Phase 34 クラプターたちの標的

 無理解への絶望が厳木きゅうらぎ六花りつかの怒りの源泉になっているように感じられた。先ほど目的を達成したら友好を結びたいと彼は口にしたが、宮湖たちとは認識に大きな隔たりがある。

 MaCHINZRマシンザーは、クラプターをクラプターとしてしか見ない。元は人間だったという事実を無視する。区別しなければ、任務を遂行できない。命を奪うためには意図的に感情と切り離す必要がある者が大半だからだ。

 このままではMaCHINZRマシンザーが肉体的にではなく精神的にも戦えなくなる危険性があると宮湖はそう思った。

「変質し、驚異的な身体能力を得たとしても、別の名を与えられても――人間だ」

 MaCHINZRマシンザーの中に反論を口にする者はいなかった。各々武器を手にして戦う姿勢を見せるも、攻撃を仕掛けられなかったのだ。

 それでも、厳木は落胆の色をにじませ目を伏した。

「これも龍造寺の教育の賜物か。困ったものだが……仕方ない」

 その後、厳木がクラプターに目配せした。

 宮湖は声を上げた。

「一度退避して! 今のまま戦っても――」

 しかし、命令を受けたクラプターたちが一斉に動くほうが速かった。ドミノのように簡単に倒れていくMaCHINZRマシンザー

 その光景を見ていた宮湖の視界も揺れ、一瞬何が起こったか分からなかった。

 倒れる身体は受け身を取ることすらできない。

(あ……死ぬ)

 熱いものが流れ出ていく感覚だけが鋭敏になる。血が流れていると宮湖が認識するのに少し時間がかかった

「ここの連中のことはもういい。地下だ、地下へ向かえ」

 厳木きゅうらぎ六花りつかを名乗る彼の指示が飛ぶ。

「共存のためには愚かで選民的なクラプターも、クラプターの存在すら認めてこなかった傲慢なMaCHINZRマシンザーたちも、倒すべき敵だ。龍造寺玄鉄……あの男こそが最大の障害だ」

 クラプターたちが一斉に動き、立ち去るのが何となく分かった。

 その後にゆっくりと近づいてくる足音。宮湖のすぐそばに立っているのだろう。

 考えるべき事柄が多すぎて宮湖の思考は混乱していたが、今この瞬間に湧き上がってきたのは――

(あー、なんでこんなことになっちゃったんだろう……どうして)

 宮湖の疑問は声になることはなく、意識も眠るように消えていった。



 玲たちが談話室から食堂に移動しようかと話し合っていると――ドーンという大きな音と同時に寮の建物が揺れた。

「わわっ」

 玲は大きくふらついたところを隣にいた朝日に抱き止められる。

「大丈夫?」

 朝日のおかげで倒れずに済んだが、少し情けない恰好だった。

「すみません。それより今の揺れは……普通じゃないです」

 地震とは違い、揺れというより衝撃に近い。玲の言葉に頷きながら、朝日はブレスレットに触れていた。

「……通信が繋がらないんだけど」

 色々と操作しているようだが、朝日は怪訝な表情のままだ。

 玲も貸し出されたマジック・デバイスをいじるが、結果は同じだった。

「たしか炭鉱跡のトンネルの時も……まさかっ! 玲、黒い霧は!?」

 寮内に黒い霧は現れていない。けれど、《OoLウール粒子》を情報伝達の媒体とする魔法科学を用いた通信は不安定になることは滅多にないという事実と照らし合わせれば――。

 朝日に言われて、玲はすぐに窓から外を確認する。

 嫌な予感は現実になっていた。

 降雨で視認しづらいが、玲の見た限り黒い霧が立ち込めている。決して天候のせいではない。

「クラプターが、確実に複数います! 相当な数です」

「やってくれたわね……」

 怒りともどかしさが籠った声。朝日の強く握った拳が小さく震えている。

「寄りにもよってミネルヴァスーツが使えない時に……」

 朝日はタロースに呼びかけて状況を知ろうとするも、『今とっても忙しいんだ、ごめんね』というテンプレ的な返事しかなかった。

 どこかの壁が崩れる音が玲たちの耳に届く。

 玲は再び窓の外へ視線を向けた。

 今の崩落音は、玲が学園に通うようになってから毎日出入りする寮のエントランスが壊されたことを意味していた。

「……っ」

 玲は気づかないうちに歯を食いしばっていた。

 その事実に玲は我が事ながら驚く。自分や顔見知りが傷つけられたわけでもなく、建造物の一部が壊されただけなのに予想外なほど苛立ちを覚えている。

 愛着というものだろうか。玲は自分の感情が判別できず、他の心配事を口にした。

「残っている生徒や先生たちは……」

 同級生はみんな帰省しているので心配はないが、玲たち以外も生徒はいる。教師陣は装備可能かもしれないが、生徒はミネルヴァスーツを与えられていない。

 襲われたら――堅牢な建物も砕く暴力に晒されることになる。

 玲は誰かの血が流れるのを想像するのも嫌だった。

 万が一それが知り合いだったら? 玲が知り合いではなくとも、誰かの大事な人だったら?

 玲は一度瞳を閉じてから、朝日に決意と提案を伝えた。

「スーツなしは不安ですけど、助けに行きませんか? こんな状況じゃ絶対困ってる人がいると思うんです。寮にもクラプターは来てます、ジッとしているよりかは!」

 朝日はハッと驚きの表情を浮かべたが、

「賛成。単独で中度クラプターに遭遇したら逃げるのも厳しいわ」

「どこに行くべきですかね?」

 この危機に対して何かしたいという気持ちは玲の中で強くなっているが、何が正解か見当がつかない。 

「私は……龍造寺総司令のところに行くべきだと思う」

「理事長のところですか?」

 龍造寺ならば緊急事態にはそれなりの護衛がつきそうなものだと、玲が考えていると朝日は少し頭を振った。

「普通に考えたらMaCHINZRマシンザーが助けるとは思うの。でも、万が一……総司令に何かあったら、私は……。まだ全然恩返しができてない。両親に代わって今まで育ててもらって、何もできないまま――なんて」

 朝日の声は震えていた。

 ――喪失への恐怖。

 その対象が大切な人、時間を共有してきた人ならば、失いたくないという感情は一層強くなる。玲も大町班の仲間や同級生、よくしてくれる晴気や宮湖といった教師が殺されたら嫌だという感情に今も後押しされていた。

「だから、私は龍造寺総司令を助けに行きたい」

「いいと思います! 僕も理事長には恩がありますから無事でいてほしいですし」

 唐突で強引な勧誘だったが、龍造寺がこの学園に誘ってくれたことに玲も今はとても感謝している。朝日がまだ恩返しできていないというなら、玲は本当に何もできていないのだ。

「ありがと。時間が惜しいわ、ついてきて」

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