この手で守れるなら
Phase 33 強まる嵐の中で
国立軍附属魔法化学士アカデミー・アルカディア本校の母体は、採掘された
そこでは日夜研究が続けられている。今や国の基幹を担っている魔法化学の研究所はいくつかの区画に分けられ、外界からの侵入が困難な造りになっている。
研究所内にいれば、外が台風だろうと大雪だろうと影響はなく仕事に没頭できる環境が整えられている。
だから、研究員だけではなく、戦闘員である
いるはずのない
「なんだ……お前たちは!?」
研究所には似つかわしくないチンピラのような風体もいるが、壮年の社会人や大学生風の若者まで同道している謎の一団だ。
攻撃性の高さがこの集団が何であるかを示していた。数の差はそのまま戦力差として如実に現れる。
「くそ、過激派の連中は一掃されたんじゃなかったのか?」
クラプターの攻撃を受けながら、
「クラプターの雲野とかいう男に連絡を取るよう、司令部に伝えろ……」
傷だらけの身体を奮い立たせ、クラプターの攻撃を受け止めるも、長くは続かない。次々と命を落としていく。
想定していない拠点防衛を最悪のタイミングで強いられ、
戦闘が終わり、一団から男が出てくる。そして
「この雲野、どうやら
クラプターたちの嘲笑が噴き上がる。
「まだまだ奥に行かなければ。我々は露払いだ、迅速かつ慎重に事を進めていくとしよう」
雲野たちは迷いなく進み始めた。
「ったく、総司令のじいさん。どこほっつき歩いてんだよ」
理事長室の前の廊下を歩きながら、雄一郎はぼやく。
中度クラプターになってしまった石動救済のために、直談判を試みようとしていた雄一郎は出鼻をくじかれていた。
「理事長は変わった人物らしいな。熱心な教育者という感じでも研究者という感じでもない」
「あぁ?」
鍋島直樹の唐突な所感に雄一郎は曖昧に反応した。
「けれど、それでいて魔法化学の分野の先導者だ。何者なんだろうな」
「じいさんが何者かなんて今はどうでもいいじゃねえか。じいさんを説得できれば話がつくんだ、悪くねぇよ」
「ふ。そうだな……ん?」
直樹は廊下の窓から外に視線を向ける。
大雨が降る中、夏季休暇中で生徒がほとんどいない学園を闊歩する者たちは、かなり目立つ。
「外をうろついている連中は知り合いか?」
「お前なぁ……あいつらはそこまで馬鹿じゃねえよ! だいたい何が楽しくてこの天気でそんなことするんだ」
雄一郎は呆れつつ、窓の外を見た。
「あそこは普段閉められている非常口の一つだな」
直樹はそう言って眉を顰めた。
すると、鍵がかかっている扉を無理やりこじ開けている姿が二人の目に飛び込んできた。遠くからでも扉の一部がひしゃげているのが確認できる。
「まさかクラプターか!? あいつら全員!」
「……だろうな。普通の人間には不可能だ」
「
走り出そうとする雄一郎の肩を掴み、直樹が押しとどめる。
「このままじゃ学園がめちゃくちゃにされるぞ、生徒会副会長様はそれでいいのかよ」
不機嫌に振り返った雄一郎に直樹は首を振る。
「あいつらの対処は後回しだ。連中が自由に行動しているところを見ると、タロースをはじめ、まともにセキュリティが働いてない。他にもクラプターが侵入しているかもしれない。日高たちが危ない」
雄一郎が目を見開く。
「! あいつら停学中でミネルヴァスーツが」
「大人数のクラプターに狙われたら、長くは持たない。急ぐぞ」
「おう! って、寮はそっちじゃねぇぞ!?」
雄一郎の注意を聞かずに直樹は玲たちがいる寮とは逆方向に足を向ける。
「まずはこっちだ」
「どこに行くかちゃんと説明はしてもらうぞ」
雄一郎は釈然としないながらも、直樹の後を追った。
『アルカディア校および研究施設群のセキュリティに特に異常はないよ。ボクは忙しいんだから何度も同じことを聞かないでよね』
タロースからの返事に宮湖はためb息をつく。
「さっきからこればっか。完全に異常事態じゃないの」
宮湖が最初に違和感を覚えたのはマジック・デバイスによる通信の不具合だ。最初は一時的なものだと思っていたが、適切に情報の更新がされず、タロースに呼びかけた。
タロースは普段通りの流暢に言葉遣いではあるものの、応答はピンとがズレていた。タロースは冗談を口にしたりするが、基本的には誠実に正確に応えるように設計されている。
「仮病は使えないのよね、あの子」
通信の不具合のせいか、龍造寺玄鉄や晴気雪也にも連絡がつかない。
二人なら大抵のことが起きても無事だと宮湖は信じているが、事態の収集は早いに越したことはない。しかし、状況確認のために作戦指令室へ行くことにした宮湖が目にしたのは、戦場と化した通路だった。
普段行き来している場所が、血の匂いと聞き慣れない叫びに満ちている。
宮湖は声を上げそうになるのをぐっと堪え、物影に身を隠した。
(どっからどう見ても緊急事態でしょうが……!)
心の内で宮湖はタロースに文句を言った。
けれど、ハッキングなどの何らかの手段でタロースが正常な働きをできないように妨害されていると宮湖は確信する。
外部からタロースを生成しているネットワークシステムに攻撃が仕掛けられる――このような事態を何度も検証し、その都度対策を練っていた。
宮湖は唇を噛む。
詰めが甘かったのか。何か見落としがあったのか。
この事態を引き起こした責任の一端が自分にある気がしてしまう。
しかし、今は状況を把握するのが先決だ。
「我々はお前たちの命を奪うことを目的としていない。無駄な抵抗はよせ」
クラプターだけでなく、その声を聴いた全員が一度動きを止めた。
「
「だからと言って、ここで退くわけにはいかない!」
それでも
それが命を散らすことになったとしても。
戦う意志を示した
男は困ったように、ふぅっと息を吐いた。
「目的を果たしたら、友好を結ぶためにお前たちには生きていてほしいんだがな。クラプターと人類の共存が我々の夢なのだから。もう一度言う。この
「バカな……暴力で人々を蹂躙する者が何を言う!」
仲間の死に直面した
「順序が逆だ。クラプターを人と認めぬからこの事態が引き起こされたとは何故考えない?」
厳木の声に鋭さが増す。
「
その語調は荒いものではなかったが、怒りがひしひしと伝わってくる。
宮湖はこれほどまでに静かな怒りを知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます