Phase 24 けじめの形と新たな歩み

 ボタ山の頂上を目指す大町班だが、公園に入っても問題のクラプター化した若者たちと戦闘にはならなかった。遠くから玲たちの姿を確認すると、すぐ根城があるだろう頂上に戻ってしまうからだ。

 一方で玲は雄一郎の様子に違和感を覚えていた。

 任務前の恒例になりつつある「気合い入れてけ!」の掛け声がなかったからだ。雄一郎は先頭を歩いているので、やる気はないとも思えなかった。

(大町さん、どうしたんだろう?)

 到着したボタ山の頂上は整備されていて、見事な展望だ。天気の良い休日などは賑わっていそうな雰囲気がある。

 だが今は玲たち四人とクラプターになった若者グループだけだ。相手は十人にも満たない。

 玲の眼に映る黒霧の量から判断すると、今までで一番安全な任務と言える。

MaCHINZRマシンザーがお出ましとはね。まあここは魔法化学士アカデミーのお膝元だしな」

 そう言って、大柄の男が前に歩み出る。

 その顔は車内で視聴した動画で見たものだった。玲は思わず声を上げそうになる。

「くそ……やっぱり、てめぇかよ」

 雄一郎が一歩前に出て、マスクを外した。

「……石動いしなり!」

 驚きに次ぐ驚きで玲は脳の処理が追いつかない。

 石動と呼ばれた男も目を見開いて、雄一郎を見ていた。

「はぁっ……知り合い!?」

 少しだけ遅れて声を上げたのは朝日だ。

「ああ。こいつは昔俺たちとつるんでたんだ」

「じゃあ、大町一派ってことですか?」

「俺より年下だが、度胸があってな。物怖じしない気持ちのいいヤツだ」

 フッと小さく笑う石動。

「まさか雄一郎さんがそんな風に思っててくれたとはな。本当なら再会を喜びたいところだが」

 石動はそこで一旦言葉を切ると、雄一郎の姿を今一度上から下まで観察する。

「今、あんたはMaCHINZRマシンザーで俺はクラプターだ。立場が完全に真逆だ。雄一郎さんたちと一緒にバカやってた時はクラプターになるなんて夢にも思わなかったな」

 自嘲気味な石動に雄一郎が叫ぶ。

「なんですぐに俺を頼らなかった……! 先公たちはムカついてもどうにかできたかもしれねぇだろ!」

「引き留めるあんたを無視して退学したんだぞ……そんなダセェ真似できるか!」

 石動も強く言い返す。けれど直後に続いた言葉に迫力はなかった。

「それによ、気づいた時にはもう中度クラプターってのになってた。力はどんどん強くなるし、不良で学校を勝手にやめてりゃ、親の世話にはなれねぇ。知ってるか? クラプターになると生きづらくてよ。昔はもっと強くなりてぇって思ってたのに……今は強さが俺から多くのものを遠ざけやがる」

 石動の周囲の霧が黒く濃くなっていく。

「だから、動画でインタビューに答えたのか?」

「俺たちには何もない。金を稼ぐには自分を切り売りするしかない。そんな奴らばっかりだぜ、ここにいるのは。必死に生きてるだけだ」

 石動の後ろで窺うようにこちらを見ていた若者たちが、自分たちのリーダーに近づくように前に出る。その表情に怯えはほとんどない。

「あんた……俺を殺すのか?」

 石動の言葉にその場の緊張感が引き上げられる。

「…………」

 無言の雄一郎に石動は距離を詰める。

「あの学校で先公に逆らって、落ちこぼれの居場所を作ったあんたがっ! 今度は社会の落ちこぼれ、クラプターを始末するのかよ! すっかり変わっちまったぜ、雄一郎さん!」

 雄一郎は言い返さない。

「良いんだな?」

 今まで静観していた直樹が一言確認すると、朝日の方を向いた。雄一郎にかつての仲間を殺させないために自らが動くつもりなのだろう。

(中度クラプターを放っておけば大変なことになる……でも、この人を今殺すのが正解なのか? 晴気先生から聞いた事実を伝えれば……)

 きっと混乱はより大きなものになってしまう。有益なはずの情報が玲の行動を縛っていた。

 直樹と朝日が動いたのは次の瞬間。

 ガチリと硬質な音が響く。

「……邪魔をするな、雄一郎」

「どういうつもり!?」

 雄一郎が直樹と朝日の動きを止めた衝突音だった。

 その光景にそこにいた全員が固まった。

 初めに動き出したのは石動だった。

「ずらかるぞ、ここはしばらく使えねぇ。急げ!」

 石動は仲間たちを先に逃がす。

「大町雄一郎……放しなさい! 何を考えてるのよ!」

 朝日の刀だけではなく直樹が銃を持つ手首を、雄一郎ががっちり掴んでいる。そんな雄一郎を石動は一度だけ振りかった。

 しばしの膠着ののち、雄一郎は握った手を放す。

 展望の良いこの場所でも、石動たちの姿はもう見えなかった。

「……また軍規違反よ。せめて拘束くらいしないと! 正体がバレないようにって今日言われたばかりでしょ」

 朝日がキッと雄一郎を睨む。怒りと呆れを露わにする。

MaCHINZRマシンザーーの軍規なんか知ったことか……俺は俺のルールで動く。仲間は裏切れねぇ」

 直樹はやれやれとため息をつく。

 雄一郎は玲たちに向き直った。

「ケジメはつける。俺はMaCHINZRマシンザーの活動をやめる……」

「大町さん!?」

 あまりの急展開に玲は大町に駆け寄る。

「邪魔して悪かったな」と言うと、雄一郎は背を向け歩き出す。

「待って――」

 追いかけようとする玲の肩をそっと直樹が押さえた。

「すまないが、あのバカは私に任せてくれ。今は何を言っても聞かないだろう。ひとまず報告に戻る」

 大町班は完全自動運転で、アルカディア本校へ向かう。

 任務失敗と雄一郎の離脱を伝えるために。

「何が仲間よ……」

 帰りの車内では朝日のその呟き以外発せられることはなかった。



 玲たちがボタ山を出発した頃。

 アルカディア本校に設けられた特別応接室に一人の男が入っていく。

「お招きいただき光栄だ。MaCHINZRマシンザー上層部にも柔軟な方がいてくれて助かる」

 杠宮湖そして晴気雪也が男を招き入れた。その背後にはミネルヴァスーツを着たMaCHINZRマシンザーが四人ほど控えている。

「……いえ、これも龍造寺司令官の判断ですので。どうぞお掛けください」

 二人も男の対面に座った。

「アプローチした際に素性は伝えたが、念のためもう一度。私はメタトロンの雲野辰彦。メタトロンには色々な連中がいるが、我々は穏健派と言える。クラプターではない人々やあなたたちMaCHINZRマシンザーと手を取り、社会の一員になることを望んでいる。クラプターの危険性は十分理解しているつもりだ。それ故にクラプターの治療を主眼に置きながら、共存の道を探りたいのだ」

「ええ。そのような形の共存ならば探る価値はあると思っています。ですが、クラプターの、メタトロンの総意ではないのですよね?」

 宮湖の質問に神妙に頷くと、雲野は喋り始めた。

「……非クラプターを支配しようと考える過激な連中も、それなりの数存在するのが実情。他にも関わることすらしたくないと考えている者もいる」

「メタトロンは最大級のクラプター集団だと認識していますが、それほど考えが違うのに同じ組織にいるのですね」

 晴気は興味深そうに言う。

「力があったとしてもクラプターは人類社会からすると少数。積極的に同胞を集めていた時期があるのだ。しかし、今はそれが問題になっている。まず第一歩として過激な思想を持つグループを排除するのに協力してもらいたい」

 雲野は頭を下げる。

 晴気と宮湖は一瞬顔を見合わせた。

「最大の障害になるであろう過激なクラプターに一刻も早く対処したいのは我々も同じ。クラプターである雲野さんたちの協力を得られれば、治安の安定化だけでなく魔法化学の飛躍的発展も見込めるはず。内密に進めていきましょう」

 顔を上げた雲野に晴気は右手を差し出した。

「感謝する」

「共に歩む一歩が有意義なものになると信じていますわ」

 雲野は宮湖とも固く握手を交わす。

 そう長い時間ではなかったが、一仕事終えた晴気雪也はそっと目を閉じた。


《第6話 終了》

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