Phase 39 きらめく意志の力

 わずかな戦闘時間で三人が倒れてしまい、玲は呆然としていた。

(僕が晴気先生と……戦うのか?)

 大事な先輩たちがやられたというのに、次は自分の番かもしれないのに――覚悟が決まらない。

 晴気が仮面を外したその時――直樹は声を上げた。

「その力は何ですか? 異常な強さだ……」

 振り向くと晴気は直樹や雄一郎、朝日の様子を見ていた。

「頑張った君たちに種明かしをしよう。私が着ているのはミネルヴァスーツを改良した代物でね。《INイン粒子》をより効率的に操れる。より繊細なイメージを具現化できるしコントロールできるんだ。《INイン粒子》の制御は本来クラプターに分がある」

 晴気は嬉しそうに柔らかい笑顔を浮かべている。

「これから《INイン粒子》の可能性はさらに広がり、きっと産業も発展するよ。クラプターと協力した成果だ。共存に不安があるのは理解するよ。ただ変化を恐れてはいけない。未来のためにもね」

 言い終わると、晴気は玲をまっすぐに見つめてくる。

「すまないと思っているよ、君の大切な友人たちを傷つけて。どんなに言い訳をしても許されることじゃない」

 晴気の眉はこころなしか下がっている。

 嘘を言っているようには聞こえなかった。

「別に私は誰かに称賛してほしいわけじゃない。むしろ非難されてしかるべきだ。ただね、一方的に片方を断罪し、省みないやり方はもうやめる時なんだ。別の道を歩き出す時だ」

 晴気は玲に背中を向ける。

 龍造寺を殺しに行く。それだけは明確だ。

「待ってください!」

 玲は叫び、地下に行こうとエレベーターに向かう晴気を呼び止める。

「本当に殺さないとダメなんですか?」

 同じ問いを玲はもう一度投げかけた。

 そのあとはずっと頭でぐるぐると回っていた疑問を言葉にしていく。

「クラプターの存在を公表して認知させるだけなら……今日みたいなことしなくてもよかったんじゃないですか? タロースを無効化できるなら、クラプターの存在を暴露するくらいできたはずです。その改造したスーツの有用性を示して、理事長を説得することも」

 共存を目指すなら他のアプローチもあったはずなんだ。

 晴気への不信感が消えない。

 玲を内から突き動かすのは不安だった。

(理事長が死んでしまえば、きっと色々なものが変わってしまう……好きになったこの学園も。理事長に恩返ししたいと言っている朝日も)

 学園がボロボロになっただけでも、心がざわついた。

 綺麗に建て直されても、理事長がいなければそのアルカディア校は今のアルカディア校とは違うものだ。玲は龍造寺だけでなく、今視線の先にいる晴気にも感謝している。

 けれど、凶行は許していいことだとは思えなかった。

「龍造寺理事長を殺して問題を解決することと、クラプターを処置して……存在をなかったことにすること何が違うんですか!」

「手厳しいね。だが、クラプターの命を救うためには必要な措置だ。社会の治安を守るためクラプターを排除するMaCHINZRマシンザーの理屈と同じさ」

 承知の上だと言わんばかりに晴気は少し面倒くさそうな声音で、尋ねてきた。

「クラプターもそうじゃない人間も本当に命が平等なら、犠牲は少ないほうがいい。そうは思わないかい?」

「犠牲は少ないほうがいい、そうに決まってます……クラプターを問答無用で殺す現状は、よくないと思います」

 言葉を区切り考えながら答えていく玲。

「きっとこのことがニュースになれば、理事長は非難される。でも……」

 玲は少し震える身体を抑えて、晴気に言う。

「批判する正当性があっても、誰かの命を奪う形で主張しても賛同は得られないですよ! クラプターが危険な連中だって世間に思われたら、共存なんて無理です」

 玲は晴気に向かって語り続けた。

 誰もがクラプターになり得るならば法律の整備が必要になること。

 共存するとなれば、クラプターは能力等に制限を課されることになる可能性は非常に高い。自分の命を容易く奪うことのできる相手と一緒にいることは強い緊張感を覚えるし、安らぐことができない。

 晴気ならばとっくに気づいているであろうことだが、やめるわけにはいかなかった。

 晴気には龍造寺の暗殺を諦めてほしかったからだ。



 ――パチパチパチ。乾いた音が玲の耳に届いた。

「すばらしい。玲くん」

 晴気は驚いた顔で拍手をしていた。

「クラプターを発見してすぐに龍造寺や政府が法を整え、制限をつける形で納得させるようにクラプターたちに働きかけていたら、命を絶たれるクラプターも少なかったかもしれないね」

「なら! 共存のためにも他の手段を――」

「それはできない」

 玲に放たれたのは、拒絶の色が濃厚な一言だった。

「今日目的を達成しなければクラプターは一層危険視される。やり遂げないといけないんだ。常に命を狙われる者に待てという余裕はもうないんだよ。残念ながらね」

 晴気は強化スーツの仮面を装着する。

 速い。玲は双剣で晴気の拳を受け止める。

「戦いたくはなかったよ」

 その直後、玲の脳天に衝撃が走った。

「あがっ……」

 玲はマスクの中に唾液を吐き出す。

 重い一撃。ミネルヴァスーツがなければ、頭蓋が砕けていたかもしれない。

(本気だ……いや、本気なら死んでいたかも……しれない)

 こんな時でも、玲はまだ晴気に一人前だと、敵だと認識されていない。三人の先輩とは違う――そんな気がした。

 悔しかった。

 玲は歯を食いしばり、双剣の片方を伸ばして杖代わりに身体を支える。呼吸をするのも重労働だ。

「その頑張りは評価できないよ」

OoLウール粒子》による炎。

INイン粒子》による氷。

 鍛え抜かれた身体に《OoLウール粒子》をまとった体術。

 講義や特訓で習った技の数々が玲を襲った。

 そのどれもが対処方法を教わったものだった。しかし当然すべてを防げたわけでではない。

「…………」

 晴気の覚悟や彼の為すことがどうあれ、玲にはまだ言わなければならないことがあった。

 玲は晴気に双剣を振るい、血の味がする口を何とか動かす。

「僕たちのやり方は、間違ってるかもしれない……すぐにクラプターを助けることは、できない」

 晴気からの返事はない。それでも玲は続ける。

「けど、晴気先生も間違ってる……犠牲をなくすために犠牲を出すなんて」

 龍造寺が死んだあと、学園やMaCHINZRマシンザー、魔法化学を重用するこの国がどうなるかなんて知らない。

 おそらく変わってしまうだろう。

 龍造寺を殺した晴気との関わり方はどうなってしまうだろうか。

 玲は大町班のみんなとの関係性が大きく変わることが怖かった。

 MaCHINZRマシンザーとして、今までと同じように活動できなくなることが嫌だった。

 とてつもなく、個人的で卑小な望みが玲の奥底にはあった。

「……ぐっ!」

 晴気の厳しい攻撃を前に、玲はそんなとりとめのない思考もできなくなっていく。

(僕に晴気先生を、止めることなんて……)

 もう立っているのも無理かもしれない。

「……玲! あなたの考えは間違ってない。少なくとも私はそう思ってる!」

 朝日の声だ。

「クラプターの危険性を取り除かない共存は夢物語に過ぎない。私はお前を支持する」

 直樹の声だ。

「そうだ……思いっきりやってやれ!」

 雄一郎の声だ。

 信頼できる先輩たちに声援を送られただけで、玲は冷たくなっていた身体が温かくなる。

 玲は双剣を握る手に力を籠める。

 晴気にこれ以上人の命を奪ってほしくない。しかも相手はあの龍造寺だ。

(冷静になれ……僕にできることをやるしかない!)

 黒い靄が晴気の腕から生じている。氷が来ると分かっていればやることは一つ。

「はぁぁ!」

 玲の腕に《OoLウール粒子》が集める。火炎放射器をイメージする。

「動きがよくなったね。だが、それだけでは――!」

 一度先手を取られて炎で氷の攻撃を防がれたら、晴気はきっと同じ技は使わない。一つ相手の攻め手を潰したわけだが、晴気には玲の瞳のことはバレている。

 玲は双剣を投擲し続け、距離を取る。

(間合いに入るのは、最後の一撃だけだ)

 接近戦では晴気には足も手も出ない。けれど、投擲や氷の矢などでは牽制にしかならない。

 ――玲くんの双剣でも《OoLウール粒子を活性化させた一撃なら、中度クラプターに致命傷を与えられるはずだ。

 いつの訓練の時だったか覚えてはいないけれど、晴気にそう教えられた。

 もしかしたら晴気には玲が何をしようとしているか気づかれているかもしれない。

 だが、悩んでいても仕方がない。

 玲は晴気を止めることだけを考えた。

 目の前に《OoLウール粒子》で生成した鎖が迫る。

「っ!?」

 玲は反射的に後方へ跳躍した。

 集中しすぎずに玲は晴気を観察する。視野を広く、色んな可能性を探るためだ。

 ――戦闘中は一つのことに囚われ過ぎないように。

 これも数週間前に教えてもらったことだ。

 玲を拘束しようとする鎖は、自由意志があるかのように追ってくる。

「くっ……」

 鎖は玲の左手首に巻き付く。

 無言に徹している晴気の右手には鎖がある。もう一方の左手がほのかに光っていた。《OoLウール粒子》が反応している。

(……終わらせる気だ)

 玲は拘束された腕に力を精一杯に込める。

 巻き付いている鎖に――正確には《OoLウール粒子》に自分の想いが伝わるように。

(先生よりも――強く、強く!)

 晴気との間合いまで数歩、玲は鎖を引いた。

「ッ!」

玲の意志に反応した《OoLウール粒子》を帯びた鎖は、本来玲が持っている数十倍の力を発揮した。

晴気の身体は大きく前方へよろめく。

 双剣に意志を乗せて、玲は叫ぶ。

「うおおおぉおおぉっ!」

 晴気の胸のあたりから黒い靄が漏れ出ている、その一点を目がけて――玲は全てを叩きこむ。

一瞬 《OoLウール粒子》は黒靄を掻き消すほど、まばゆく輝く。

「こ、これは――うぐっ!? ……ぁ」

 スーツの硬質な感覚の後に玲が感じたのは人の柔らかさ。

 玲の意志は――刃という形で晴気に届いたのだ。

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