Phase 23 意外な事実

 作戦指令室を離れ、玲は一人自動販売機のあるスペースへ歩いていく。

 任務開始時間まで二十分程度あり、小休憩といったところだ。着いてみると、見知った先客がいた。

「やぁ、玲くん。任務前に英気を養うと言ったところかな?」

 晴気雪也だ。授業だけでなく、晴気には時おり《OoLウール粒子》や《INイン粒子》の使い方をマンツーマンで教えてもらうようになった。これは玲が編入生であり在学生チームに参加することになったためだ。

「まあそんなところですね」

 授業では名字呼びなのだが、二人の時は「玲くん」と呼んでくる不思議な距離感の人だ。

 玲はマジック・デバイスを使って、冷えた麦茶を購入する。

「さっきのミーティングでは発言したりと頑張ってたね」

「ちょっとだけですけど」

「君はあの動画を見て、どう思った? 参考までに教えてくれないかな、思春期の若者の意見としてさ」

「自分が超人的な力を使えたり、すごく頭が良くなるって聞いたら自分も! って考える人はいるんじゃないかと思います。デメリットは軽く流してましたし」

 玲は先ほど思っていたことを言語化していく。

「あと、あれだけ詳しかったらきっとMaCHINZRマシンザーのことも知ってる気がします」

「クラプター贔屓だとすると、MaCHINZRマシンザーとの対立を煽る可能性もあるね。政府がクラプターの存在を隠していると主張していたし」

 万が一クラプターが神聖視されれば、クラプターを排斥しようとするMaCHINZRマシンザーを糾弾するのは想像に難くない。

「君なら、どうやってこの問題を解決しようとする?」

 初めは真剣な眼差しだったが、晴気は楽しそうに微笑んだ。

「えっと……」

 もちろん玲にはすぐに解決できる妙案などはない。玲の頭に漠然と浮かんでいるのは的外れで遠回りなものだ。

「クラプターの存在を認めて、共存できれば問題自体がなくなる……とは思うんですけど」

 晴気の目が一瞬大きく見開いた。

 玲は期待外れのことを言っていると自覚している。

「無理ですよね……すみません、頓珍漢なこと言って」

 晴気は小さく首を横に振った。

「予想とは違ったけど、それが可能ならば対立自体がなくなるね。問題にすべきはトラブルを起こすクラプターだけということになる」

 玲は頷き返す。

「人が罪を犯した時と同じですよね。難しいというより不可能に近い気がしますけど」

 MaCHINZRマシンザーの方針とはかなり異なる。どちらかと言えばかがみ恭司きょうじの思想に近いのかもしれない。自分の子供をわざわざクラプターにする気持ちは一切理解できなかったが。

 周囲に誰もいないことを確認すると、玲は意を決して質問する。

「……中度クラプターを殺さないといけないのはどうしてなんですか? 何か理由があるんですか?」

 しばしの沈黙が周囲を包んだ。

 玲は叱責を覚悟した。

「やっぱり気になっちゃうか。今までは在学生チームが中度クラプターと遭遇するケースなんて滅多になかったんだよ。それで確実に殺さないといけない理由については正規所属になってから伝えてたんだ。――だから、大町班の子たち以外には言っちゃダメだよ?」

「はい!」

「全部を明かすわけにはいかないから、大事なところだけね」

 晴気雪也はそう言って、きっかけになった事件の存在を教えてくれた。

 曰く――約二〇年前、複数の中度クラプターが大きく変容する出来事があった。変容したクラプターたちの力は凄まじく一つの島が地球上から消滅するほどの被害をもたらした。

 その後も、被害規模はこの時に及ばないまでも中度クラプターはいずれ必ず変容を来すのだと言う。

「……島が丸ごと?」

 映画のようなシチュエーションは玲にとって現実感の欠片もなかった。

「信じられないよね。龍造寺理事長はこの件を目の当たりにしたらしいよ」

「それで……」

 こんな話を聞かされては現在の方針に納得せざるを得ない。

「ありがとうございます。約束は守ります」

 そう言ったところで、朝日からメッセージが飛んでくる。

 任務開始時間、つまり移動するために駐車場集合時間をわずかに過ぎていた。

「あ! 時間なので僕行きます」

 駆け出した玲の背を晴気は見送った。

「玲くんはやっぱり面白い子だなぁ。ますます期待をかけたくなってしまう」



 玲たちが向かっているのは、アルカディア本校からさほど離れていないボタ山の上に造られた公園だ。

 ボタ山――つまり、採掘で発生した岩石廃棄物が集積された山だ。安全性に配慮した上で公園が設置されているのだが、今は別の問題が起きていた。その解決が大町班の任務なのだが、

「クラプター化した若者が公園を占拠しているんでしたっけ?」

「昼も夜もたむろしてるみたいよ……何が目的なんだか」

 朝日はこめかみに指で触れながら答える

「そりゃ、集まってダベるためだろ」

 前方の運転席から雄一郎が言った。

 自動運転中の車内の席はいつも通り、助手席には直樹。後部座席は朝日と玲だ。

「他に居場所がねぇんだろな」

 実感のこもった言葉だった。

「ちょっとこれを見てくれ」

 ずっと黙っていた直樹がマジック・デバイスを操ってホログラムを展開した。

 そこにはIN-verseインバースの動画が映っている。先ほど見た配信者と同世代といった若い男性で、かなりがっちりした体型だ。アバターの可能性もあるが、顔をさらしている。

「クラプターへのインタビューが行われているぞ」

「なっ!? 冗談でしょ!」

朝日が前のめりになる。

 インタビューを聞き始めると、クラプターでありアルカディア本校に在籍していたと語っていた。カリキュラムや授業に関することを話しているので、信憑性もなくはない。朝日の反応を見るにこの男は嘘をついているわけではないのだろう。在籍していたのが事実なら、クラプターはもとよりMaCHINZRマシンザーについてもある程度知っている可能性が高い。

 雄一郎は動画を見ながら、ガシガシと後頭部を指で引っ掻いている。

「絶対に捕まえないと……放置したら確実に面倒なことになるわ」

「落ち着いて、朝日先輩。捕まえたくてもどこにいるか分かりませんよ」

 玲もじっくり男を見つめる。国立軍附属魔法化学士アカデミーに対する不平を述べている。

 すると、その背後に黒い霧が立ち込めていたのがはっきり視認できた。

「この人……」

「こいつのこと知ってるのか?」

「いえ、知らない人です。ただ中度クラプター級の強さだと思います」

 その時自動車が静かに停止する。ボタ山に到着したのだ。玲たちは全員ミネルヴァスーツを着用して外に出た。

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