第7話 空転する夏

Phase 25 ガラ空きになったスケジュール

「本当に私たちを参加させないつもりなんですか!?」

 鬼丸朝日の声が人気のない廊下に響く。朝日の隣に立っていた日高玲はビクリと身体を震わせた。

「もう……わがまま言わないの。本当は分かってるでしょ?」

 朝日と対している杠宮湖ゆずりはみやこは眉を下げる。

「……分かりたくありません。大規模なクラプター掃討作戦が計画されている今、戦力は少しでも多いほうがいいはずです。それなら――」

 朝日は徐々に早口になっていったが、すっと宮湖は人差し指を朝日の唇に当てるように伸ばした。

「玲くーん。大町班が参加できない理由を説明してくれる?」

「大町さんがMaCHINZRマシンザーをやめて、チームの構成要件を満たせないからです」

 そう答えるだけで、玲は朝日の怒気で気温が上がっているような心持ちになる。

 不満です……とばかりに朝日は口を横一文字に固く結んでいる。彼女が龍造寺の役に立ちたいというのは変わらないのだろう。大町班の活動停止は、朝日からすればとばっちりを受けた形だ。

「大正解~」

 宮湖は今一度朝日に向き直る。

「なので、大町くんが復帰するまでは活動禁止よ」

 今回の掃討作戦は、メタトロンの穏健派――共生のため歩み寄ろうとするクラプターたちから提供される情報を元に立案されている。非クラプターを支配しようとする過激思想を持つ者を排除するというのが主目的だ。詳細は伏せられているが、大きな転機になりうる。

「参加したいなら大町くんを説得すること」

「それができるなら苦労はしません……」

 ボタ山の一件以降、玲は朝日とともに何度か雄一郎に会いに行ったが、翻意させることはできなかった。

 直樹も「頑固なヤツだからな。気長にやるしかない」と言っていた。彼の口ぶりから雄一郎がこのままチームから永久離脱するとは考えていないようで、玲は少し安心したけれど朝日は違う。

「一人だけでも作戦に参加させてもらえませんか? 私は魔法化学士の活動を続けたい……」

「今まで例外が重なってしまったけど、単独活動なんてもってのほか。正規のMaCHINZRマシンザーでも単独行動は非推奨なの。朝日ちゃんが参加したい理由も分かっているつもり。それでも絶対に許可できない」

 怒るでもなく、淡々と諭すように言う宮湖。彼女は生徒である玲たちをできるだけ危険から遠ざけようとする判断を下す。大人としては当たり前の態度だ。

 大規模な作戦が水面下で進行中ということは、万が一の時にフォローする余裕があるか分からないというのもあるだろう。

 朝日は軽く拳を握り、口元に当てる。

「他のチームに一時的に編入というのはダメですか?」

「入れてくれるMaCHINZRマシンザーチームを自分で見つけて、龍造寺理事長が認めてくれたらね~」

 宮湖はそう言って、振り返ると作戦指令室の方に戻っていく。彼女のトーンは気の緩んだ感じだったが、裏腹に作戦参加へのハードルはかなり高い。

 朝日はしばらく唇を噛んでいたが、ぼそりと呟く。

「……他校の在学生チームに交渉して」

 魔法化学士の育成機関であるアルカディア校は佐賀にある本校、玲たちが以前訪問した東京校の他に大阪校、北海道校、沖縄校の三つがある。それぞれ特色があると宮湖が編入当初教えてくれたが、生活に慣れるのに精いっぱいだった玲は聞き流してしまった。

「在学生チームは所属校の管轄内にいるクラプターの動きに対応するみたいですよ?」

「嘘でしょ……」

「晴気先生が言ってましたから……こっちには来ないと思います」

 目論見が外れ、朝日は肩を落とす。

「でも、さすがに仕方ないわね」

 正規のマシンザーが優秀とはいえ学生である朝日をわざわざ作戦に参加させる理由はあまりない。今回は普段以上に危険や責任も伴うだろう。

「これから朝日先輩はどうするんですか?」

「そうね……」

 そのまま押し黙った朝日に玲は一応聞いてみることにした。遭遇率は極めて低いし、そんなバカなことを朝日がやるとは思えないが、

「こっそりクラプターを探したりしないですよね?」

 朝日は小さいため息を返してくる。

「そんなことするわけないでしょ? 軍規違反よ」

「ですよね」

 予想通りのリアクションで玲はなんだか安心感すら覚えてしまう。

「訓練時間に当てるのも悪くないけど、こういう時普通はどうするのかしらね」

 その後、玲は朝日と学食で時間を潰した。

 夏休みの予定の大半を占めていたMaCHINZRマシンザーの活動の代わりは、今のところ埋まりそうもなかった。

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