの力が、どうしても必要なの。お願い……!」

 玲は真摯な頼み事を即座に拒否することはできなかった。そのまま玲は瞳を閉じて瞼に触れる。朝日が言うように、玲が必要とされているのはこの瞳のおかげだ。

 彼女が玲に求めている能力はこの学園に入って初めて活かすことができた。他者を遠ざけていた瞳が役に立って、驚きや困惑よりも喜びが徐々に大きくなっていったのをよく覚えている。

 朝日に助けられたあの日、玲を取り巻く環境は激変した。

 互いの「役に立ちたい」という気持ちは同じでなくとも、勝手に共感してしまう。

「わかりました。手伝います」

「いい……の?」

 朝日の顔がパァっと明るくなる。だが、先手を取るため、玲なりに釘をさしておく。

「目立たない程度ならですけど」

 大っぴらにはできないし、何時間も寮を空け続けるのも避けたほうが良いだろう。

「ありがとう。それで充分」

「どうせ断っても、先輩今日みたいに続けるでしょう?」

「そうと決まったら、活動方針とスケジュールを決めないと。寮に戻って作戦会議ね」

 朝日は笑顔でスルーして、出口に向かって歩き出す。玲もカラオケエリアのほうを振り向くことなく、ついていく。

 店外はまだ強い日差しが照り付けていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る