Phase 35 壊された学園

 クラプターが入り込んだと思われる正面の入口ではなく、玲たちは寮裏手の非常用出入口に向かっていた。

 他にも作戦指令室や研究所に龍造寺がいる可能性が高かったが、一番近い理事長室が最初の目的地だ。

 生徒は運よく寮内にいなかったのか、今のところ遭遇していない。

 目指している出入口の扉が見えてきたところで、玲は朝日に止められた。

「……話し声」

 朝日と玲は周囲を窺う。確かに自分たち以外の気配、それも複数の足音だ。

 クラプター複数人に囲まれると、危険度は跳ね上がる。

 玲も朝日も即時に武器を握る。

「どこかに隠れますか?」

 少しずつだが、黒い霧もどこからか漂ってきている。

「隠れてもいずれ追い詰められる……それなら」

 どちらが正解なのか判断が難しい。けれど、玲は小さく頷く。

 朝日が行くというのなら玲も迷わない。彼女が怪我をするところは見たくないからだ。朝日だけでない。雄一郎や直樹、晴気と宮湖もできることなら無事でいてほしい。

 そのために自分にできることをしたいという気持ちが、玲を動かしていた。

(でも、晴気先生が生徒を保護しているかもしれないし、早く合流したほうがいいかも)

 晴気の鮮やかな魔法化学を用いた戦闘技術は、クラプターを確実に仕留めてくれるだろうという信頼感がある。

 玲が前方に注意を向けつつ、そんなことを考えていると再び大きな音が鼓膜を叩いた。

 玲たちの背後にある寮の壁に大穴が開き、緊張が全身を駆け巡った。

 振り向くと同時に侵入してきたクラプターと目が合う。雄一郎と同じかそれ以上の大男だ。

「ほんとめちゃくちゃしてくれるわね、こいつら」

 朝日の声にも緊張の色が濃い。

「施設を制圧しろ……とのご命令ですが、抵抗する人もなく、いても子供ではないですか」

 対照的に大男は落胆してみせた。

「まあ任された仕事をこなすのが私なのですが」

 黒い霧を漏らしながら、弾丸のように飛び込んでくる。

「ぐっ……」

 剣で迎え撃つ朝日だったが、相手の突進力を殺し切れない。玲は援護のため斬りかかる。容易に受け止められるが、注意がこちらに向けばそれでいい。

「やる気があって結構。今日見かけた若者ではあなたたちくらいです」

 大男は驚くような視線で二人を見つめる。

「他の生徒に何かしたのか!」

「いいえ、何も。抵抗しないのならば見逃せと言われていますからね。武器を捨てますか?」

 今は逃げるふりをして、ここを脱出するのが一番いい。しかし、どこまで信用できるのか? 無駄に破壊を繰り返す連中だ。言葉遣いは比較的丁寧でも、テロリストと変わりない。

「…………」

 玲も朝日も武器を握ったまま、無言で相手の様子を伺う。

 大男は腕に力を込める。

「戦意など捨ててくれればいいものを。悪いようにはしない」

「僕たちが生活してる寮をこんなにして、悪いようにしないは通用しないです!」

 身勝手な言い分に玲は反射的に言い返していた。

 玲たちが男の動きに対応できるように注視していると、黒い霧が濃くなっていく。目の前のクラプターが原因かと思ったが、

「面白そうなのと遊んでますね、俺たちも混ぜてくださいよー」

 数人のクラプターが背後から迫っていた。おそらく先に気配を察知して警戒していた連中に気づかれてしまったのだ。

 広くない通路で前後をクラプターに挟まれる。

「やるしかなさそうね」

 玲は朝日と互いに背中を合わせて、背後を突かれないように対処する。ミネルヴァスーツもなく多勢に無勢。まともに戦ったら無事では済まない。

 玲は唇が乾き、つばを飲み込んだ。

 その時だった。

「うおおらあああぁぁあ――――っ!」

 叫び声が寮内に響く。大男が吹き飛ばされ、寮の壁に蜘蛛の巣のような大きなひびが入る。

「大町さん!」

「よう、お前ら怪我はないか?」

 ミネルヴァスーツを着用した雄一郎は小石を蹴飛ばしたあとのような気軽さで話しかけてくる。

「喋るのは後だ。日高、鬼丸これを」

 直樹がそう言って、投げ渡したのは没収されたはずのマジック・デバイスだった。

「これ、どうしたんですか? 生徒会副会長でも……無理ですよね?」

 朝日は驚き、直樹に聞き返す。

「先公が管理している保管室の鍵を開けた時は俺も笑ったぜ」

「緊急時だ、気にするな」

 直樹の無茶苦茶ぶりに言葉を失ってしまうが、今やるべきはクラプターを無効化して龍造寺を探し出すこと。

「鍋島先輩の言う通りね。――やるわよ玲」

「はい!」

 ミネルヴァスーツを身に着けると、玲と朝日はクラプターめがけて走り出した。



 雨雲は今も空を覆っていて、時おり雷鳴が混じる。

「お前たちも龍造寺のじいさんを探してたのか。ったく、理事長の癖に理事長室にいなくて困るぜ」

 玲たちは寮に侵入したクラプターを倒して、学内を捜索しながら作戦指令室を目指している。

「それにしても、学校中めちゃくちゃにされてますね……」

 全てを見回ったわけではないが、校舎の窓ガラスは割られ、あちこちを傷つけられている。

「襲われたりした人は……」

「俺の仲間たちが何人か怪我させられてよ、ボコボコにしてやったわ」

 雄一郎は鼻息を荒くする。

やはり見逃すという言葉を信じることはできない。クラプター化すると残虐性を抑えられないと以前授業で習ったが、教科書通りだ。

「戦えば分かるが、中度クラプター級が多い。一体何が目的なのか興味深いな。いくら今がチャンスだとしても、アルカディア校に攻め入るというのはクラプターとしても大きな決断のはずだ」

 直樹は襲撃の理由を考察していた。

「やっぱりMaCHINZRマシンザーの排除が目的なんじゃ?」

 玲も朝日同様、この機会に敵対勢力を潰そうとしたというのが理由としては分かりやすい。

「順当に考えると鬼丸たちの言う通りだろうが……いや」

 直樹は思い当たるものがあるのか、言葉を切る。

「まあ、個人的にはクラプターに私を驚かせる策や、強敵がいてくれることを願うばかりだな」

 少々話題転換が強引だが、直樹にも敵の真意は分からないということだろう。

「僕は遠慮したいですけどね」

助けに来てくれた直樹や雄一郎があまりに普段通りなので、玲の気が少し緩む。そんな矢先に聞こえてきたのは

「……もう、しつこいのよ!」

 緊迫した――だが、強い意志が乗った声だった。

 その方向にはクラプターらしき女性と綴木つづるぎ双葉《ふたば》がいる。ミネルヴァスーツを装備して戦っているが、苦戦していた。どう見ても肉薄されている。

「助けないとっ!」

 玲が叫ぶと同時に、銃声が鳴る。

 二発三発と続き、クラプターの甲高い断末魔を引き起こす。

「早っ……」

 直樹の早業に玲は目をパチクリさせた。

 目の前に迫っていたクラプターがいきなり絶命し、「ひぅっ……」と悲鳴を上げた双葉も事態を飲み込み、こちらにやってくる。

「ありがとう、助かったわ。鍋島直樹……」

「まだこっちにいたとはね、災難だったな」

 窮地を救いながらも、淡白な返事をする直樹に双葉はムッとする。

「一昨日メッセージで、《INイン粒子》の操作実習の練習つき合ってくれるって約束したよね!?」

「あー、確かに覚えがあるな?」

「……忘れないでくれる?」

「こんな事態でもなかなか肝が太いな、君は。心配せずとも約束は守る」

 小さく笑う直樹に双葉は言い返さないものの、何か言いたげな面持ちだ。

 苦笑しながら朝日は双葉を誘う。

「えっと、単独行動は危険なので、綴木つづるぎさんにもひとまず作戦指令室まで一緒に来てください」

 五人になった一行は研究所へ足早に向かった。



 エレベーターを出ると、そこは見慣れた場所であるにもかかわらず、玲の知らないものになっていた。研究室の床や壁には真新しい傷、大きく破損した個所だらけだ。

「クラプターが……ここまで」

 玲が目を凝らしても、黒い霧を視認することはできなかった。しかし、

「少し血の匂いがするな……やられた奴はタダじゃ済まねぇぞ」

 事の深刻さを端的に雄一郎が言葉にする。

「龍造寺総司令官……」

 研究所内でも激しい戦闘が行われていたことを知り、朝日の血の気が引いている。肌が青白く見えた。

 自分の中で不安が大きくなり、身体が硬くなるのを玲は感じながら、

「状況を知っている人がいるかもしれません、急ぎましょう」


 ――しかし不安は最悪の形で目の前に現れた。


「宮湖さん……!?」

 玲が駆け寄る。

 作戦指令室への途中の通路にゆずりは宮湖みやこが背中を壁に預けながらも横になっている。倒れていたのは宮湖だけではない。ミネルヴァスーツ着た人間が何人もだ。

 宮湖の怪我は軽いものではなく、彼女の長い髪に血がはっきりとついている。

「大丈夫ですか! 宮湖さん!」

 冷静さを欠いた玲には声をかけることしかできなかった。

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