この手で守れるなら

Phase 33 強まる嵐の中で

 国立軍附属魔法化学士アカデミー・アルカディア本校の母体は、採掘されたOOデュアルオー鉱石および鉱石に含有されている《OoLウール粒子》を解析する施設だ。

そこでは日夜研究が続けられている。今や国の基幹を担っている魔法化学の研究所はいくつかの区画に分けられ、外界からの侵入が困難な造りになっている。

 研究所内にいれば、外が台風だろうと大雪だろうと影響はなく仕事に没頭できる環境が整えられている。

 だから、研究員だけではなく、戦闘員であるMaCHINZRマシンザーさえも誰一人として気づかなかったのだ。

 いるはずのない異物クラプターたちと遭遇するまで。

「なんだ……お前たちは!?」

 MaCHINZRマシンザーの驚き混じりの詰問に応える声はない。

 研究所には似つかわしくないチンピラのような風体もいるが、壮年の社会人や大学生風の若者まで同道している謎の一団だ。

MaCHINZRマシンザーたちは警戒心を強める。だが、その中の一人はミネルヴァスーツの着用も許されぬまま、倒れた。

 攻撃性の高さがこの集団が何であるかを示していた。数の差はそのまま戦力差として如実に現れる。

 MaCHINZRマシンザーは魔法化学士の中でも選りすぐりの少数精鋭だ。しかし、先のクラプター掃討作戦で負傷した者が多く、戦闘可能な人員を減らしていた。

「くそ、過激派の連中は一掃されたんじゃなかったのか?」

 クラプターの攻撃を受けながら、MaCHINZRマシンザーたちの間に苦悶の声が漏れる。

「クラプターの雲野とかいう男に連絡を取るよう、司令部に伝えろ……」

 傷だらけの身体を奮い立たせ、クラプターの攻撃を受け止めるも、長くは続かない。次々と命を落としていく。

 想定していない拠点防衛を最悪のタイミングで強いられ、MaCHINZRマシンザー側は精彩を欠いていた。

 戦闘が終わり、一団から男が出てくる。そしてMaCHINZRマシンザーたちを見下ろしながら、口を開く。

「この雲野、どうやらMaCHINZRマシンザーのみなさんに厚く信頼していただけたようだ」

 クラプターたちの嘲笑が噴き上がる。

「まだまだ奥に行かなければ。我々は露払いだ、迅速かつ慎重に事を進めていくとしよう」

 雲野たちは迷いなく進み始めた。



「ったく、総司令のじいさん。どこほっつき歩いてんだよ」

 理事長室の前の廊下を歩きながら、雄一郎はぼやく。

中度クラプターになってしまった石動救済のために、直談判を試みようとしていた雄一郎は出鼻をくじかれていた。

「理事長は変わった人物らしいな。熱心な教育者という感じでも研究者という感じでもない」

「あぁ?」

 鍋島直樹の唐突な所感に雄一郎は曖昧に反応した。

「けれど、それでいて魔法化学の分野の先導者だ。何者なんだろうな」

「じいさんが何者かなんて今はどうでもいいじゃねえか。じいさんを説得できれば話がつくんだ、悪くねぇよ」

「ふ。そうだな……ん?」

 直樹は廊下の窓から外に視線を向ける。

 大雨が降る中、夏季休暇中で生徒がほとんどいない学園を闊歩する者たちは、かなり目立つ。

「外をうろついている連中は知り合いか?」

「お前なぁ……あいつらはそこまで馬鹿じゃねえよ! だいたい何が楽しくてこの天気でそんなことするんだ」

 雄一郎は呆れつつ、窓の外を見た。

「あそこは普段閉められている非常口の一つだな」

 直樹はそう言って眉を顰めた。

 すると、鍵がかかっている扉を無理やりこじ開けている姿が二人の目に飛び込んできた。遠くからでも扉の一部がひしゃげているのが確認できる。

「まさかクラプターか!? あいつら全員!」

「……だろうな。普通の人間には不可能だ」

MaCHINZRマシンザーと先公どもは何してんだ! しっかり働けよな。行くぞ、直樹!」

 走り出そうとする雄一郎の肩を掴み、直樹が押しとどめる。

「このままじゃ学園がめちゃくちゃにされるぞ、生徒会副会長様はそれでいいのかよ」

 不機嫌に振り返った雄一郎に直樹は首を振る。

「あいつらの対処は後回しだ。連中が自由に行動しているところを見ると、タロースをはじめ、まともにセキュリティが働いてない。他にもクラプターが侵入しているかもしれない。日高たちが危ない」

 雄一郎が目を見開く。

「! あいつら停学中でミネルヴァスーツが」

「大人数のクラプターに狙われたら、長くは持たない。急ぐぞ」

「おう! って、寮はそっちじゃねぇぞ!?」

 雄一郎の注意を聞かずに直樹は玲たちがいる寮とは逆方向に足を向ける。

「まずはこっちだ」

「どこに行くかちゃんと説明はしてもらうぞ」

 雄一郎は釈然としないながらも、直樹の後を追った。



 ゆずりは宮湖みやこは研究所内を走りながら、何度目かになる返答を待った。

『アルカディア校および研究施設群のセキュリティに特に異常はないよ。ボクは忙しいんだから何度も同じことを聞かないでよね』

 タロースからの返事に宮湖はためb息をつく。

「さっきからこればっか。完全に異常事態じゃないの」

 宮湖が最初に違和感を覚えたのはマジック・デバイスによる通信の不具合だ。最初は一時的なものだと思っていたが、適切に情報の更新がされず、タロースに呼びかけた。

 タロースは普段通りの流暢に言葉遣いではあるものの、応答はピンとがズレていた。タロースは冗談を口にしたりするが、基本的には誠実に正確に応えるように設計されている。

「仮病は使えないのよね、あの子」

 通信の不具合のせいか、龍造寺玄鉄や晴気雪也にも連絡がつかない。

 二人なら大抵のことが起きても無事だと宮湖は信じているが、事態の収集は早いに越したことはない。しかし、状況確認のために作戦指令室へ行くことにした宮湖が目にしたのは、戦場と化した通路だった。

 普段行き来している場所が、血の匂いと聞き慣れない叫びに満ちている。

 宮湖は声を上げそうになるのをぐっと堪え、物影に身を隠した。

(どっからどう見ても緊急事態でしょうが……!)

 心の内で宮湖はタロースに文句を言った。

 けれど、ハッキングなどの何らかの手段でタロースが正常な働きをできないように妨害されていると宮湖は確信する。

 外部からタロースを生成しているネットワークシステムに攻撃が仕掛けられる――このような事態を何度も検証し、その都度対策を練っていた。

 宮湖は唇を噛む。

 詰めが甘かったのか。何か見落としがあったのか。

 この事態を引き起こした責任の一端が自分にある気がしてしまう。

 しかし、今は状況を把握するのが先決だ。

MaCHINZRマシンザーは劣勢。すでに息が上がっていたり膝をついている者もいる。ミネルヴァスーツもあちこち損傷していた。損傷部分からは生々しい傷と血の色が見て取れた。

「我々はお前たちの命を奪うことを目的としていない。無駄な抵抗はよせ」

 クラプターだけでなく、その声を聴いた全員が一度動きを止めた。

MaCHINZRマシンザーとして戦ってきたのならば、分かるだろう? 中度クラプター複数を相手にする場合は数で有利を取って戦うのが、お前たちの基本戦術。そうでなければ倒すことが困難だからだ」

 MaCHINZRマシンザーたちの前に迫るクラプターは倍以上だ。

「だからと言って、ここで退くわけにはいかない!」

 それでもMaCHINZRマシンザーは、戦闘態勢を取る。クラプターと戦う魔法化学士の部隊だ。存在意義を自らの意志で否定するのは困難だ。

 それが命を散らすことになったとしても。

 戦う意志を示したMaCHINZRマシンザーを容赦のない殴打が襲った。

 男は困ったように、ふぅっと息を吐いた。

「目的を果たしたら、友好を結ぶためにお前たちには生きていてほしいんだがな。クラプターと人類の共存が我々の夢なのだから。もう一度言う。この厳木きゅうらぎ六花りつかが生命と権利を保障するよ。生命の安全と生きる権利は同等にクラプターにも与えられてしかるべきだからだ」

「バカな……暴力で人々を蹂躙する者が何を言う!」

 仲間の死に直面したMaCHINZRマシンザーが怒声を上げる。

 厳木きゅうらぎ六花りつかと名乗った男は怜悧な視線を返す。

「順序が逆だ。クラプターを人と認めぬからこの事態が引き起こされたとは何故考えない?」

 MaCHINZRマシンザーたち全員は言葉の意味が分からないとばかりに沈黙を返した。

 厳木の声に鋭さが増す。

MaCHINZRマシンザーは知っているはずだ。クラプターも元はお前たちと変わらない人間だ。強靭な肉体、冴え渡る頭脳を手に入れた代わりに失ったものは、人というあり方だ。クラプターという存在は公表もされず無視され続ける一方で、淡々と処置されていく。平常ではいられないと分からないか?」

 その語調は荒いものではなかったが、怒りがひしひしと伝わってくる。

 宮湖はこれほどまでに静かな怒りを知らない。

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