Phase 36 敵対者

「落ち着け、日高。脈はある」

 直樹は宮湖の首の付け根に触れていた。

 そう言われて、玲は少し涙ぐんだ目を指でこすった。

「そうそう。男の子が簡単に泣いちゃダーメ……」

 弱弱しく、宮湖が笑う。

「宮湖さん……よかった、生きてて」

「私も、玲くんたちが……無事でよかったわ」

「何があったんですか? あの、龍造寺司令官は?」

 朝日は先走るように尋ねてから、小さく頭を下げる。

「すみません……宮湖さんも大怪我をしているのに……」

「総司令中心主義者の朝日ちゃんは、こうじゃなきゃね、ふふ」

 気まずそうな朝日に宮湖は話しかけると、状況を教えてくれた。

 今日侵攻してきたクラプターは先日まで協力体制を取っていた穏健派。降伏を受け入れずにMaCHINZRマシンザーは戦う意志を失わなかった。その結果が目の前に広がっている。

 MaCHINZRマシンザーとアルカディア校のセキュティーシステムを担うタロースがおかしいことから、何か対策を練られていた可能性が高く、宮湖自身まるで気づいていなかったのだ。

「ごめんなさい……不甲斐ないわ」

 宮湖は大きく息を一つ吐き出すと、朝日を見た。

「龍造寺司令官とは……何時間も前から連絡がつかないわ」

「居場所も分からないんですか……」

 朝日の声もいつもに比べると覇気がない。

「司令官はちょっと秘密主義なところがあってね、連絡がつかない時間が普段からあるのよ……困った人だけど、朝日ちゃんには何となくわかるでしょ?」

「はい。でも、今は状況が状況で……」

「ええ、状況は最悪。クラプターの指揮を執る……厳木きゅうらぎ六花りつかは司令官が目的だと言っていた。作戦指令室から通じている地下の重要研究区画へ向かったわ……」

 朝日の顔色が変わる。けれど、誰よりも驚いているのは意外にも直樹だった。

「ちょっと待ってください。作戦指令室から研究区画に……?」

 驚く点なのかどこなのか、玲には一瞬では分からなかった。

MaCHINZRマシンザーにも教えられていない施設……私たちが学生だからですか?」

 宮湖はわずかに首を横に振った。

MaCHINZRマシンザーでも一部にしか知らされていないし……基本的には入る権限がないから」

「つまり、タロースをはじめとしたセキュリティが完全に破られているか、内通者がいる、と……」

 直樹の推測を宮湖は否定しなかった。

「今からその研究区画に行って総司令を助けてきます。重要なら、そこにいる可能性が一番高いはず」

 そう言って、朝日はフルフェイスマスクを装備する。

「それしかないな。――綴木つづるぎ、正直安全とは言い難いが、杠先生の治療を頼めるか? 少し戻ったところに簡易的な医務室がある」

 双葉はしっかりと頷いた。

「分かった……戦うよりそっちの方がまだ役に立てそうだし」

 話を聞いていた雄一郎が掛け声を発する。

「じゃあ、行くか! てめえら気合い入れてけ!」

 こんな状況なのに、大町班で一緒にいられることが玲には嬉しくて、身体のこわばりが薄れていく気がした。

「待って……」

 息をするのもつらそうな宮湖が声をなんとか絞り出す。

「みんなは……幸い怪我もしてない。あなたたちの実力なら、無事に逃げられるはずよ……それでも、戦うの?」

 朝日は頷くのみで、迷いがない。

 一瞬の迷いもあったが、朝日たちの代わりに玲が口を開いた。

「魔法化学士になれって理事長に言われて、僕の生活は一変しました」

 玲は拙いが、自分の理由を言葉にしていく。

「今まで体験したことがないことばかりで大変ですけど、比べ物にならないくらい……充実しているというか、今がすごく楽しくて。だから、理事長には感謝してるんです。それに学園をめちゃくちゃにして、宮湖さんたちに酷いことをしたクラプターを許せる気になれません」

 困ったような、それでして感心したような表情を宮湖は浮かべた。

「……玲くん」

「龍造寺理事長を助けに行く朝日先輩を助けたいって言うのも大きいです。先輩はこうなったら誰も止められませんから」

 最後に少し冗談めかして言ったせいで朝日の視線が痛い。マスク越しなのに切れ長の目で睨んでいるのが脳裏にありありと再現される。

 そんな様子が面白かったのか、雄一郎が大きな笑い声を上げる。

「俺もじいさんにまだまだ死んでもらっちゃ困る。中度クラプターになっても人間に戻れる治療の研究をしてもらわないとだしよ」

「龍造寺司令官を今喪うのは避けるべきです。魔法化学で経済を盛り返した日本には甚大な影響が出る」

 理由やスタンスは様々だが、なんだかんだ目的は一緒という大町班らしい。

 じっと聞いていた宮湖だったが、

「一つだけ約束して……自分たちの命を最優先。勝てそうにない敵と遭遇したら絶対に逃げなさい。君たちが死ぬことは私も司令官も望まないから」

 大町班の四人は一度互いを見合わせて「もちろんです」と返した。

「それでは、大町班に龍造寺理事長の安否確認および保護を命じます」

 玲たちを見送ると、宮湖は苦悶の表情で力が抜けたように頭を項垂れた。その時、宮湖の口が動いたように見えたが、残念ながら双葉には聞き取れなかった。



 厳木きゅうらぎ六花りつかに命じられたクラプターたちは地下へ地下へと進んでいった。

 エレベーターを降りた先で、厳重な扉を発見した。

 どんなに頑丈でも中度クラプターが何人もいれば難しくはない。

 扉をこじ開けて入った研究所らしい一室は薄暗く――非常灯が灯っていて、機械が駆動していることを伝える低音だけが唸るように響いていた。

「何だここは? 龍造寺っていう奴はどこだ?」

「間違えたってわけではないはずだ。真実を知り、自らの意志で歪みの原因を排除しろと厳木きゅうらぎさんが言っていたが……」

 侵入者たちは駆動音の方向へゆっくりと歩いていく。

 彼らの前にあったのは巨大な装置だ。

「何だ……これは? 何なんだ?」

 装置の全体像を認識することはできない。

今も動き続けているらしい装置には、人が繋がれていた。何人も何人も何人も。

 医療機器のようには見えない。

 機械に繋がれていて生きてはいるが、眠っている。人を効率的に数多く機械に繋ぐために人を配置しているのだ。

 端的に配慮というものが、そこにはなかった。

 クラプターたちは唖然とする。

 人としての扱いではなく、何かのための消耗品として設置されている。

 繋がれた者たちは老若男女関係なく、その共通点は一つだけ。

 その中に顔見知りの姿があった。親しくはない。クラプター化してから出会って、二三言会話しただけだ。

「……まさか、全員クラプターなのか?」

 その一言が発せられ、侵入者たちは感情を爆発させる。

 怒りで叫ぶ。破戒しようと拳を叩きこむ。同胞を助けようと装置に手をかける。

「おい……無理やり外すな、死ぬかもしれん。厳木さんの判断を仰ぐべきだ」

 クラプターの一人がマジック・デバイスを起動させ、自分たちのリーダーに見たもの、感じたことを伝えた。


 厳木から真実を知らされたクラプターたちは、非道を為した者を探し出そうと躍起になった。今、彼らを突き動かしているのはクラプターの残虐性ではない。

 正当な怒りだと彼らは信じて疑わない。

「騒がしい。しかし、手間は省けた」

 肥大した大きな身体。人とは思えないほどの太い四肢の持ち主とクラプターたちは対峙する。いくら暴虐を加えるも、反撃もたじろぎもせずにじっと見つめてくる。

 クラプターたちが動きを止めたその時、人を逸脱したモノが変化した。

 人の形を捨て、異形となる。

 その瞬間、侵入者は誰一人として声を上げることもできなかった。


作戦指令室から続く通路には何もなく、破壊されるものがなかった。玲たちは本来厳重にロックされているはずの区画を走り抜けていく。

 日高玲は人生で初めて得ることができた「自分の居場所」を守りたい。それだけだ。

(だから、頑張らないと)

 前を走る雄一郎と直樹の背中を見てから、玲は隣を走る朝日に視線を向けた。

 この先に学園を破壊し、多くの人を傷づけた黒幕がいるかもしれない。怖くないと言ったら嘘になる。

だが、どんなに怖くても今なら自分がやるべきことをやれるはずだ。

 玲たちはエレベーターのある部屋にたどり着いた。

 しかし、大町班全員の足が止まる。

 人がいた。

「真実にたどり着いたか……」

 どこか聞き覚えのある声だ。

 誰かと通話している。

「保護すると言いながら、家畜以下の扱いだろう! 目の前にあるモノが、連中が正義を謳う一方で、クラプターを社会から黙殺する理由だ。絶対に許されてはならないんだ。お前たちの使命を果たせ」

 玲たちと同じような強化スーツを身に着けている。ミネルヴァスーツに似ていた。

「歪みの元凶である龍造寺玄鉄を排除せよ」

 背中を向けていて顔は見えない。けれど、この人物がクラプターを率いて今回の事件を引き起こしたということが玲にも分かってしまう。

 そして、通話を切ると玲たちを見つけて、男は困った顔を浮かべた。

「戦力をかき集めて総力戦を仕掛けてくると思ったけど、君たちが来ちゃったか」

「……晴気、先生?」

 かろうじて玲が言葉にできたのはこれだけ。

「違うよ、日高玲くん。今の私は厳木きゅうらぎ六花りつか。人類とクラプターの共存を心から願う者だ」

 玲たちの前に立ちはだかったのは、いつもの授業と同じように語りかけてくる晴気雪也だった。



《第9話 終了》

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